(増補版)605E2/3:2/3:2/3:気になった事柄を集めた年表(1894年7月~1894年7月)

題:(増補版)605E2/3:2/3:2/3:気になった事柄を集めた年表(1894年7月~1894年7月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
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1894年7月25日、高陞号(こうしょうごう)事件が起こった。
  日本への返事を無視して、朝鮮への兵員増強をしよう
 としている中国の清国・・、
  その様な行動を控えさせたいという日本・・、
  陸奥宗光外相は、「回答期限の25日以降は、清国の軍
 艦ないし兵員輸送船を攻撃しても外交上問題ない」とい
 う旨を海軍側に伝えた。
  最後通牒の回答期限を過ぎれば、清国の回答無視の決
 定により、清国軍の兵員増強・増派を確認した時点で、
 その行動阻止の行動がとれるという意味だった。
  7月24日、第一遊撃隊は、牙山湾内にて清国軍艦「済遠」
 「広乙」が護送する陸兵1000名を乗せた輸送船「飛鯨号」
 の船団と出会ったが、回答期日前であったため、そのま
 ま素通りさせた。
  そして、回答無視が確定した7月25日が来る。
  7月25日午前10時8分、清国陸兵1100名(乃至1500名)
 が乗船するイギリス船籍商船「高陞号」は、日本艦艇の
 指示を受けて豊島沖に停船した。
  7月19日の日本が清国へ出した最後通牒で、日本艦隊に
 よる朝鮮西岸の海上封鎖を予期した清国直隷総督兼北洋
 大臣の李鴻章は、イギリス商船をチャーターして陸軍兵
 を搬送させる策を取っていた。
  第一遊撃隊司令官・坪井航三少将は、指示を無視した
 「済遠」の追撃に向かった為、「浪速」艦長・東郷平八
 郎大佐が、このイギリスを敵に回しかねない難局に当た
 る事になった。
  東郷大佐は、浪速を高陞号から900メートル離れた位置
 に停留させると人見善五郎大尉に高陞号の臨検に向かう
 よう指示した。
  人見大尉は、カッター船に乗って高陞号に赴き、武器
 を手に殺気立つ清国兵達に囲まれた中で、高陞号船長ガ
 ルス・ウォルズウェーと面談した。
  浪速も警戒態勢をとって、砲門の狙いを定めていた。
  清国兵も迂闊には手を出せなかった。
  人見大尉は、高陞号の船籍と目的を尋ねて「英国ロン
 ドンのインドシナ汽船会社代理店ジャーディン・マセソ
 ン社所有のイギリス船籍商船である事」と、
  「清国政府にチャーターされ陸軍兵1100名と大砲14門
 その他を朝鮮・牙山港へ搬送する途中である事」を確認
 した。
  続けて、高陞号を浪速に随行させるよう求めるとウォ
 ルズウェー船長は承諾した。
  人見大尉は、浪速に帰還し、その旨を東郷大佐に報告
 した。
  東郷大佐が、自艦浪速に続くよう英文の手旗信号を送
 ると高陞号から「重大事態発生」の信号が返って来た。
  清国兵の反抗が起きていた。
  その反抗を読み取った東郷大佐は、再び、人見大尉を
 高陞号に向かわせた。
  そして、可能ならウォルズウェー船長を浪速に移乗さ
 せるよう指示した。
  しかし、清国兵は、イギリス人が船を降りるならば殺
 害すると脅迫した。
  ウォルズウェー船長は、高陞号を天津・大沽港に引き
 返させるという妥協案を提案した。
  それを受けた東郷大佐は、まず、船長に高陞号から離
 れるようにとの英文信号を送った。
  返信は、「こちらからは離れられない状態だ、そちら
 から船を送ってもらいたい」だった。
  東郷大佐は、「それは出来ない」と信号して、再び、
 「船を離れるように」と送信した。
  この交信は、高陞号が清国兵に乗っ取られていて、叛
 乱状態にあって、その非戦闘員の資格を喪失した確証を
 得る為だった。
  高陞号の船上の清国兵は騒ぎ出していて、すでに、停
 船してから4時間ほどの時間が経過していた。
  東郷大佐は、攻撃の警告を発した。
  7月25日13時45分、東郷大佐は、浪速のマストに攻撃警
 告の赤旗を掲げた。
  だが、高陞号船上はざわつくばかりで、反乱状態にあ
 り、返信も無い状態だった。
  混乱などが起き、状況の改善は無く、進展無しと判断
 した東郷大佐は魚雷発射を命じた。
  魚雷接近で、清国兵が動揺し、その隙を突いてイギリ
 ス人船員達が海に飛び込んだ。
  その状況を見て、東郷大佐は、すぐさまカッター船を
 出して救助に向かわせた。
  魚雷は不発に終わった・・
  清国兵たちは、海を泳ぐ船員達に銃撃し始めた・・そ
 のため、複数名が殺害された。
  この様な中、日本水兵は、ウォルズウェー船長を含む
 イギリス人船員3名の救出に成功した。
  その後、東郷大佐は、やむなく右舷砲2門の砲撃で高陞
 号を撃沈した。
  この高陞号事件は、この後、日英間の問題となった・・
  しかし、結論的には・・東郷平八郎大佐を評価する声
 が上がった。
  8月4日、イギリス政府は、長崎に英国海事裁判所を開
 き、8月7日に結審したが・・、
  この裁判は、ウォルズウェー高陞号船長に過失が無い
 事を証明するものだった。
  続いて、上海において開廷された英国海事裁判では、
 8月17日の結審宣告で、日本軍艦の行為は正当であるとの
 判決が下った。
  日本政府に対する賠償請求を放棄する勧告がイギリス
 本国政府に伝えられた。
  イギリス政府が、この勧告を受け入れた事で高陞号事
 件は決着した。
  その後、国際法を熟知し、厳格な判断を下した浪速艦
