(増補版)604E2/3:2/3:2/3:気になった事柄を集めた年表(1894年7月~1894年7月)

題:(増補版)604E2/3:2/3:2/3:気になった事柄を集めた年表(1894年7月~1894年7月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
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1894年7月19日、日本が、中国・清へ、日本の手交(しゅこ
 う、手渡すこと)した最後通牒の回答期限である7月24日
 を過ぎても、中国・清が、日本へその返事もしないで、
 中国軍の朝鮮への増派をするならば(それは、朝鮮に対
 する宗主国ぜんとした威嚇行為であるとともに、同時に)
 日本に対する威嚇行為(敵対)と見なす・・との内容の
 最後通牒を中国・清へ送りつけた。
  そしてまた、この様な無視の行為をする中国・清の態
 度であるならば、陸奥宗光外相は、回答期限の7月25日以
 降は、清国の軍艦などへ日本が攻撃をしても、「外交上
 の問題はない」の旨を日本海軍へ伝えた。
  日本は、今まで自重し、清の強引な行動を静観して来
 たが、また、影で工作する清の態度を静観して来たが、
 この時点では、はっきりした毅然たる態度を示すという
 方針に替わっている。
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1894年7月20日、この日の午後、大島公使は、この様な状況
 になっては、毅然たる態度を示すべきとの方針において、
 自主独立の国としてありたいと日本へ伝えている朝鮮に
 対し、清国の宗主権を認めさせられている『中朝商民水
 陸貿易章程』を、廃棄をしなさいと伝えた。
  また、中国・清が「朝鮮は属邦である」とし、その属
 邦保護を名目として、朝鮮の「自主独立を侵害」する清
 軍の撤退について、朝鮮の考え方を7月22日までに伝えて
 もらいたいと伝えた。
  これは、1636年~1637年の丙子の役(へいしのえき、
 清の朝鮮への一方的侵略行為)の一例の如く、過去から
 何度も、中国・清から度々の武力行使を受け苦渋してい
 る朝鮮が、また、日本も清から脅され、威圧行為も受け
 ているという、その様な状況に於いて、その様な清軍を
 退けられないのであれば日本が代わって駆逐するとの含
 意があった。
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1894年7月20日、総武鉄道の市川駅~佐倉駅間が開通した。
  開業120周年となる2014年に、記念行事が行なわれた・・
 以下は、そのことを伝える記述・・
  ~おかげさまで120周年! 120年間の感謝を込めて~
  総武本線市川~佐倉間は開業120 周年を迎えます!
  1894 年(明治27年7月20日に総武鉄道(市川~佐倉間)
 が開通し、市川駅・船橋駅・千葉駅・佐倉駅が2014年に
 120 年目を迎えます。
  JR東日本千葉支社では、お客さまに感謝の気持ちを
 込めて「総武本線開業120周年記念イベント」を開催しま
 す。
  7月20日には、市川駅・船橋駅・千葉駅・佐倉駅で120
 周年記念入場券発売やスタンプラリー、写真展やコンサ
 ートなど楽しいイベントを開催します。
  また、120 周年記念号として寝台特急「あけぼの」号
 で運行されていた寝台車両24系を使用した「市川~佐倉
 120周年号」で行く日帰りの旅コースと「120周年千葉青
 森号」で行く夜行列車の旅コースの旅行商品をインター
 ネットで限定発売します。
  ぜひ、120 周年で盛り上がる市川駅・船橋駅・千葉駅・
 佐倉駅へ遊びに来て下さい。
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1894年7月23日、連合艦隊が佐世保港を出港した。
  この日の午前11時、強硬に陸兵増派をしようとしてい
 る清国の行動を止めさせようと、海上封鎖の任務を帯び
 た伊東祐亨中将が率いる連合艦隊が、佐世保港から朝鮮
 半島の京畿湾へ向けて出港した。
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1894年7月23日、日本は、清軍撃退依頼を出すようにと大院
 君へ伝えた。
  朝鮮政府内にある過去からの清国の武力行使と圧力に
 屈し、清国の属邦体制を止むなく認めて受け入れている
 派(親清派)と・・、
  この強圧的な清に対して、日本に助けを求める親日派
