(増補版)576E2/3:2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1893年2月~1893年3月)

題:(増補版)576E2/3:2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1893年2月~1893年3月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
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1893年2月3日、日比谷練兵場跡地を日比谷公園とする旨、
 東京市が告示した(1903年に開園)
1893年2月5日、大村益次郎の銅像の除幕式が、靖國神社で
 行われた。
  日本初の西洋式銅像の序幕だった。
1893年2月6日、鉄道会議が、北越線の直江津~新潟~新発
 田間、
  山陰山陽連絡線の姫路~鳥取~境間、
  舞鶴線の京都~舞鶴間、
  和歌山線の高田~五条~和歌山間、
  中央線の八王子~諏訪~西筑摩郡経由名古屋間の線路
 を答申した。
1893年2月9日、パナマ運河疑獄で、フェルディナン・ド・
 レセップスらが有罪判決を受けた。
  F・レセップスはスエズ運河の成功で、国民的英雄だ
 った。
  このF・レセップスが、1880年に創設したパナマ運河
 会社は、パナマ運河建設に着手したが、設計上の誤りや、
 黄熱病や、雨期の氾濫などのために、工事が進まず、ま
 た、経理が乱脈であったため、数年後に資金が欠乏した。
  F・レセップスは、富籤(とみくじ)を認める新法律を
 制定することを政府筋に要望し、議会は、1888年6月に、
 この法律案を可決した。
  しかし、翌年・1889年2月、この会社は、多数の小株主
 の金を吸上げたまま行きづまり、破産した。
  これを隠そうとして、新聞や議会を買収、6億フランの
 社債を募集する立法を通過させた。
  しかし、1892年の秋、右翼の反ユダヤ人主義新聞『自
 由言論』によって、ユダヤ人の金融資本家 J.レイナック
 らが、パナマ会社と政府、大新聞の間に入って総額500万
 フランを贈賄したことが暴露された。
  贈賄工作に直接関わったのは、財務顧問のジャック・
 ド・レーナック男爵と、コルネリウス・エルツで、
  レーナックは右派を、エルツは急進派を担当していた。
  しかし、2人の対立から、レーナックは、贈賄先リスト
 を反ユダヤの新聞『ラ・リーブル・パロール』紙に持ち
 込んで事件発覚のきっかけを作ったのだった。
  調査の結果、100名以上の議員が連座する収賄事実が判
 明した。
  翌年・1893年の公判で、前土木相と会社重役が有罪判
 決を受けたが、他の容疑者は政治的配慮から不処分とな
 った。
  レセップスは精神錯乱の末1894年に病死した。
  レイナックは死体(自殺)で発見され、
  レイナックをゆすっていたもう1人のユダヤ人銀行家
 のC.ヘルツは、イギリスに逃亡した。
  政府もこの事実を認め、大スキャンダルとなったが、
 自殺者1名と数名の実力者が有罪になっただけで、もみ消
 された。
  急進社会党の党首 G.クレマンソーまでが連座して、政
 界を退き、第三共和政は右傾化して行った。
1893年2月9日、ヴェルディの歌劇「ファルスタッフ」が、
 ミラノのスカラ座で初演し、大成功だった。
  原作は、シェークスピアの『ヘンリー4世』と『ウィン
 ザーの陽気な女房たち』
  内容は・・、
  放蕩(ほうとう)で大酒飲みの老騎士ファルスタッフに
 恋文を渡された二人の女性(フォード夫人とページ夫人)
 が、お互いの恋文が同じ文面であることに気付き、女性
 たちが示し合わせ、機知を働かせてファルスタッフを懲
 らしめるという物語。
  その合間には、フォードの娘ナネッタと青年紳士フェ
 ントンの恋物語もあり、最後はファルスタッフが降参し、