 長・東郷平八郎大佐を評価する声が上がった。
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1894年7月25日、豊島沖(ほうとうおき)の海戦
  豊島沖は、朝鮮の泰安半島(たいあんはんとう、黄海
 に突き出た半島)の西方にあるが・・
  一方、この日、第一遊撃隊司令官・坪井航三少将が、
 指示を無視した清国艦の「済遠」の追撃に向かったが、
 清国艦と交戦状態となった。
  日本艦隊は巡洋艦3隻、清国側は巡洋艦2隻、砲艦1隻。
  日本側はほとんど損害はなく、清国艦隊は巡洋艦1隻が
 陸岸に乗上げて爆発し、砲艦は降伏し、巡洋艦1隻だけが
 かろうじて脱出した。
  この日、7月25日午前7時、この第一遊撃隊は、牙山湾
 の出口付近にある豊島沖にてスループ艦「武蔵」と通報
 艦「八重山」と合流する予定だった・・この時、牙山港
 から航進して来た清国艦「済遠」「広乙」と遭遇した。
  この清国艦2隻は、前日の清国兵員輸送船を牙山港に届
 けた後、続けて天津・大沽港から到着する輸送船「高陞
 号」を出迎えに行く所だった。
  同日7時52分、南西方向に進み黄海に出ようとする「済
 遠」「広乙」と、北上する第一遊撃隊の両艦隊が、距離
 3000メートルまで近づいた時、突然、攻撃が加えられた。
  豊島沖に轟音が響いたが・・どちらかの砲弾が発射さ
 れた。
  清国側は、日本艦艇が先に砲撃したとした。
  日本側の報告には、「吉野」が国際海洋法に則って「
 礼砲」を放つも「済遠」は返礼せず戦闘準備をし、やが
 て実弾を発射をして来た・・と、
  因みに、
  日清戦争の時、日本は、徹底的に、『兵士に国際法を
 教えた』。
  日本本土から、わざわざ教える係の者を派遣をしても
 教えた。
  アメリカやヨーロッパでもやらないことをした。
  逆に、アメリカは、卑劣な事をした。
  敵から情報を得るために、「罪を問わないから白状せ
 よ」と、白状を誘惑した。
  この様な事から、戦場では、国際法を遵守する精神が
 無くなっていた。
  国際法違反をしても許されるという心が働いた・・そ
 の様なことをアメリカは行なっていた。
  兵の国際法違反を、厳然と罰しないアメリカ。
  兵士が、まず、「第一に守らなければならない国際法」
 を、ないがしろにする様なアメリカだった。
  この様な事から、国際法で守られるはずの戦場の日本
 の病院が襲撃される事例も発生した。
  この様な風潮を、アメリカは生まれさせた。
  この様な事例をNHKは放送しない・・日本を貶める
 事例ばかりをNHKは放送している。
  日本の貶める番組ばかりを製作して放送するNHKと
 なっている。
  また、日本が、この様な海戦で、「何故、強かったか?」
 と言うと・・、
  中国・清が、イギリスにあれほどアヘン戦争で、嫌と
 いうほど痛めつけられ、辛酸な目に遭わせられたと言う
 のか・・殺され、国が亡びるほどアヘンを売り込まれ、
 廃人だらけにされ殺されているのに、その喉(のど)元
 が過ぎれば「朝鮮や日本を居丈高に脅し」、虐(いじ)
 めにかかっている。
  その様な行為で・・散々辛酸な目をなめて来て、分か
 っている中国・清のはずだが・・、
  「何故、同じ様なことをするのだ」と、日本は、その
 不正義を見かねていた、そして、立ち上がった。
  日本の艦隊には、「その正義観があった」、だから強
 かった・・兵の士気も上がったのだった。
  日本は、明治の開国以来、富国強兵策でやって来て、
 この様な状況を生むまでに精進して来た・・
  欧米列強は、中国・清が勝つだろうと予測していた・・
  その様な予測の差を、日本は、逆転させていたのだっ
 た。
  今まで、欧米列強が、力を誇示し、中国や朝鮮・アジ
 ア諸国、そして、インドなど、好き勝手に力を誇示して、
 うまい汁を吸っていた・・日本は、その様な姿に憤(い
 きどお)りを抑(おさ)えながら、日本は国を富ませて、
 兵を強くする努力をして来ていた・・
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1894年7月25日、政府派遣の伝染病研究所長・北里柴三郎が
 香港でのペスト流行実地調査の帰途、長崎に立ち寄った。
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1894年7月25日、下総鉄道の佐倉駅~佐原駅間の建設仮免許
 状が下付された。
  成田山新勝寺は、江戸時代も江戸っ子に親しまれ、明
 治の鉄道の時代になっても、鉄道で結ぼうという構想は
 早くからあった。
  1887年(明治20年)に、本所駅~市川駅~ 佐倉駅~佐
 原駅間を結ぶ構想の武総鉄道が設立され・・さらに・・、
  1889年(明治22年)に、佐倉駅~成田駅~佐原駅間を
 結ぶ構想の北総鉄道が設立された。
  しかし、当初、千葉県は、東京への交通手段で鉄道と
 利根川水運の両方があると、競合し、共倒れするのでは
 ないかと恐れた。
  そして、利根運河ができている以上、同地域には鉄道
 は不要だとの見解になった。
  この様な経緯で、この路線の建設は大分遅れた。
  やっと、この年・1894年(明治27年)になって、本所
 駅~市川駅~佐倉駅間に総武鉄道(後の総武本線)が開
 通した。
  そして、成田までの開通はまだまだ先だった。
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1894年7月26日、播但(ばんたん)鉄道の姫路駅~寺前駅間