 が朝鮮政府内にあって・・、
  親日派であった金玉均が、清国によって暗殺される如
 く、陰に陽に中国は強引な行動をしていた。
  その様な清の属邦体制を止むを得ず受け入れている現
 政権の王政派(閔妃)に対する親日政権の大院君に清軍
 撃退依頼を出すようにと伝えた。
  日清戦争の原因となった甲午農民戦争の清軍の鎮圧出
 兵も、清の工作員が暗躍して出兵要請を朝鮮に出させて
 いる。
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1894年7月23日、この日の日本の「国民新聞」には、「今や
 我国は清国と開戦するの最高潮に達す」と記されている・・
 また・・
  この翌日の7月24日の「時事新報」には、「一刻も猶予
 せず、断然支那を敵として我より戦を開くにしかざるな
 り」とあり・・この時点に至っては「戦わざるを得ない」
 という新聞論調で、完全に開戦の方向で一致していた。
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1894年7月23日、日本が、朝鮮王宮へ軍を派遣し、強硬策を
 行なった。
  そして、午後5時、大島旅団長が朝鮮国王に面会する。
  一人も死者は出ていない、そして、この日の内に幕営
 地に引き上げている(中国・清はまったく関係ない)
  襲撃ではない・・また、日清間の交戦も無い・・
  この日の午前零時30分、公使より電報、「作戦通り実
 行せよ」と・・
  行動部隊の第六中隊が、迎秋門が破れなかったので、
 囲壁を越え、内部より鋸と斧で門扉を開く(午前5時頃)
  第七・第五中隊が王宮に入る、そして、光化門・建春
 門も内部より開門した。
  この間、守備の朝鮮兵は抵抗する者もなく、また、皆、
 北方へ逃走。
  午前4時20分~午前7時半、双方から銃撃が起きる。
  抵抗した一部の朝鮮兵は、北方の王宮囲壁を出て、白
 岳の方向に逃走する。
  国王は雍和門内に居て、山口大隊長が、日本軍兵を門
 内に入れない代わりに韓兵の武器交付を要求した・・承
 諾された。
  また、大隊長は国王に拝謁した、「我が兵士は玉体を
 保護するために居て、決して危害の及ばざるを期すべし。
 殿下幸いにこれを諒せよ」と・・
  (参考)諒:りょう、おもいやる。明らかにする。ま
     こと。
  午後5時、大島旅団長が王宮に入り国王に面会した。
  夕方、日本軍は歩兵第二十一連隊第二大隊」に「王宮
 の守備」を命じたほか若干の部隊を王宮周辺要地に留め、
 午後5時から午後6時の間に幕営地にひきあげた。
  これは、公使館と旅団が協議して計画していたことだ
 った。
  この行為に対し、列強諸国からの批判は無く、誰かが
 殺害されたという事でもなかった。
  しかし、日本政府からはこの様なことをするなとの指
 令が出ていた。
  しかし、この行為は、朝鮮の人々の反日意識を高めた・・
  この点からも、すべき行為ではなかった。
  この様な行為は中国・清もしていて、朝鮮の人々は清
 に対しても反感を持っていた。
  しかし、この後、この行為で王宮内の財貨宝物が略奪
 されたと、「してもいない行為を、した」とプロパガン
 ダ(嘘宣伝)に使われた。
  清国の宋主権行使に苦渋していた朝鮮を救うとしても
 やり方が良くなかった。
  天皇陛下も、この事件に対し、また、武力行使に対し
 疑問を御明示されている。
  また、上記の午前4時頃撃ち合ったと言ったって、日本
 のこの行動の目的が・・、
  清に宋主権を主張されて、不満の中で属邦状態に身を
 置いている朝鮮が・・、
  陰に陽に日本に助けを求めている現状の朝鮮が・・
  日本が替わって「やらねばならないのだろう」と方針
 を決め、清軍撃退依頼を出しなさいと言っても、親清派
 と親日派とが押し合っている朝鮮・・
  そして、この度のこの行動・・態度を決めなさいとの
 この王宮へ押し寄せた行動であって、朝鮮兵と撃ち合い
 になったって、朝鮮兵と戦うことが目的ではないので、
 朝鮮兵を撃ち殺すこともない。
  この撃ち合いで戦死者の一人も出てない。
  助けようとしている日本なのだ・・朝鮮兵を撃ち殺す
 訳がない。
  今、中国が、ウイグルや、チベットや、内モンゴルで、
 取締りの名目で、ばちばち、ウイグルやチベットや内モ
 ンゴルの方々を殺しているが、それとは訳が違う。
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  (今日の言葉)