 ナネッタの恋も成就してめでたく幕となる。
  老騎士フォルスタッフとウィンザーの町の人々の愉快
 な人間関係を軽妙に描き、とくに、生気あふれる人物描
 写のみごとさは比類ない喜劇となっている。
1893年2月10日、 「建艦之詔勅」
  軍艦建造費をめぐり政府と議会の対立ははげしく、2月
 10日詔勅が出されるに至り、解決した。
  帝国議会が、軍備削減を可決したため、内廷費の下付
 と官吏俸給の一割納付で、軍備を拡張することが詔勅に
 よって決まった。
  (建艦費補充は、官吏の俸給の1割納付と内廷費30万円
 ずつを6年間下付による)
  衆議院、政府弾劾奏上を議決。
  伊藤首相は勅諚によってこれを回避した。
1893年2月11日、筑豊興業鉄道の直方~金田間が開通した。
1893年2月15日、線路取調委員を廃し、線路調査掛を設置し
 た。
1893年2月23日、ルドルフ・ディーゼルがディーゼル機関の
 特許を取得した。
  ルドルフ・ディーゼルは、ドイツ人(生まれはフラン
 ス・パリ)で、幼少時代をフランスで過ごすが、普仏戦
 争で、一家はフランスから退去させられた。
  一家はロンドンに移住し、ディーゼルは、母国ドイツ
 に移り工業を学ぶ道を選択した。
  1880年に、ミュンヘン工科大学を主席で卒業した。
  この後、ディーゼルは、パリに戻り、製氷工場の設計・
 建設を手がける。
  ディーゼルは、フランス語とドイツ語両方に堪能で、
 両国から技術特許を取得することができた。
  このことは、単に、仕事上の利点だけでなく、両国の
 技術を同時に学べるという利点がディーゼルにあった。
  ディーゼルは、冷凍の仕事の関係上、熱効率の向上を
 目指していた。
  この頃のエンジンは蒸気機関のみで、水を沸騰させた
 水蒸気でピストンを動かすという蒸気機関の仕組みを改
 良しようとした。
  そして、水より沸点が低いアンモニアに着目した。
  そして、アンモニアを使った蒸気機関を開発した。
  しかし、試運転で爆発事故を起こしディーゼルは重傷
 を負った。
  この事故で、ディーゼルは既存の蒸気機関の改良では
 なく、新たな動力機関を開発したいとした。
  種々、努力の結果、1893年、新たな内燃機関の論文・
 「既知の蒸気機関と内燃機関を置換する合理的熱機関の
 理論と構築」を発表した。
  そして、この年、これによって特許を取得し、ディー
 ゼルエンジンの理論的な基礎を築いた。
  彼の研究は、ドイツの企業人の後援を得て改良され、
 1900年に、パリ万博に開発された内燃機関を出展した。
1893年2月25日、大石正巳在朝鮮日本公使が、朝鮮政府に対
 して防穀令における日本商人の損害賠償を請求した。
  日韓通商章程に基づく輸出禁止令であったが、担当地
 方官の手落ちで予告期間が短く不足していた。
  この問題は紛糾し、日本商人は、14万7000円の損害要
 求を出した。
  伊藤博文が清の李鴻章に斡旋を依頼して、これによっ
 て1893年年4月、11万円の賠償と大石公使の召還で妥結し
 た。
1893年2月28日、山陽鉄道の旅客運賃率が、上等は下等の2
 倍、中等は下等の1.5倍とすることで認可された(3月21日
 実施)
1893年2月、三友銀行のが廃業した。
1893年3月3日、日本体育大学の前身、日本体育会体操練習
 所の設立が認可された。
  設立当初は、体育(体操)教員養成を企図していたわ
 けではなかった。
  ただ、国民の体位、体力の向上を図るために「国民体
 育の振興」を目指した。
  これは、会員制の体育クラブで、現在のスポーツクラ
 ブやフィットネスクラブのようなものだった。
  しかし、国民一般の理解を得られなかった。
  民間体育(社会体育)の振興だけではなく、学校とい
 う窓口を通して事業の展開を行うという方針となった。
1893年3月4日、弁護士法が公布して、これにより代言人制