 が開通した。
  播但線は、兵庫県姫路市の姫路駅から兵庫県朝来市の
 和田山駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線
 (地方交通線)で・・播但鉄道は、この姫路駅~寺前駅
 間が開業すると同時に設置された。
  この路線は、山陽本線と山陰本線を結ぶ陰陽連絡路線
 で・・阪神大震災によって、神戸周辺の鉄道が不通にな
 った時は、バイパス路線として活躍した路線だった。
  関西の代表的な非電化路線であった。
  そのため、1972年(昭和47年)に、蒸気機関車の廃止
 時は・・、
  また、1992年(平成4年)3月14日の客車列車全廃時に
 は、それぞれ多くの鉄道ファンが沿線に詰めかけた。
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1894年7月27日、甲午改革(こうごかいかく)が開始された。
  1894年(甲午の年)から1896年にかけて、朝鮮にて内
 政改革が行なわれた(第一次甲午改革)
  日本のアドバイスによって、金弘集政権の下で、官制
 の改革による国政事務と宮中事務が分離され、また、銀
 本位制が採用され(通貨改革)、身分差別の撤廃、拷問
 の廃止など、広範囲な改革が行われた。
  金弘集(きんこうしゅう⇒キム-ホンジプ )政権は開
 化派の政権で、近代化のための改革法令を発令した。
  清国の外交官・黄遵憲の著書『朝鮮策略』を持ち帰っ
 て国王・高宗に上呈し、開化政策推進の契機とした。
  常に、外交の前面に立ち、欧米各国との修好通商条約
 の締結、日本との交渉などに携わった。
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1894年7月28日、日清戦争: 成歓(せいかん)の戦い
  1894年6月8日、中国・清国の葉志超(ようしちょう)
 総督、聶士成(じょうしせい、軍人)山西太原(山西省
 の省都の太原)鎮総兵に率いられた清国軍(北洋陸軍、
 歩兵約2,500名、山砲8門)が牙山に上陸した。
  1894年7月24日、3880名に達した。
  1894年7月23日午前2時、日本軍の混成第九旅団(歩兵
 四箇大隊など)が郊外の駐屯地龍山から漢城に向かった。
  1894年7月25日、朝鮮が、清国の宗主権破棄を宣言した。
  大鳥圭介公使に対して牙山の清国軍撃退を要請する。
  1894年7月26日、混成第9旅団(旅団長大島義昌少将)
 にその旨が伝達された。
  1894年7月28日、日本軍が、牙城に篭る清国兵を攻撃す
 るため出発した。
  1894年7月29日午前3時20分、佳龍里おいて清国兵の攻
 撃によって、歩兵第21連隊第12中隊長・松崎直臣歩兵大
 尉が戦死する(日本側初の戦死者)
  他数名が死傷(安城の渡しの戦い)
  1894年7月29日午前8時30分、日本混成第9旅団が、成歓
 の中国・清陣地を制圧した。
  大島旅団長は、清国軍の主力が牙山にあるとして、7月
 29日午前、全旅団に牙山へ向け出発を命じる。
  1894年7月29日午後3時頃、牙山に到達する、すでに、
 清国軍は敗走。
  この作戦での日本兵の死傷者は88名・・清国兵は500名
 以上の死傷者。
  清国兵は、武器等を放棄し、平壌まで逃亡。
  この安城の渡しの戦いで、歩兵第21連隊の木口小平二
 等卒は死んでもラッパを離さずに吹き続けたという逸話
 がある。
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  今日の言葉
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  題:対中・・経済戦争・・
    人民元「国際通貨化の脅威」に立ち向かえ・・
    共和党のトランプ氏は「大統領になれば、中国を為替操作国として
   罰する」と息巻いている。
    消費税増税をIMFに対日勧告させて安倍晋三政権を予定通りの増税に
   追い込む根回しだ。
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1905年8月、日露戦争の講和会議が開かれた。
  そして、1905年9月5日(日本時間)に調印された。
  アメリカ東部の港湾都市ポーツマス近郊のポーツマス
 海軍造船所において、大日本帝国全権・小村寿太郎(外
 務大臣)とロシア帝国全権セルゲイ・Y・ウィッテの間で
 会議がなされた(~1905年9月4日)
  当初、ロシアは、強硬姿勢を貫き・・、
  「たかだか小さな戦闘において敗れただけであり、ロ
 シアは負けてはいない」。
  「まだまだ継戦も辞さない」・・と主張していたため、
 交渉は暗礁に乗り上げていた・・が、
  日本としてはこれ以上の戦争の継続は不可能であると
 判断しており・・
  また、この調停を成功させたいアメリカは、ロシアに
 働きかけることで事態の収拾をはかった。
  結局、ロシアは、満州、および、朝鮮からは撤兵し、
  日本に樺太の南部を割譲するものの・・、
  戦争賠償金には一切応じない・・というロシア側の最
 低条件で交渉は締結した。
  この条約によって、日本は、満州南部の鉄道、及び、
 領地の租借権、大韓帝国に対する排他的指導権などを獲
 得した。
  しかし、軍事費として投じてきた国家予算4年分にあた
 る20億円を埋め合わせるための戦争賠償金を獲得するこ
 とはできなかった。
  そのため、条約締結直後、戦時中の増税による耐乏生