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  題:今、ヨーロッパの終焉が言われている・・というより、
   ドイツの差配するヨーロッパとなっている・・
   ドイツの経済に頼らざるを得ないEUなのだ・・
   そして、そのドイツが、中国に経済的救済を求めている形で
  中国に近づき、中国は、どんどんドイツに大量発注している・・
   そんな関係のドイツと中国・・そのドイツの軍事技術が、
  どんどん中国に入ることが懸念されている・・
   中国はそれを望んでいる・・
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紀元前5万年~紀元前4万年、この頃、ユーラシア大陸から
 人類が、寒い極北の地を通って、そして、地続きだった
 凍てつくベーリング海峡を渡り、アメリカ大陸へと行っ
 た。
  この時、この極低温の地を、人類が行けたのは、体温
 の低下を防ぐための衣類・着物があったからだった。
  その様な防寒性能の良い着物が作れたのは、『縫い針』
 の発明があったからだった。
  この当時の縫い針が、シベリアから出土している。
  人類のこの発明の智慧が、その活動範囲を拡大してい
 たのだった。
  この様な歴史的な知識や、科学的知識のない北海道の
 政治家が、議会の討論の中で、「北海道は無土の地だっ
 た」と、人の居ないと地だったと言った。
  「人類が広い広範囲な活動をしていた」などという状
 況の知識の「まったく無い理解状況」の中で、政治的議
 論と判断と決定がなされている。
  人類の広い活動範囲とともに、広い人類の結婚・交雑
 が行われていて、日本列島は5万年前から、また、4万年
 前という遠い遠い昔から、広い活動とともに結婚・交雑
 の歴史の中にあった。
  アイヌも琉球も、また、本州も、その人類の交雑の歴
 史が続いて来ていて、その遺伝子的にも、そのことが証
 明されている。
  アイヌだけが特別ではない。
  中国の仕掛ける「アイヌ独立論」は、自国の抱える別
 民族である「チベット民族の方々の独立活動」「ウイグ
 ル民族の方々の独立活動」「内モンゴル民族の方々の独
 立活動」などの独立運動を相対化したいための仕掛けな
 のである。
     ・
     ・
1193年、北方十字軍
  ローマ法王(教皇)のクレメンス3世の、1193年の呼び
 かけが発端だった。
  いつも、戦争を呼びかけるキリスト教ローマ法王(教
 皇)だった。
  この時のキリスト教の「北方十字軍」は残虐だった。
  この東方遠征時には、そこの住民は「ほとんどが皆殺
 し」にあった。
  卑劣な被害を受けた地域は、現在のポーランドからバ
 ルト三国におよぶ一帯で、多くのスラブ人の方々が住ん
 でいた。
  キリスト教が、討伐の対象とする『正当な理由は無か
 った』。
  せいぜい、キリスト教にとっての異端の宗教を信じて
 いる「異端の民だ」という程度だった・・何も悪いこと
 はしていない。
  プロセインという国を作ったが、ドイツ騎士団(ドイ
 ツ騎士修道会)が多く、悪行為の実行団だった。
  現時点においてキリスト教が卑劣な事は、この一事例
 の様な「過去の暗黒の歴史」を示しても、「私たちは、
 そんな悪いことしていない」と嘘を言っている事である。
  また、キリスト教は、卑劣なキリスト教の教義も必死
 に言い換えをしている。
  まったく反省のそぶりも見せないキリスト教であり・・
 ここに問題の根源がある。
  (参考)北方十字軍:ほっぽうじゅうじぐん、バルト
     十字軍とも言われる。
      キリスト教カトリックの王であるデンマーク、
     スウェーデン、ポーランド、そして、リヴォニ
     ア帯剣騎士団、ドイツ騎士団によって開始され
     た十字軍のことで、北ヨーロッパ、および、バ
     ルト海沿岸南東の異教徒に対して蛮行が行われ
     たカトリック教会諸国の同盟によって行われた。
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1636年~1637年、丙子の役(へいしのえき)
  韓国の南漢山城(ナムハンサンソン)が関係し・・、
  南漢山城は韓国の世界遺産であるが、標記の丙子の役
 の時、中国・清が、朝鮮(李氏朝鮮)を侵略した。
  この丙子の役の最も熾烈な47日間の戦いを描いた映画
 「南漢山城」が、今、韓国で評判になっているという。
  中国・清が、朝鮮を侵略すると、君主と家臣らは敵を
 避けて南漢山城に隠れた。
  寒さと飢えが襲う・・絶対的な軍事的劣勢の状況・・