 度は廃止となる。
  日本の弁護士制度は、明治となって近代的司法制度が
 導入され、それとともに誕生した。
  その名称は代言人(だいげんにん)と言い、その地位
 は決して高いとは言えなかった。
  しっかりした資格制度も存在していなくて、悪質な者
 も居た。
  この年・1893年になって、近代的な「弁護士法」が制
 定され、初めて「弁護士」という名称も使われる様にな
 った。
  この頃の弁護士は司法省(検事正)の監督の下におか
 れ、その独占業務も法廷活動も限られていた。
  また、弁護士は、裁判官や検察官よりも格下とされ、
 試験制度も異なっていた。
  この様な状態は、1936年の法改正まで待たねばならな
 かった。
  また、1949年の新しい弁護士法が制定されて、国家権
 力からの独立性も認められた。
  そして、この年、日本弁護士連合会が結成され、司法
 試験によって裁判官、検察官、弁護士を一元的に選ぶこ
 ととなった。
  (史料)弁護士法(1893年)
  朕帝国議会の協賛を経たる弁護士法を裁可し茲に之を
 裁可せしむ
  御名御璽
  明治26年3月3日
             内閣総理大臣 伯爵伊藤博文
             司法大臣   伯爵山縣有明
  法律第7号 弁護士法
  第1章 弁護士の資格及職務
  第1条 弁護士は当事者の委任を受け、又は裁判所の命
     令に従い通常裁判所に於て法律に定めたる職務
     を行うものとす。但し、特別法に因り特別裁判
     所に於て其の職務を行うことを妨げず。
  第2条 弁護士たらんと欲する者は左の条件を具ふるこ
     とを要す。
   第一 日本臣民にして民法上の能力を有する成年
      以上の男子たること
   第二 弁護士試験規則に依り試験に及第したること
                    (以下略)
.
  (今日の言葉)
.
  題:人の影だけが黒く石の建物に残る写真があるが・・
    そこに蒸発した広島の人が居たことだけがことづけられた・・
.
18世紀初め、日本の経済活動は活発だった・・江戸の人口
 は100万人を超え、世界一の人口だった。
  鉱業の、佐渡(新潟県)の金山や生野(いくの、兵庫
 県)の銀山、足尾(栃木県)の銅山が開発された。
  生産された金・銀・銅からは貨幣が造られ、全国に流
 通したほか、ヨーロッパに輸出された。
  その他、酒造、漆器(しっき)、陶器、鋳物などの産
 業も発達し、各地で特産品がつくられるようになった。
  江戸幕府は、江戸を中心とする東海道などの五街道を
 整備し、宿場を設けた。
  関所を置いて、人々の通行を管理し、また、手紙を運
 ぶ飛脚制度を作り、交通・通信の便宜をはかった。
  将軍の所在地となった江戸は、「将軍のおひざもと」
 と呼ばれ、商人や職人が多数集まり、18世紀の初めには
 人口100万人を超えた。
  当時、世界最大の都市となった。
  大阪は、米、木綿、醤油(しょうゆ)、酒などの様々
 な物産の集散地となり、「天下の台所」と呼ばれて栄え
 た。
  各藩は、大阪に蔵屋敷を置き、年貢米や特産品の売却
 を商人に依頼した。
  集められた物産の多くは、菱垣廻船(ひがきかいせん)
 や樽廻船によって江戸に運ばれた。
  京都は、朝廷が所在する文化の都として、また、西陣
 織や漆器・武具・蒔絵(まきえ)など高級な工芸品を生
 産する手工業都市として栄えた。
  江戸、大阪、京都は、合わせて三都(さんと)と呼ば
 れた。
  この他にも、各地の城下町や門前町、宿場町が、それ
 ぞれの地域の特性と伝統を生かして発展した。
  この17世紀末のパリの人口は56万人、18世紀中頃のロ
 ンドンは60万人だった。
  また、日本の金・銀は、この頃のヨーロッパの経済に
 影響を与えるほどだった。
  また、この頃は、西日本の方が、農業や諸産業が発達
 していた。
.