 活を強いられてきた国民によって「日比谷焼打事件」な
 どの暴動が起きた。
  そして、日露戦争に日本は勝利をしたが、その後のこ
 の交渉の時点で、日本は、情報戦で、狡賢いロシアにし
 てやられている。
  それは、日本が「正直で律義な国民性」から約束を守
 ったためだった・・、
  逆に、ロシアは、約束を守る様な事はまったく無かっ
 た。
  日本は、日露双方が合意に達するまでは、交渉の中味
 は、記者・ジャーナリストには漏らさない・・という約
 束を最後まで律儀に守り続けた。
  それ故、日本からは、何の情報も発信しなかった。
  それに対し、ロシアは、情報を漏らす行為を行なって
 いた・・約束破りの行為をしていた。
  それも、ロシア側に都合が良い色付けをし、脚色した
 情報を、アメリカやヨーロッパの記者たちに与えた。
  さらに、ロシアが不誠実で汚いのは、キャビアや高級
 料理や酒でもてなし、接待漬けにして、懐柔して情報操
 作をしていたことだった。
  律儀で正直な日本との差は歴然で、それまで、日本を
 応援してくれていたアメリカ世論もロシア贔屓(ひいき)
 となって行った。
  ロシア全権代表のウィッテは老獪(ろうかい)で汚か
 った。
  また、「日本は賠償金を欲しがる強欲国家だ」とか、
 ロシアの嘘情報やリークで情報が漏らされ、世界は情報
 操作され、日本の国家イメージは悪くされていた。
  日本の全権代表・小村寿太郎は、忠実に約束を守った。
  戦争に勝利した日本は、その後の情報戦で、汚いロシ
 アに、結果的にこの様にしてやられた。
  第二次世界大戦後に、アメリカにデッチ上げられた東
 京裁判だって、「裁く法律が無いのに裁判をする」とい
 う嘘裁判のアメリカだった。
  後から事後法を作って裁くという「虚偽の演技をする
 嘘つきアメリカ」だった。
  再審すれば「全員無罪」のインチキ裁判だった。
  (参考)事後法の禁止:事後法 ex post facto lawに
     よってさかのぼって処罰することはできないと
     いう原則。
      行為後に施行された刑罰法規に遡及効を認め
     て施行前の行為を処罰することは許されない、
     という遡及処罰禁止の原則。
      罪刑法定主義の重要な内容をなすもので、ア
     メリカは、こんな基本的な事を侵してまでして
     東京裁判を行なって、日本を罪に落とした。
  東京裁判のこの時に出された検事側の資料だって、根
 拠のない、信憑性(しんぴょうせい)のない、信頼が出
 来ない資料が提出されたり、誤訳されたり、改竄(かい
 ざん)されたりした資料が多かった。
  東京裁判は、再審して、全員無罪にするべきなのだ。
  こんな、嘘の話を根拠にして、戦後の機構が成立して
 いる・・馬鹿々々しい事がらを根拠にして機構を作って
 いる。
  もう、そろそろ、その国連などの嘘付システムを、世
 界の機構を・・見直すべきだ。
  中国が、「実事求是」(事実に基づいて真理を検証す
 る)というなら、南京事件の嘘を白状せよ、デッチ上げ
 を白状せよ。
  南京攻略戦は、そもそも、上海で、アメリカと共に、
 戦争を仕掛けた中国に「事の発端がある」のだ・・
  また、日本は南京入城後に、自治委員会を作って、占
 領を止め、食糧の配給を始めたりして、努力しているの
 を感謝せよ。
  自分たちだけが、中国の人々を見捨てて、重慶へサッ
 サとアメリカに助けてもらって逃げ出したのに、自分た
 ちだけ助かればいいと「逃げるという卑劣さ」なのに・・、
  日本は、住民登録まで行ってしっかり管理したりして
 いるのだ。
  秩序回復にも努めたりしているのだ、虐殺などをする
 訳がない。
  東京裁判では、この様な時に虐殺をしたという。
  また、その根拠にし、証拠にした「陥都血涙録」とい
 う中国国民党の士官の郭岐の書いた回想録がインチキな
 のだ。
  これに書かれたことを「日本がした」とされた・・何
 の裏付けも取らず。
  宦官(かんがん)の伝統がある中国人がやる様な事を
 日本兵がしたという・・デッチ上げなのだ。
  また、流暢な中国語で会話をしながら、悪いことをし
 ている日本兵など・・作り話の記述が多い・・これらは、
 まったく嘘話なのだ。
  南京の外港の下関(しあこわん)の放火が日本軍によ
 るものとされているが、これは、中国軍が、南京から逃
 げ出す時に放火したものと、はっきりしているのだ・・、
  こんな嘘の話ばかりなのだ。
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1931年3月1日、満州国が建国された。
  元首(満洲国執政、後に満洲国皇帝)には、満州人で
 ある清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀が就いた。
  この地の土着民族としては、濊貊・粛慎・東胡・挹婁・
 夫余・勿吉・靺鞨・女真などが生活していた。
  (参考)濊貊:わいはく、紀元前2世紀の中国東北部に
     いた「濊」「貊」は、濊貊・沃沮・高句麗・夫
     余の四種族の前身であり、現在の韓国江原道に
     いた「東濊(濊貊)」は前漢代の中国東北部にい
     た濊の後裔とされる。
  (参考)粛慎:しゅくしん、満州(中国東北地方及び
     外満州)に住んでいたとされるツングース系狩
     猟民族。
  (参考)東胡:とうこ、春秋戦国時代から秦代にかけ
     て内モンゴル東部から満州西部に住んでいた遊