 清国軍に完全に包囲された絶体絶命のその時・・
  国家と国民を守らなければならないという吏曹判書チ
 ェ・ミョンギル(イ・ビョンホン)と・・
  (参考)吏曹:いじょ、李氏朝鮮に置かれた行政機関
      判書:ばんそ、官職
  清国軍の攻撃に最後まで相対して戦って大義を守らな
 ければという礼曹判書キム・サンホン(キム・ユンソク)、
  (参考)礼曹:いぇーじょ、李氏朝鮮の行政機関
  そして、その間に立った仁祖(パク・ヘイル)の煩悶・・
  その攻勢はより深くなって、中国・清国の無理な要求
 と圧迫はより一層強まるっていく・・この様に映画は描
 かれるが、
  この丙子の役となるとき・・清国との戦いが決定的と
 なった時、李氏朝鮮は、日本に援軍を乞う事も検討した・・
  今の韓国もそうであるが、陸続きの中国は、容易に朝
 鮮に侵略できるため・・朝鮮半島は中国の冊封体制下に
 置かれる状況に常にあった・・
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1904年~1907年、ドイツは、ナミビアを侵略した。
  土地を奪われたナミビアの人々(ヘレロ民族の方々)
 は、当然、反抗を開始した。
  しかし、武器や装備に各段に勝るドイツが勝つのは当
 たり前だった。
  (槍と銃の戦い・・この様な卑劣な戦いをドイツは行
 った)
  ドイツは、ナミビアのヘレロ民族の人々を大殺戮し、
 殺して、そして、強制収容所へ入れた。
  そして、強制収容所に入れた人々に強制労働をさせた。
  しかし、結局、最後には、ドイツは、この方々も皆殺
 しにした・・血も涙もない卑劣なドイツだった。
  ヘレロ民族の人々は全人口の8割の人々が、ドイツに殺
 されてしまった・・言葉に尽くせぬ卑劣さだった。
  「20世紀最初のジェノサイド」と言われている。
  (参考)ジェノサイド:その共同社会や民族を滅ぼす
     ほどの大量殺害。集団殺戮(さつりく)。 
  この蛮行は「ヘレロ・ナマクア虐殺」と言われている。
  これは、上記の様に、ドイツ領南西アフリカ(現・ナ
 ミビア)において、ドイツが先住民族(ヘレロ民族の方
 々)に対して行った虐殺で、アフリカ分割の動きの中で
 行われた。
  ドイツのこのヘレロ民族への攻撃は、1904年8月、ドイ
 ツのロタール・フォン・トロータ将軍によって行われた。
  三方から包囲して、カラハリ砂漠に追い込み、殺戮し
 た。
  また、1904年10月には、ナマクア族も蜂起したが、同
 様に、武器を持たないのも同然の人々を、ヘレロ民族同
 様に、「赤ん坊の手をひねるがごとくに虐殺した」。
  この様な民族虐殺を容易に行うドイツは、この後、ユ
 ダヤの方々への民族虐殺の行為へとつながって行く。
.
1933年3月23日、ドイツ国会が、ヒトラーの全権委任法を可
 決した。
  これによってドイツは、国家社会主義ドイツ労働者党
 (ナチ党)の権力掌握がなされた・・
  そして、これ以降、反ユダヤ主義が国是となったドイ
 ツにおいて・・様々なユダヤ人の方々に対する迫害が行
 われた。
  ドイツでは、第二次世界大戦の勃発の後、ナチス内部
 では、「ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決」
 を行おうとする動きが強まり、ドイツ国内や占領地のユ
 ダヤ人を拘束し、強制収容所送りを始めた。
  ドイツは、この「600万人のユダヤの人々の殺害」以外
 にも数々の卑劣な行為がある。
  「ロマ(ジプシー)・シンティ」「何千人もの精神障
 害者」「多くの同性愛者の殺害」「占領地のSS」「ド
 イツ国軍による戦争犯罪」「60万人から80万人と言われ
 る犠牲者が出たレニングラード包囲」「ワルシャワのゲ
 ットー破壊」など。
  ドイツは、これらの過去を正しく清算しなければなら
 ない。 
  今までの清算の仕方には欺瞞に満ちたところがある。 
  その様な過去への態度なら・・また認識の仕方なら、
 また、同じ様な蛮行を繰り返す事になるだろう・・、
  そして、今、利益優先で中国と悪だくみをしている。
  (参考)受権法・・ドイツのヒトラーが率いるナチス
     政権下のこの年・1933年に制定された「全権委
     任法」が代表例。
      議会の承認なしに、政府による立法権行使を
     認める法律の総称。
      ナチスは、委任法で、政府が定めた法律に矛
     盾する憲法規定の効力を失わせた。
      憲法自体を空文化させることで、独裁体制を
     固めて行った。
.