1700年、江戸時代には、「ゆい」とか「もやい」とかの様々
 な相互扶助・助け合いの慣行があった。
  「ゆい」は、田植えなどで互いに力を貸し合うことで、
  「もやい」は、村で共同作業をして、利益を分け合う
 ことだった。
  また、没落した農家を協力して救い、再興する事もし
 ていた。
.
1901年、アメリカの新聞「ニューヨーク・タイムズ」は、
 驚きの目をもって日本の行政を報道した。
  「台湾統治を、日本は、奇跡的に成功させました」と
 報じた。
  中国(清国)からも「化外の地」として『関係ないよ』
 と見放されていた台湾を、毛嫌いされていた未開の地を、
 日本は、『瞬く間(またたくのま)に文明化した」と報
 じた。
  台湾は、オランダが統治した時もあったが、日本の様
 なこと・・行政は出来なかった。
  オランダは、インドネシアを数百年に渡って植民地に
 して、「うまい汁を吸って来た」が・・、
  インドネシアの方々から「苛酷(かこく)な搾取」を
 するばかりだった。
  この台湾の日本のような統治は、まったくと言ってし
 てなかった。
  このような発想・考え方は出来なかった。
  キリスト教は「隣国の富を奪うように教えている」が、
 この様な搾取の考え方に洗脳されていた。
  植民地は、収奪する地としか見ていなかった・・見れ
 なかった。
  日本は、第一次世界大戦などの戦争の後に、領土が割
 譲された場合でも、そこを搾取の対照とは見なかった。
  日本は、第一級の人材を派遣して、いかに文化的に豊
 かになってもらうか・・共に豊かになれるかを考えた。
  「より文明的な生活をしてもらうか」という事を第一
 義的に考えた。
  だから、学校の整備をした、そして、インフラの設置
 から始めた。
  電気を引いた・・水道を引いた・・鉄道を走らせた。
  道路を作った・・山に木を植えた・・などなど・・ダ
 ムも造った・・、
  日本は、まったく搾取の対象としていなかった。
  学校教育には、特に、基本だと力を入れて充実させた。
  日本の内地以上の国立大学まで作った。
  アメリカやヨーロッパの植民地では、まったく想像で
 きない様な、「このような事をした」。
  アメリカやヨーロッパは、自分たちだけに都合の良い
 形になることを優先した・・英語化したり、自分に都合
 よいことをした。
  また、インドは、可哀想な支配のされ方を、イギリス
 からされた。
  イギリスのインド支配は酷かった。
  搾取する対象としか見ない以上に、また、奴隷以下の
 扱いをした・・また、命を取った・・奪った。
  並木道にインドの方々が首つりにされて、その並木道
 のどの木にも、その様に木に吊るされたインドの方々が、
 いつまでも吊るされるという考えられない悪辣さだった。
.