     牧民族。
  (参考)挹婁:ゆうろう、後漢から五胡十六国時代(
     1世紀から4世紀)にかけて、外満州付近に存在
     したとされる民族・・消えた民族・・日本民族
     もこの様にならねば良いが・・国のことを疎(
     おろそ)かにして居たら・・この様になる・・
  (参考)夫余:ふよ、中国東北部(満州)にかつて存
     在した民族およびその国家。
  (参考)勿吉:南北朝時代に、高句麗の北から満州地
     域に住んでいた狩猟民族で、現在の松花江から
     長白山一帯に居住していたと思われる。
      粛慎、挹婁の末裔で、唐代における靺鞨の前
     身。
  (参考)靺鞨:まつかつ、隋唐時代に中国東北部、沿
     海州に存在した農耕漁労民族。
      南北朝時代における「勿吉(もつきつ)」の
     表記が変化したものであり、粛慎、挹婁の末裔。
  (参考)女真:じょしん、満洲の松花江一帯から外興
     安嶺(スタノヴォイ山脈)以南の外満州にかけ
     て居住していたツングース系民族。
      民族の聖地を長白山とする。
  以上からも分かる通り・・漢民族の「かの字」も出て
 来ない・・この地は漢民族の地ではないのである・・女
 真族(満州族)の五族協和は正解なのである。
  朝鮮半島の西北の地域で、中国の東北部(中国のたん
 こぶの様に突き出た地域)は、今・現代は、中国の領土
 となっているが・・、
  中国は、ここは「化外の地」としていた。
  中国は、「この地は化外の地で、中国とは関係が無い」
 としていた。
  万里の長城の外の地域で、それも、万里の長城から「
 はるか北方の遠隔の地」で、
  中国が領土だと主張するような地ではなかった。
  韓国は、この地に朝鮮族が居るので、今・現代、「こ
 の地は朝鮮の地だった」と、小学校で教えている。
  かつて、日本は、この地に多く住む満州族(女真族)
 の方々に「建国を手助けして、満州国が建国された」。
  そして、この地は、満州族以外の人々もいる状況から
 「五族協和」を理念とした。
  (参考)五族協和の理念:満州族を主体とするが、朝
     鮮族、蒙古族、朝鮮族、漢族、日本族、白系ロ
     シア人など協和して住む地とした・・後に、逃
     れて来たユダヤの方々も受け入れた。
  しかし、今・現在、領土欲の強い中国が、化外の地だ
 と言っていた中国が、自分の領土だとしている。
  そして、また、チベットや、ウイグルや、内モンゴル
 の地も、漢民族の中国は、自分の領土にする行為を行な
 っている。
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1985年、ローマ条約が発効した。
  EUの母体である欧州経済共同体(EEC)の設立条
 約(ローマ条約、1958年発効)において・・、
  加盟国間で人、物、サービス、資本が自由に移動でき
 る共同市場を創ることが目指された・・が・・
  その後、1985年に、西ドイツ、フランス、ベルギー、
 オランダ、ルクセンブルクの5カ国が「人の移動の自由」
 の実現に向けて、域内国境を段階的に撤廃することに合
 意した(シェンゲン協定)
  国境を無くしたEU・・人の往来が自由・・これは美
 しく見える・・
  「ヒトの自由化」・・しかし、その後、そうは問屋が
 卸していない・・、
  ギリシャ・ポルトガル・スペイン・イタリアなどに、
 金になる仕事が無い。
  そこで、これ等の国々の特に優秀な若い人たちが、ド
 イツへ、そして、北欧へと向かう・・人の往来の自由だ
 から・・当然、稼げる国へと向かう。
  高学歴の優秀な青年たちが・・高学歴で優秀なコンピ
 ューター技師、弁護士、会計士、音楽家やアーティスト
 など、才能ある者たちがが自由に移動する・・流出する。
  優秀な頭脳労働者たち・・高い収入を出先で得て・・
 もう故国へは帰りませんと・・帰るつもりは「まったく
 ない」という状態・・
  優秀な人材が生み出す富は、彼ら・彼女らの故国では
 なく・・ドイツや北欧諸国へ行ってしまう・・、
  ヨーロッパの南の諸国は、高齢者や失業者ばかりの国
 となる・・、
  故国を去った優秀な人材たちは、ヨーロッパの北の国々
 の富の蓄積に貢献する・・、
  EUの目指す理想づくりは・・絵に描いた餅・・実態
 は、ヨーロッパの格差づくりをしている事になる・・「
 皮肉な結果となっている」・・、
  だからと言って、その様な優秀な人々を追い返す事は
 出来ない。
  今・現在、これと同じ事が、日本で起きている。
  中国が、優秀な日本の「超エリート狩り」をしている。
  1割、2割なんて話ではない。
  また、2倍、3倍なんていう半端な給料ではない。
  中国は、経済システムで動かす国ではない。
  中国は、「国策で動く国」・・、
  日本の超優秀なエリートを桁違いの超高級な給料で引
 き抜いて行く・・という国策。
  ノーベル賞をどんどん取る遺伝子を持つ日本の超エリ
 ートを引き抜き続ける国策だ。
  中国という国は、自分の国に利益があるとすれば、札
 束で叩く様なことを、臆面もなくやる国・・、
  今、ドイツも、EU諸国も、「中国の金にものを言わ
 すやり方」に、節操も無く「なびき」、そして、牛耳ら
 れている。
  中国は、腹の中で笑っているだろう、
  「この欲深な、強欲な者どもよ」と・・、
  金さえ見せれば何でもできる・・と・・
  金で、中国に魂(たましい)を抜かれた者どもとなっ
 ている。
.