1937年11月、アメリカは、この月、中国国民党の蒋介石や
 重い責任を持つ軍人を南京から連れ去り、これから南京
 城での戦いが始まるという事態に、中国司令部を無くし
 て、南京の戦いはシッチャカメッチャカにした・・
  (この翌月の1937年12月に、日本軍の南京入城という
 時だった)
  そして、南京事件が「でっち上げられた」のである。
  何しろ・・秘かに中国側に味方して、戦いに参戦した
 アメリカは卑劣で・・南京戦が乱戦となった主犯は、ア
 メリカだった・・
  このアメリカによって重慶に連れ去られた中国の中枢・
 司令部の国民党・・
  この中国国民党の国際宣伝処に所属していたアメリカ
 人のセオドア・ホワイト(ジャーナリスト)・・
  この男は、自叙伝で回想し、くだらないことを書いて
 いる・・
  重慶に逃れた国民党政府は、自国に有利な事なら何で
 もした・・そして、どんな嘘でもついた・・。
  南京事件のデッチアゲも朝飯前だった・・
  嘘をつくこと、騙すこと、中国とアメリカは、共に、
 日本に対抗して行くのだとアメリカに納得させるためな
 ら、どんなことをしても良いと・・それは必要な事だと・・
  その様に考えていた・・と書く。
  そして、宣伝目的で作られた嘘の数々・・
  そして、その嘘写真・・誤記を装って書かれた嘘の数
 字・・それらが宣伝されて行った・・
  そして、それらが、一人歩きをし出し・・「真実」と
 して定着して行った・・と。
  その様な中で、嘘八百の中の馬鹿馬鹿しい話の一つが・・
 以下である・・
  蔡黄華というデッチ上げられた中国女性が、日本の兵
 士を数人殺したという・・
  そして、逃走して、反日ゲリラの首領になったという
 「真っ赤な嘘話し」を作り上げて記事にした。
  これに、多くのアメリカ人記者が飛び付き、この女性
 の写真を要求して来た。
  中国国民党の宣伝部は、腰に二丁拳銃を下げた中国人
 女性の写真を作った。
  この中国人女性は、アメリカで、国民党の蒋介石総統
 夫人の宋美齢に次ぐヒロインになった。
  世界のどこにもいないという「架空の人物」がもては
 やされるというアメリカだった。
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1942年、ドイツは、国で慰安婦施設を経営していた。
  レッキトシタ証拠が、いくつもある、卑劣な行為をし
 ていたドイツ。
  ドイツには、慰安婦について後ろめたい過去がある。
  ドイツは、1942年の時点で、約500のドイツ軍が運営す
 る慰安婦施設があった。
  その運営される慰安婦施設が、ドイツ軍当局へ報告し
 ている書類など、多数の証拠が存在し、その内容は明ら
 かとなっている。
  その書類の一つが、調査報告書の形で・・、
  ドイツ国防軍の専属か、否か? 
  民間人の利用もできるのか?とか・・
  娼妓の人数や年齢は?とか・・、
  性病の予防処置をしているか?とか・・、
  一人の娼妓の客の最高数は?とか・・、
  コンドームの使用状況は?・・など、微に入り細に入
 り報告させている。
  ドイツ軍が完全管理している実態があった。
  そして、この事が、1977年に、本として克明に実態が
 書かれ、出版され、公知の事実となった。
  本は、フランツ・ザイトラーにより書かれ、本の表題
 は、「買春・同性愛・自己毀損、ドイツ衛生指導の諸問
 題、1939年~1945年」。
  ドイツには、国軍によって、組織的で、規模の大きい
 慰安婦制度がれっきとしてあった。
  ドイツは、この事を後ろめたく思っていた。
  その事もあって・・ドイツは、日本の「韓国がでっち
 上げる慰安婦問題」を、自分たちの汚点を消したいとし
 て、「日本の真実の説明」に一切耳を貸さずに、ドイツ
 の新聞などマスコミは、韓国の嘘のプロパガンダの言い
 分だけを公表した。
  また、ドイツ国会も、決議案を採決しようなどという
 破廉恥で卑劣な行為に及ぶほどだった・・結局、採決に
 は至らなかったが、ドイツの卑劣さが国会レベルにまで
 至っていた。
  まったく韓国の卑劣な嘘宣伝に踊らされているドイツ
 となっていた。
.