1910年9月30日、朝鮮総督府(ちょうせんそうとくふ)が、
 設置された。
  この朝鮮総督府は、第二次世界大戦の終了後も廃止さ
 れる事なく続けられた・・それが都合よいと続けられた。
  日本の敗戦にともなう連合国の指示によって業務を停
 止する通達があるものとしていた・・
  そして、政務総監・遠藤柳作によって、呂運亨らに独
 立に向けて朝鮮建国準備委員会の組織化の打診があった。
  しかし、この朝鮮総督府の行政は、その後も継続され
 た。
  行政権限が、北緯38度線以南の占領行政機関となった
 時になってアメリカ軍政庁へ引き継がれた。
  「日韓併合」の本にも書いてあるが、総督府時代の35
 年間に、日本政府が立て替えた朝鮮の歳入不足は、1428
 万円に上った。
  そればかりではなく、日本は、温かく韓国・朝鮮半島
 を支援していた。
  例えば1例だが・・司法と警察分野などに、日本政府が
 直接支出した金額は、立替金の数倍の9000万円以上があ
 る。
  現在の朝鮮・韓国の歴史では、この『日本の特別な特
 恵的支援』には一言も言及が無く、ふれていない、勿論、
 感謝の言葉もない・・ただ、侵略だけを強調している。
  これが如何に偏狭な史観であるかを、韓国は自覚しな
 ければならない・・
  その様にしなければ、将来は開けないことを韓国・朝
 鮮は知らなければならない。
  1910年8月29日には、明治天皇陛下から臨時恩賜金とし
 て3000万円が与えられた。
  日本は、何かと、色々と、韓国・朝鮮に温かく接して
 いた。
  また、韓国・朝鮮が、日本政府から借用していた2651
 万円も、日本の温情・優しさから、特に、言及しない状
 態にされた。
  しかし、2017年の韓国の発言などの状況を見ると、日
 本国民の納得に十分な所が得られ無い状況なので、以上
 のことは、改めて韓国の感謝の言葉が心からないならば、
 そっくり返金して戴くこととする方向へと行くべきだ。
  (この最後の卑劣な言い方は、韓国大統領の言い方を
  真似ているのだ)
.
1918年、ロシアに革命が起きている頃、ある日本人が、こ
 の革命の地に居た・・ロシアのシベリアの地に・・そし
 て、この革命を見ていた。
  その時、不安定な世情に、民心は揺れていた。
  「各地のコサック、及び、将校団は、日本軍の援助を
 熱望していたが、教育家、宗教家は、有色人種の後援を
 厭い(いとい、嫌って避ける)、米英などの白人の援助
 を願いつつあった」と。
.
1943年10月21日、東京で「出陣学徒の壮行会」が行われた。
  ある学徒出陣の一学生が書き残した・・、
  「大東亜の建設、日本の隆昌を願って、それを信じて
 死んでいく」・・と・・、
  (参考)隆昌:りゅうしょう、盛んなこと。栄えるこ
     と。隆盛。
  結果的に、アジアの諸国は、植民地収奪の社会から
 解放されて、独立し、自分で努力して得たものは、横取
 りされず、収奪されずに、自分のものとすることが出来
 るという、当然の社会が実現され、到来した。
  そして、「20世紀はアジアの時代」という時代が到来
 した。
  そして、21世紀は、それにさらにまして、輝かしく発
 展するアジアの国々で、アジアは、あちこちでキラキラ
 と輝きだしている。
  日本も、おかげさまで、平和を享受できる国になって
 います。
  あなた方の学徒出陣、若くして散ったあなた方の命は
 報われています。
  アジアの繁栄を開かせて戴いた・・その礎(いしずえ)
 となっておられます。
.
1945年5月27日、松岡金平(まつおかきんぺい)、ミャン
 マー(ビルマ)のモールメイン市街にて戦死・・陸軍少
 佐。21歳。
  1923年8月10日生まれ、富山県出身、静岡高等学校を経
 て、1943年10月東京帝国大学経済学部に入学。
  1943年12月1日、富山市東部第四十八部隊入営。
  松岡金平氏・陸軍少佐の遺言:・・、
  死の解決は一つ、自分の信ずるところに、満足して死
 ぬことである。
  それは自分の場合には、新たなる日本の建設、新しき
 大東亜の建設である。
  新しきものの建設、より偉大なるものの創造、これこ
 そ自分の生命を宿すに足るものである。
  自分のつたなき生命が、偉大なる日本とともに、新し
 き大東亜と共に生きて行くのだと信ずるなら、喜んで死
 んでゆける。
.