2015年11月、中国・人民元が国際通貨に・・その問題点
  人民元「国際通貨化」の脅威に立ち向かえ・・
  中国の根底の国家戦略の一つに、「人民元」の「国際
 基軸通貨化」がある。
  その為にも、その世界に通用する基軸通貨の裏付けの
 為にも、中国は、軍事力の増強を、せっせとやって行く。
  そして、その行き着く先には「米ドルを超える人民元」
 の基軸通貨化がある。
  アメリカに「とって替わる中国」が最終目標・・、
  その為には、荒っぽい事も、やるだろう、今までやっ
 て来た様に・・、
  中国は、自国民さえ、1000万単位で殺してきた。
  そんな世界が現出して行く可能性もある。
  こんな予想が杞憂に終わることを祈るのみである。
  (資料)
  田村秀男(産経新聞特別記者)の記事を以下に記す・・
  人民元「国際通貨化」の脅威に立ち向かえ・・
  異形の党支配経済、延命は決定的!?
  国際通貨基金(IMF)は2015年11月末の理事会で、
 中国の人民元を来年秋から特別引き出し権(SDR)の
 構成通貨(現在はドル、ユーロ、円、ポンド)への追加
 を決める。
  元は国際通貨としてのお墨付きを得ることになるが、
 単なる経済事案ではない。
  通貨とは基軸通貨ドルが示すように、国家そのもので
 あり、経済のみならず政治・外交・軍事すべてを根底か
 ら支え、運営を誤れば揺るがす。
  中国の場合、元は共産党通貨であり、それを世界で通
 用させることは、破綻しかけた共産党指令経済を延命さ
 せることはもとより、対外的な膨張を助長させる。
  日本にとっては脅威の増大を意味する。
  共産党中央が指令する中国経済は、事実上マイナス成
 長に落ち込んでいる。
  習近平党総書記・国家主席の中国は手負いの巨大怪物
 も同然だが、愚かではない。
  習氏は、米英が仕切る国際金融市場の総元締め、国際
 通貨基金(IMF、本部ワシントン)に元を国際準備通
 貨として認定させる道を付けた。
  現在の代表的な国際通貨はドル、ユーロ、円、ポンド
 であり、IMFの国際準備通貨単位である特別引き出し
 権(SDR)を構成している。
  SDRは帳簿上で記載されるだけで、流通するわけで
 はないが、各国中央銀行は通常、SDR構成通貨建ての
 金融資産を準備通貨として保有するので、民間はSDR
 を構成する通貨での支払いや決済に安心して応じる。
  これまでの人民元は、韓国のウォンや東南アジア各国
 の通貨同様、ローカル通貨であり、これらの各国は外貨
 準備を積み上げながら、外貨の流出を防ぐと同時に、外
 資が流入するように金融、財政政策を調整しなければな
 らない。
  元の国際通貨化が、党支配経済存続の鍵になるという
 切実な事情は2つある。
  現在の中国は、外貨の流入が細り、資本の流出に加速
 がかかり、外貨準備が急速に減少している。
  もう一つ、元資金を使った対外融資や投資を増やす対
 外戦略上の必要性である。
  中国は、固定資産投資主導による高成長路線が限界に
 来ており、このままでは経済崩壊してしまいかねない。
  それを打開するためには、国有企業の再編成など合理
 化・競争力強化策が必要だが、党幹部の既得権益調整に
 手間取るので短期間では実現不可能だ。
  手っ取り早いのは、対外投資を増やして、輸出を増強
 することで成長率を引き上げる方法だ。
  その決め手とするのが、中国とユーラシア大陸及び東
 南アジア、インド、中近東・アフリカを結ぶ陸と海の「
 一帯一路」のインフラ・ネットワーク整備構想である。
  習近平政権は、その投融資を行うための基金や国際開
 発金融機関を相次いで発足させようとしている。
  代表例が、年内設立をめざす多国間のアジアインフラ
 投資銀行(AIIB、本部北京)である。
  AIIBは、国際金融市場でドルなど外貨を調達して
 インフラ資金とする計画で、英独仏など欧州や韓国、東
 南アジア、ロシアなどが参加したが、世界最大の債権国・
 日本と国際金融シェアが最大の米国が参加しないことも
 あって、AIIBの信用力は弱い。
  このために、国際金融市場での長期で低利が必要とな
 るインフラ資金の調達は困難だ。
  それを打開するためには、中国が元資金を提供するし
 かない。
  しかし、元がローカル通貨である以上、元による決済
 は限られる。
  翻って、元が国際通貨になれば、その障害は少なくな
 る。
  元が国際通貨になるためには、ドル、ユーロ、円、ポ
 ンドと同様、SDR構成通貨への組み込みをIMF理事
 会が認定することが前提となる。
  IMF理事会審議の鍵を握るのは英国など欧州と、I
 MFの唯一の拒否権保有国・米国である。
  厳密に言うと、SDR認定事項は最重要案件とはみな
 されず、議決権シェアで7割以上の賛成があれば、米国
 の拒否権を無効にできるが、SDRの新規発行は米国の
 賛同が必要だ。
  したがって米国の同意がないと、元が加わった後のS
 DRの追加配分に支障が出る。
  習氏は、米欧各国に対し、実利を提示することで、抱
 き込みを図ってきた。
  日本は対米追随なので、対日工作の必要はなかった。
  足元をみられた欧州 詭弁にやられる米国の甘さ