1945年5月2日、ドイルのベルリン陥落
  ドイツ国防軍のベルリン防衛軍司令官のヘルムート・
 ヴァイトリングが降伏して・・ベルリンは陥落した。
  ヒトラーは、すでに、1945年4月30日に自殺している。
  そして、ドイツの戦後が始まるが、ドイツには1200万
 人のナチスに加担した人々・ナチ党員が居た。
  このナチ党員らは、何ら罪を問われること無く、戦後
 の時間を過ごして行った・・そして、そのままとなった
 ドイツが、今、存在している。
  アメリカも、このナチス加担者のナチ党員の罪は問わ
 なかった。
  ドイツの一般国民と同じように戦後を過ごさせて来た。
  何ら責任を取らないナチ党などの人々が、ドイツの中
 で一般のドイツ人たちと同じように過ごしてきた。
  謝罪も何もしない人々が、一般の人々と同じように過
 ごしてきた。
  ドイツという戦後のドイツ政府は、このことに目をつ
 むり、一緒になって謝罪も何もしないで戦後を過ごして
 きた。
  そして、ドイツのやることと言ったら・・「ナチスは
 悪いことをした」「ナチスは、600万人のユダヤ人の殺害
 をした」というけれど・・、
  「ナチスは、悪いことをしたけれど・・」とまでは何
 度も何度も言うが、肝心の謝罪の言葉なしに戦後を過ご
 して来た。
  世界に対するドイツの欺瞞の態度が今・現在もある。
.
1945年、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線における、ドイ
 ツが戦争に敗れる前後において・・ソ連兵による婦女暴
 行が50万件もあった・・
  また、アメリカ兵による婦女暴行も19万件もあった。
  1945年4月16日、ソ連は、ベルリンの攻囲作戦を開始し
 た。
  昼も夜も、ベルリンを砲撃した。
  昼も夜も、その砲撃音は、常にベルリンに鳴り響いた。
  電気もガスも水も・・ストップした。
  ベルリンから脱出できなかった、ベルリンから逃げそ
 びれた市民の200万人の人々は・・防空壕内に逃げ、生き
 延びていた。
  そのほとんどが、その圧倒的多数が「女性と子供たち」
 だった。
  そして、12万人の乳幼児がいた。
  1945年4月26日、ベルリンは完全に包囲された。
  そして、1945年5月2日、ベルリンは陥落した。
  この攻防の最中から、この後の時の中で、ソ連兵やア
 メリカ兵による婦女暴行などの蛮行は行われた。
  婦女暴行の他にも、家宅侵入や略奪など、その阿鼻叫
 喚(あびきょうかん、人々が苦しみ泣き叫ぶような、非
 常にむごたらしい状態)、その中でレイプが行なわれた。
  この時だけのベルリン市の女性の犠牲者だけでも9万500
 人から13万人だという。
  二つの主要病院の報告だけであるから、そのデーター
 は少な目であっても、しっかりした信頼できるものと言
 える。
  この様な悲劇は、1944年の末から始まっていた。
  ドイツの敗退が始まると、東方のドイツ領土から兵士
 だけでなく、ドイツの一般市民も脱出し、ドイツやベル
 リンを目指した。
  また、追放されるドイツ人たちも居た。
  その逃避行をする人々は1200万人から1400万人いた。
  着の身着のまま・・ドイツを目ざし、飢えと寒さ、そ
 の様な中、多くのドイツ人が虐殺にあった。
  死者と行方不明を合わせ300万人だという。
  日本を貶(おとし)めてばかりいるNHKは、この様
 な事は一切放送しない。
.
1945年、第二次世界大戦の戦後、ドイツはパニックとなっ
 た。
  流言飛語が飛び交った。
  「1910年から1925年までに生まれたドイツ人の青年は、
 不妊手術をされる」
  「ドイツの市町村長は、全員がクビになり、強制収容
 所から解放されたユダヤ人が取って代わる」
  「ドイツの各都市は、計画的に略奪される手はずにな
 っている」。
.
1988年、この年に、日本に帰化した蔡善花氏が大切なこと
 を教えてくれた・・話された・・
  韓国が漢字を捨てたが・・??