1945年8月6日、午前8時15分、アメリカは日本の広島市の人々
 の上に原爆を投下した。
  多くの方々が殺されたと言うより、「蒸発してしまっ
 た」。
  私の知人は、お母さんの指輪だけが台所に残されてい
 た・・と・・漏らした・・
  外したことのないお母さんの結婚指輪が、お母さんの
 骨も何もなく、ただ、台所の跡で見つかった・・と言わ
 れた。
  蒸発した方々を含めて、2ヶ月~4か月以内に16万6000
 人の方々が亡くなった。
  えいえいと築いてきた、そして、継続して来た「広島
 の歴史」、「家族の何もかも」が空気となった。
  すべてが消えた・・そして、長崎が・・蒸発させられ
 た・・女性の方々も、子供たちも・・すべてが蒸発させ
 られた。
  人の影だけが黒く石の建物に残る写真があるが・・そ
 こに蒸発した広島の人が居た。
  表通りのパン屋さんの歴史も蒸発した・・裏通りの本
 屋さんも、そして、横町のおばさん方のおしゃべりも、
 なにもかもが・・蒸発させられた・・跡形もなくなった・・
 1000年も、2000年も続いてきた営みのすべてが・・痕跡
 を残さず消えて無くなってしまった。
.
1945年8月6日、キリスト教国のアメリカという国は、「赦
 すということが大切だ」と言う・・
  ならば・・「赦すという事が大切だ」というなら・・、
 「原爆を落とす前に、広島の方々や、長崎の方々を赦し
 てもらいたかった」・・、
  「真珠湾の奇襲をしたから、当然だ」の言い方は『当
 然ではない』・・奇襲ではない・・アメリカは知ってい
 たではないか・・
  ましてや、「戦争を作ったのはアメリカ」・・ルーズ
 ベルト・アメリカ大統領も言っているように・・ルーズ
 ベルトは、はっきり、第二次世界大戦がはじまった時、
 「戦争を作った」と言った。
  彼の策略で、第二次世界大戦が始まったことは、歴史
 が証言している・・示している。
.
1945年、20世紀はアジアの世紀と言われるが、この年から、
 「アジアの繁栄の世紀」が始まった。
  「きけ、わたつみのこえ」の本で、「大東亜の建設」
 の注釈に、「日本を盟主に、アジア諸国の繁栄をはかる
 構想」とある。
  日本は、何と言われようと、この戦争の後に、アジア
 の方々が、アジアの各国は・・独立したのだ。
  これは、歴史の事実だ。
  イギリス・アメリカなどの欧米列強国から独立したの
 だ。
  それまでは、列強各国は、アジア諸国を植民地として、
 やっている事と言えば「利益の収奪」しかやってない。
  「(キリスト教の)神の義がある」と、自分勝手な「
 免罪符をデッチアゲテ」、自分たちは何でもやっていい
 のだと、自分の利になる事だけをしていた。
  植民地にされたアジア諸国の方々が苦しもうが、その
 痛さを感じず、ただただ、自分たちだけに利益が舞い込
 む事だけに邁進(まいしん)していた。
  何と言われようが、事実が・・アジアの国々の方々は
 もだえ苦しんでいた・・その様なアジアの国の方々は、
 解放されて、自由になれて、独立して、自分たちで稼い
 だものは、横取りされずに自分たちのものになり、当然
 のこと、自分たちの努力で自分たちの「幸せが享受でき
 るようになった」。
  これからは、「アジアの世紀だ」と言われるような時
 代を作った・・ますます、その様になって来ている。
.