  2015年10月下旬の習氏の訪英は大成功だった。
  キャメロン首相の発表によると、習主席訪英中に決ま
 った中国の対英投資案件の総額は約400億ポンド(約
 7兆4000億円)。
  さらに、習氏は、ロンドンに人民元建ての国際決済セ
 ンターの特権を提供し、元建て国債の発行を表明した。
  これに応えて、キャメロン政権は「国際通貨元」支持
 を表明した。
  ドイツ、フランスなど残る欧州主要国も自国市場に元
 の国際決済業務の拡大を期待して、なだれを打つように
 元のSDR組み込みへの支持を表明した。
  米国はどうか。
  ルー米財務長官は3月時点では元のSDR認可には反
 対表明したが、習氏の訪米後の10月6日には、「IMF
 の条件が満たされれば、支持する」と表明した。
  6月の上海株暴落後の中国当局による市場統制や8月
 の元切り下げは金融市場自由化原則に逆行する。
  ところが、オバマ政権は態度を軟化させた。
  上海株式市場の統制は緊急措置であり、元切り下げに
 ついて「元の市場実勢に沿う改革の一環」とする北京の
 説明を大筋で受け入れたのだ。
  習政権は6月の上海株暴落以降、党・政府指令による
 経済支配を強化している。
  これだと、だれが見ても国際的に自由利用可能である
 というSDR通貨認定条件に反するはずだが、IMFは
 そう見ない。
  フランス出身のラガルド専務理事は3月下旬の訪中時
 に、「元のSDR通貨承認は時間の問題だ」と習氏に約
 束している。
  IMFは8月、上海市場の統制を当面は容認すると同
 時に、元をより大きく市場実勢を反映させる改革案を示
 せば、元を来年9月からSDR通貨に認定してもよい、
 というシグナルを送った。
  市場原理とはおよそ無縁な小出しの自由化でよしとす
 る、対中国だけのワシントンの二重基準である。
  習氏は9月訪米時、ワシントンの甘さにつけ入った。
  「中国は輸出刺激のための切り下げはしない。元を市
 場原理により大きく委ねていく改革の方向性は変わらな
 い」
  「中国政府は市場安定策を講じて市場のパニックを抑
 制した。今や中国の株式市場は自律回復と自律調整の段
 階に達した」
  「外貨準備は潤沢であり、国際的な基準では依然とし
 て高水準にある」
  「人民元国際化に伴って、外貨準備が増減することは
 極めて正常であり、これに過剰反応する必要はない」
  中国伝統の白を黒と言いくるめてみせるレトリックで
 ある。
  8月11日の元切り下げは過剰設備の重圧にあえぐ国有
 企業が背後にあるが、4%台半ばの元安にとどめざるを
 えなかったのは、資本逃避が加速したためだ。
  元相場を市場実勢に反映させると言うなら、外国為替
 市場への介入を抑制すべきなのだが、実際には元買い介
 入によって元の暴落を食い止めるのに躍起となっている。
  株式市場は自律的に回復しているというが、当局が市
 場取引を制限しているために、上海株の売買代金は6月
 のピーク時の4分の1まで雌伏したままだ。
  外準減少が正常、というのも詭弁である。
  資金流出は加速し、元買い介入のために外準を大幅に
 取り崩す。
  国内の資金不足を背景に対外債務は膨張を続け、「高
 水準の外準」を大きく上回る。
  外準を支える対中投資の大半は香港経由であり、その
 うちかなりは外資を装った中国の投資家で、ほとんどが
 党幹部に直結している。
  建前上は厳しい資本流出入規制を実施している中国で、
 特権を駆使する党幹部だけがその網の目をくぐれる。
  言い換えると、中国は党支配体制だからこそ資本逃避
 が慢性化する構造になっている。
  習氏が党総書記就任前の12年前半にわずかずつ人民元
 を低めに誘導すると、資本逃避が起きた。
  あわてて元を高目誘導したらデフレ圧力が高くなった
 ので、14年前半には再び元安方向に修正したら、やはり
 資本逃避が再発する。
  景気の方は14年初めから停滞感が強くなる一方である。
  中国当局発表では14年は7%台半ば、15年も7%弱の
 実質成長を続けているが、モノの動きを忠実に反映する
 鉄道貨物輸送量は前年同期を下回り、以来マイナス幅は
 拡大するばかりである。
  その場合、金利を下げ、元安にするのが景気対策とい
 うものだが、すると資本逃避で国内資金が不足する。
  元のSDR通貨認定は、北京にとってまさに焦眉の急
 である。
  人民元帝国誕生で軍拡も加速
  米英の国際金融資本にとって中国はグローバル金融市
 場の中の巨大なフロンティアである。
  小出しでも中国の金融市場の対外開放や自由化は、米
 金融界にとって中国市場でのシェア拡大を有利に進めら
 れる。
  北京は特定の米金融大手を一本釣りにして特権を与え
 るからだ。
  ゴールドマン・サックス、シティグループなどは江沢
 民政権時代以来、とっくに党中央と気脈が通じあってい
 る。
  ニューヨーク・ウォール街代表者が政権中枢を担うオ
 バマ政権では、グローバル金融市場に中国の元金融を取
 り込むことが国益とみなされるだろうし、元そのものが
 脅威となる日本と利害が微妙に異なる。
  中国の対外貿易規模は日本のそれの3倍以上であり、
 すでにアジアでの元建て貿易は円建てを超えている。