  日本でも、アメリカの戦後のGHQが、日本に日本語
 を捨てさせようとした・・英語化しようとした・・
  日本に、漢字を捨てさせようとした・・
  無知からGHQは、「日本は、漢字があるから文盲率
 が高く・・民主化が遅れているのだ」とした。
  この時、日本は、知識人が反対し、GHQを説得し、
 疑(うたぐ)るGHQを納得させるために、「日本人に
 テストを実施した」・・
  そうしたら、ほぼ100%の日本人の出来の凄い良さの結
 果で、「日本人の知性・知識の高いことが立証された」。
  馬鹿なGHQも「びっくり」という過去の史実がある
 が・・
  韓国は・・漢字を捨ててしまって、廃止し、ハングル
 文字だけにした。
  今、韓国の若い人たちは、漢字が読めない状態になっ
 ている。
  当然、漢字で書かれた過去の史料や文献・資料が読め
 ない。
  それで何が起きたか?というと、『知性の劣化』。
  (参考)知性:ちせい、物事を知り、考えたり判断し
     たりする能力。
  この様な恐るべきことが韓国で起きていると・・日本
 に帰化したエッセイストの呉善花さんがそのことを何度
 も書いたりして、発表されている。
  韓国は、同時に自分たちの歴史も失っている。
  (参考)呉 善花(オ・ソンファ、1956年~)は、韓国
     生まれの評論家、日本研究者。済州島出身。
      大東文化大学(英語学専攻)卒業後、東京外
     国語大学地域研究研究科修士課程(北米地域研
     究)修了。
      拓殖大学国際学部教授。元韓国籍で日本に帰
     化。
      子供時代を済州島で過ごす。
      1980年に、韓国軍に入隊しながら大邱保健専
     門大学を卒業。
      1983年に訪日、日本で働く韓国人を題材とし
     た『スカートの風』を出版。
      戦前に日本在住経験のあった母親からの影響
     もあったが・・そして・・
      学校教育によって一時は反日主義に傾倒して
     いたが、訪日後にさまざまな葛藤を経て知日派
     になった。
      韓国併合を全否定しない・・日本の自虐史観
     の改善を求めている・・
      韓国では・・親日派、「韓国を卑下する書籍
     を出版してきた」という否定的評価を受けてい
     る。
      また、韓国における漢字復活論支持者であり、
     自著でもたびたびハングル専用教育の弊害につ
     いて言及している。
      1988年に、日本へ帰化。
      韓国による入国拒否という行為に遭っている。
      2007年10月1日、済州島在住の母の葬儀で韓国
     へ入国しようとしたところ、日本での「反韓的
     な活動」が理由で、韓国当局から入国禁止措置
     が取られていたため、済州国際空港で一時入国
     を拒否された。
      これに対し、呉の要請により、在済州日本国
     総領事館は、日本人への人権侵害との申し出を
     し、韓国入管は呉の入国を認めた。
      2013年7月27日には、親戚の結婚式への出席の
     ために韓国へ入国しようとしたが、仁川国際空
     港で完全入国拒否(本国送還命令、韓国入国法
     76条)となった。
      ルーツを朝鮮半島に持ちながら、韓国に対し
     て批判的な評論活動を引き続き行なっているこ
     とが影響したとされている。
      卑劣にも、大韓民国当局は、拒否の理由を明
     らかにしていない。
.
2013年5月、今、韓国は、「なんだかんだ」と言っているが、
 何と言おうと、実際は「日本の統治は良かった」と思う
 韓国の人々が、大勢、生きている。
  その方々が、口を開かなくても、事実は、実際は、良
 いのだから・・だから、心では「(韓国)政府は何を言
 ってんの? 日本に感謝しなければならないのに、貶(
 おとし)めてばかりで・・」となっている。
  しかし、これからは、その方々が亡くなって行かれ、
 居なくなる。
  その時、(韓国)政府にプロパガンダ(嘘宣伝)され
 た韓国の人々は、本当にそう思って、始末が悪くなるだ
 ろう・・、
  「日本の統治は良かった」と実感した人たちが、大勢、
 生きている時は良かったが・・結局は、プロパガンダさ
 れた人々だらけになるだろう。
  半分、中国に冊封されて日本の貶め行為の政治行動を
 し続けるだろう。
  そのような事件が、2013年5月に起きている。
  「日本の統治は良い事だったと、私は思っているよ」
 と言った韓国の95歳のお年寄りが、若い男に殴り殺され
 ている。
  実際の日本の素晴らしい統治に感激した韓国のお年寄
 りが、「日本の統治は良かったよ」と口にしたら・・、
  韓国の嘘の反日教育を受け、洗脳された若者が、「そ
 んなわけはない」と韓国のお年寄りを殺すという事件だ
 った。
.
