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2015年 10月 19日 ( 1 )

(増補版)228D2/3:気になった事柄を集めた年表(1838年~1839年)

題:(増補版)228D2/3:気になった事柄を集めた年表(1838年~1839年)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
1839年(天保10年)1月、幕府が、国絵図作成功労者を褒章
 した。
1839年3月、江戸城西丸が修築され落成した。
1839年、4月10日、長崎で、密商の没収品を唐館前で焼き捨
 てた。
1839年5月、蛮社の獄で、渡辺崋山、高野長英らが捕えられ
 た。
  蘭学者への弾圧が始まった。
1839年8月、高杉晋作(たかすぎしんさく、長門(ながと)
 (山口県)萩(はぎ)藩の志士、尊王攘夷派)が生まれ
 た(1839年~1867年)
  吉田松陰の松下村塾に学び、久坂玄瑞と共に双璧と称
 されている。
  後に、江戸の昌平黌に学んだ。
  1857年(18歳)、藩校の明倫館に入学し、次いで、松
 下村塾に入る。
  1858年(19歳)、江戸に赴き昌平額に入学し、獄中の
 松蔭に金品を送った。
  1862年5月(23歳)に、藩命により幕府船千歳丸に乗船
 し、上海に渡航し、イギリスに虐(しいた)げられる植
 民地の状況をつぶさに観察して帰国し、後に尊王攘夷運
 動に参 加した。
  そして、この年・1862年11月に、江戸品川の御殿山に
 新築中ののイギリス公使館を焼き打ちにした(上海の悲
 惨な状況が頭に来ていたのだろう)
  1863年3月(24歳)、上洛、尊攘運動をいとい、いやだ
 と感じ、10年間の暇を乞うた(休暇願というところ)。
  「西へ行く人を慕ふて東行く 心の底ぞ神や知るらん」
 と、僧となり東行と号して萩に隠棲した。
  そして、長州藩は、外国船へ砲撃を断行し、報復攻撃
 にあって敗北していた。その直後の・・
  1863年6月(24歳)に、藩命によって下関防御の任に当
 たり奇兵隊を組織した。そして、その総監となった。
  「奇」は、正規軍の「正」に対する意味で、庶民も入
 隊ができるとした。
  8月18日の政変で、京を追われ、武力上洛論に反対し、
  1864年1月(25歳)、脱藩して上京、帰国して獄に入れ
 られる。
  出獄後、1864年8月(25歳)、四国連合艦隊の下関砲撃
 事件の前後処理を命じられ、正使として講和にあたった。
  第一次長州征伐にが進行すると、佐幕派の藩政府とな
 った。
  危機が迫ったので、九州に亡命して潜伏。
  そして、下関に帰り、1864年12月に、挙兵し、佐幕派
 藩政府を相手に勝利を収めたのちイギリス留学を希望す
 る。
  次いで脱藩し、讃岐の日柳燕石の元へ赴く。
  帰藩後、役を得て藩政を指導を担当。
  1866年6月(27歳)に、海軍総督となり、幕府との開戦
 直後、小倉方面の戦闘を指揮した。
  1866年10月、肺結核を重くして退職。
  1867年(慶応3年)4月に、下関で病歿した、29歳
1839年8月、長崎の諫早の本明川に掛けた眼鏡橋が完成した。
  諫早と北諫早をむすぶ唯一の橋として利用度も高く、
 毎年の洪水にも崩壊することなく耐えた。
1839年12月、水野忠邦が、老中首座となり、天保の改革が
 開始された。
1839年、蘭館医のリシュールが牛痘苗を移入した。
  シーボルトの門人の楢林宋建が実地に試みるが、腐敗
 していて、失敗に終わった。
1839年、三遊亭円朝(初代)(さんゆうていえんちょう、
 落語家)が、江戸に生まれた(1839年~1900年(明治33
 年)、名作と言われる落語を次々と創作した。
  二葉亭使命に影響を与えたという。
1839年、フランスが、アルジェリアで戦闘再開し、
  1842年に至って、征服した(1839年~1842年)
  復古王政下のフランスが、オスマン帝国領のアルジェ
 リアに侵略した。
  1830年6月、フランス軍のアルジェリア上陸を成功させ
 たフランス国王のシャルル10世の意図は、揺らぎ始めて
 いた王政の威信を外征の断行によって回復し、国民の不
 満を解決しようとした。
  しかし、1830年7月の7月革命で、シャルル10世は退位
 する。
  次の政権にも引き継がれて、アルジェリアへ、フラン
 スからの移民が送り込まれ行き、
  1834年、アルジェリアは、フランスに併合された。
  フランスは、軍を増派し、占領統治を強固にして行っ
 た。地方の有力部族と協定を締結して行った。
  しかし、その後、破棄する部族もあったりした。
  そして、1832年から、アルジェリア民族運動家(アブ
 ド・アルカーディル)の武装抵抗が始まった。
  1837年、フランスは、タフナ条約を結び、アブド・ア
 ルカーディルの支配する土地の主権を認めた。
  1839年、入植地の建設が進んで、ヨーロッパ系移民2万
 5000人が入植したが、フランスは、時間かせぎだった条
 約を破って、軍事行動を開始した、1839年から再び戦闘
 が始まり、1842年に至り、アルカーディルはその根拠地
 を失って行った。
  フランスは、焦土作戦など卑劣な作戦を使い、1842年
 に、降伏させた。
1839年、オスマン帝国が、タンジマート時代に入った。
  オスマン帝国が、「近代化」「西欧化」の改革政策の
 時代に入った(~1876年)。
  オスマン帝国は、15世紀~16世紀には、アジア・アフ
 リカ・ヨーロッパの三つの大陸に渡る広い大帝国を築い
 たが、
  18世紀に入ると、東西通商路の転換に伴って、経済力
 が衰退して来た。
  それに伴って、中央集権的政治機構も弱くなり、また、
 軍事力の衰微も著しかった。
  1768年や1787年の露土戦争に大敗したのが痛かった。
  それによって、地方勢力の伸長もあり、また、被支配
 諸民族の独立運動があり、ヨーロッパ諸国の軍事的・政
 治的侵略などが起き、
  国家は滅亡の危機に直面した。
1839年、イギリスは、紅海の入り口の国・アデン(南イエ
 メンの首都)を占領し、自分のものにした。
  南イエメンを保護領にした。
  保護と名付けたのは名分(めいぶん、表向きの理由)、
 実際は、条約によって干渉し、特に、外交などはイギリ
 スが代わって行った。
  結局、帝国主義国家・イギリスが、植民地・イエメン
 を支配した。
1839年、中国の清の官吏・林則徐が、イギリス船の広東入
 港を禁止した。
  林則徐は欽差大臣として、1838年から麻薬のアヘンに
 蝕(むしば)まれる国内の惨状から、アヘン没収や輸入
 禁止処置をとっていた。
  イギリス商人などから、何と、237万余斤(約1500トン)
 のアヘンを取り上げ、海岸で焼却していた・・など、
  しかし、イギリス船は、止めずに、密貿易でアヘンを
 運んで来ていた。
  イギリスは、自国の戦力が強いのをいいことに、好き
 に振る舞い、アヘン戦争へ至って行く。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive
by suba28 | 2015-10-19 04:18 | 皆様とともに 幸せになりたい


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