  中国は「国際通貨」元を振りかざしながら、アジア全
 域を元経済圏に塗り替えるだろう。
  日本の銀行や企業は元金融や元建て決済を認可しても
 らうために、北京の顔色をうかがうしかない。
  それは、日本外交の手足を縛る。
  すでに金融界は浮き足立ち、「中国嫌い」で評判の麻
 生太郎財務相ですら、中国側に東京に元決済センター設
 置を要望する始末だ。
  中国との通貨スワップに頼る韓国はますます北京に頭
 が上がらなくなる。
  国際通貨ともなれば、中国は刷った元で戦略物資やハ
 イテク兵器を入手できるようになり、軍拡は一層進む。
  これでは日本は立ち上がれぬ・・危機意識なき財務官
 僚たち
  日本としての今後とるべき策は、何が何でも元の完全
 自由変動相場制移行と資本市場の全面自由化を早期に実
 行させることだ。
  国境を越える資本移動の自由化は、外国資本や金融機
 関による対中証券投資や融資の制限の撤廃、さらに中国
 市場からの引き上げを自由にすることを意味する。
  元の自由変動相場制は、元の対ドルや対円相場の変動
 を自由にし、中国当局による市場介入や管理を取り払う。
  中国が元を乱発すれば、元相場は暴落不安が起き、中
 国からの資本逃避が起きる恐れがある。
  SDR通貨として認定されても、通貨の国際的な信認
 は国内の政策次第で失われる。
  そんな懸念から、北京は金融や財政政策で自制せざる
 をえなくなる。
  つまり、市場のチェック機能を持たせることで、元の
 暴走にブレーキをかけられる。
  党による市場統制力は次第に弱まるだろう。
  考えてみれば、これまでの中国の人民元管理変動相場
 制は中国のとめどない膨張を支えてきた。
  管理変動相場制のもとでは、自由変動相場制とは全く
 異なって、対ドル相場は人為的に安定させられる。
  元の安定を背景に、中国にはこれまで順調に外資が流
 入し、その外資の量に応じて中国人民銀行は元を刷り増
 しし、国有商業銀行、国有企業、地方政府に資金を流し
 込んで、不動産開発を進めて、投資主導による高度成長
 を達成した。
  国有企業は増産しては輸出を増やしてきた。
  ところが、不動産投資も国有企業の増産投資も過剰と
 なり、景気は急降下し、地方政府や国有企業の債務は膨
 張を続けている。
  鉄鋼などの過剰生産は、安値での輸出攻勢を引き起こ
 す。
  半面で、鉄鉱石など一次産品の国際商品市況は急落し、
 産出国経済を直撃している。
  市場需給を無視した党主導による金融は世界経済不安
 の元凶になっているのだ。
  来年は米大統領選挙だ。
  日本としては米国のまともな勢力と組み、元の変動相
 場制移行と金融自由化の早期実行を北京に迫るしかない。
  仮に北京が為替や金融の自由化を約束したところで、
 実行するはずはない。
  何しろ中国の国際ルール無視ぶりは目に余る。
  中国は2001年末、難交渉のうえに世界貿易機関(
 WTO)に加盟したが、ダンピング輸出、知的財産権無
 視などが横行している。
  国内総生産(GDP)統計は偽装の産物だというのが
 国際常識だ。
  外交・軍事では南シナ海の砂地埋め立てと軍事拠点化、
 絶え間のない外国に対するサイバー攻撃と、あげればき
 りがない。
  人権の尊重、言論・表現の自由は、自由で公正な金融
 市場ルールの下地のはずだが、党中央にはその意識のか
 けらもない。
  米国とはそれでも、日本の危機意識を共有できる余地
 はある。
  正式候補に決まるとは限らないが、民主党のヒラリー
 氏はウォール街に批判的で対中警戒派だし、共和党のト
 ランプ氏は「大統領になれば、中国を為替操作国として
 罰する」と息巻いている。
  日本として、元のSDR化で習近平政権は軍事を含む
 対外膨張路線をひた走るだろう、と伝えるべきだ。
  問題は通貨・金融を自省の専管事項とする財務官僚だ。
  IMFにおいて中国のSDR通貨工作のなすがままに
 した。
  そればかりか、IMFで精を出しているのは、消費税
 増税をIMFに対日勧告させて安倍晋三政権を予定通り
 の増税に追い込む根回しだ。
  語るに落ちる裏切りぶりである。
  たむら・ひでお 昭和21(1946)年生まれ。
  早稲田大学政経学部卒。
  日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、米アジ
 ア財団上級フェロー、香港支局長などを歴任。
  平成18年に産経新聞社に移籍し、編集委員、論説委員
 を兼務する。
  著書に『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、
 『人民元の正体』(マガジンランド)など多数。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive

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by suba28 | 2018-07-30 04:12 | 皆様とともに 幸せになりたい


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