2017年、ドイツに入って来た移民は、結局、社会の下層に
 しか居られないのが実情で・・、
  経済的にも、社会的にも不満を持っている人間と化し
 た集団となっている。
  そこで、「iS(イスラム国)」に流れ込んでいる。
  ドイツ国籍は取れても、社会の最底辺に据え置かれて・・
 そして、ドイツに反感を抱く。
  今、ドイツには、「サラフィスト」と呼ばれるイスラ
 ムのウルトラ過激派・超過激派が、どんどん増えている。
  日本も、「労働移民」という都合のよい考え方で判断
 しているが、そんな様に都合よく行く訳はない。
  移民は、人間という複雑な行動や考えをする対象であ
 るという認識を・・自分に都合よく、夢のような解決・・
 そんな夢想しての政策を決める様な事はない様に・・、
  (参考)サラフィストを恐れるフランス・・
     2016年4月4日、ヴァルス首相は、「フランスの
     サラフィストはイスラム教徒の1%にすぎないが、
     イデオロギー、文化的闘いに成果を上げつつあ
     る」と表明し、警告した。
      サラフィズム(サラフィー主義)・・イスラ
     ム過激派と一口に言っても、国の歴史・宗教・
     政治的背景によってさまざまなグループがあり・・
     サラフィズムは、イスラム原理主義を守り、キ
     リスト教徒や他宗教徒を敵とみなし、真正イス
     ラム国カリファ再建の「聖戦(ジハード)」を
     掲げている。
      サラフィズムがフランスに入ったのは、特に、
     1991年、アルジェリアのイスラム救国戦線が選
     挙で圧勝したのに、与党が無効としたため武装
     イスラム集団(GIA)との内戦が10年続いた
     頃・・
      ムスリム人口の西洋での増加とともに、イス
     ラム過激派や原理主義サラフィズムもフランス
     に入って来て・・サラフィズムの影響下、ニカ
     ーブを着た女性イスラム教徒も増加した・・郊
     外への移民家族の集中化のなかで、ムスリムの
     コミュニティ化が進んで行った・・
      サラフィズムには3系統あり・・
      武装・過激化を提唱する 「革命的サラフィズ
     ム」・・、合法・政治的にイスラム主義国家を
     目指す、エジプトのムスリム同胞団に通じる「
     政治的サラフィズム」・・そして、「サラフィ
     ズム・キエティスト」は、政治に関係なく伝統
     的布教に努め、テロリズムでヨーロッパを恐怖
     に陥れる「イスラム国」を強く批判している。
      シリアに向かうフランス青少年(現在600人、
     女性200人、160人戦死)は、アッラーのための
     ジハードにまい進している・・
      パリやブリュッセルのテロ犯の大半は、元犯
     罪者か麻薬ディーラーで・・自国には懲役か失
     業しかないと絶望するニヒリスト青少年らは「
     イスラム国」、アッラーのために自爆テロを続
     けている・・
      聖戦に憧れる多くの青少年が、家族と断絶し
     てイスラム教に改宗する・・
      ヨーロッパ社会での差別、屈辱を、神やムハ
     ンマドのための 「聖戦」によってヨーロッパに
     復讐し反抗しようとする・・
.
2018年、今、ヨーロッパの終焉(しゅうえん、終わり)が
 言われている・・というより、ドイツの差配するヨーロ
 ッパとなっている。
  (参考)差配:さはい、指図してとりさばくこと。
  ドイツの経済力に頼らざるを得ないヨーロッパとなっ
 ているから・・経済力の強いドイツが牛耳る・・「ドイ
 ツ帝国」の再来と言われている。
  しかし、そのドイツ・・、中国の購買力で息を吹き返
 した自動車のベンツの如(ごと)く、このベンツ以外は
 影が薄くなって来ているドイツの状態・・、
  ヨーロッパは、その様なドイツに頼らざるを得ず・・
 「ドイツの力と意思に決定づけられている状況」となっ
 ている。
  EUは、「EUの衣装を身にまとったドイツ帝国」の
 状況が強くなっていると言われているが、そのドイツ・・
 各部の地盤沈下が酷(ひど)く・・中国に救いを求めて
 いる。
  ベンツだけの救済だけでなく・・その為、中国が主導
 するAIIB(アジアインフラ投資銀行)へ、このドイ
 ツだけでなくEU諸国が、こぞって参加している・・
  腐肉に群がるハイエナのような状況になっている。
  今、ドイツは、移民が酷く・・ドイツでは、どこの幼
 稚園や小学校でも、外国系の子供たちの方が多いという
 ケースがたくさんある。
  今、ヨーロッパの終焉が近づきつつあると言え・・そ
 のヨーロッパの文化も消えていく状況・・町並みも消え
 て行く状況。
  中国に近づいて、中国の軍事力の増強にテコ入れする
 ことが恐れられている・・
  ドイツの技術が、中国に注入されることが恐れられて
 いる。
  ドイツの軍事技術が、どんどん中国に入ることが懸念
 されている・・中国はそれを望んでいる・・、
 (追伸)先日、テレビで放送されたが・・、
     オーストリアの世界遺産の美しい街並みの満々中に
     超近代的は高層ホテルが建つ話がある・・景観ぶち壊しホテル
      もう世界遺産より食う方が先・・背に腹は代えられぬという
     ヨーロッパとなっている。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive

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by suba28 | 2018-07-23 17:05 | 皆様とともに 幸せになりたい


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