1946年5月3日、東京裁判が開廷した。
  戦後、アメリカは、「すでにあった国際法」で裁かれ
 ずにいる・・一般市民の殺戮(広島・長崎の原爆投下や
 東京大空襲などの都市へのじゅうたん爆撃)は、れっき
 とした国際法違反・・この「既存の国際法」で裁かれる
 べきを裁かれずにいる。
  そして、「国際法に無い法律」を、さも存在した様に
 (わざわざ自分好みに作って)日本を裁いた。
  こんなことが・・「正義だと言えるわけがない」
  戦後の不公正な裁判は「正義ではない」。
  ここで正義が実現しなければ、国と国の『真の和解』
 は難しい。
  法律がないのに、アメリカは、日本を裁いた事を謝罪
 せよ。
  アメリカは、事後法を作って(法律がないのに、事が
 起きた後に法律を作って、法違反していると裁く、まっ
 たく筋の通らないこと)日本を裁いた。
  逆に、その時に有った国際法を、アメリカは自国に適
 用しなかった。
  アメリカは、日本の一般市民を狙って大量殺戮をした。
  これは、既にあった、当時に有った国際法に違反して
 いたのにである。
  しかし、この罪については、アメリカ合衆国はホッカ
 ムリした。
  まったく卑怯な事を、アメリカはしている。
.
1960年、日本が、実質経済成長率が約13%という高い伸び
 を示した。
  この年以来、10年間の年平均の伸び率が、10%を超え
 るという高率となった。
  この頃から、1979年代の初め頃までを、高度成長期と
 呼ぶ。
.
1981年、ギリシャが、EC(欧州共同体)に加盟した。
  そして、よりグローバル化しようとユーロ(欧州連合
 における経済通貨同盟で用いられている通貨)が造られ
 たが、ギリシャは、このユーロに、2001年に加盟した。
  しかし、卑劣な事に、ギリシャは、巧みな粉飾をして
 誤魔化していた。
  EC側は、この時、一部が、この事に感づいていた。
  しかし、ギリシャは、ヨーロッパの祖であり、
  また、民主主義の本家であるギリシャを、ECに加え
 たいばかりに、見て見ぬふりをした・・これが、後々、
 EUの命取りとなる。
.
1993年、EC(欧州共同体)が、EU(欧州連合)になっ
 た。
  より高いレベルでヨーロッパは統合したいと、グロー
 バリズムの夢が広がった。
  しかし、今(2017年)、そのEUは、「絶望にさいな
 まれている」。
  ヨーロッパの民主主義の理想を作るという夢は、かな
 り色あせてしまった。
  その夢が壊れる切っ掛けとなったのが、皮肉にも民主
 主義の元祖のギリシャだった。
  ギリシャが、最悪の財政状態だということを隠したと
 いう嘘と、そのギリシャに対するドイツの高圧的な態度
 が嫌われ・・タガが外れた。
  ギリシャを救える国が、ドイツしかないというのも、
 ギリシャの程度を越えた最悪財政と共に、最悪だった。
  また、押し寄せる難民の問題があった。
  難民救済に対する理想的な事を言っていたドイツも、
 その方針も、絵に描いた餅と化した。
  グローバリズムも・・「苦労バリズム」と化した。
  また、2011年になって、EUのお荷物国・イタリアが、
 流れ着くアフリカからの難民の多さに悲鳴を上げた。
  この時、ドイツが言い放った・・、
  「イタリアに来た難民保護は、イタリアの義務だ」・・
  冷たく突き放した。
  EU各国は、「ドイツに、EUの連帯などと言われた
 くない」という気持ちとなった。
  今、EUの連帯は、「風前の灯火(ともしび)状態」
 にある。
.
2004年、2ユーロ記念硬貨・・ユーロ圏で使用できる法定通
 貨を決めた。
  ギリシャは、2ユーロ硬貨にギリシャ神話のエウロベを
 刻んだ(各国が自由にデザインできる)。
  エウロベは、ヨーロッパの元(もと)を作ったと言わ
 れている。
  ギリシャは、それにプライドを持っている。
  EUに入ったというのに、「ギリシャという『国のプ
 ライド』をEUに、やはり、持ち込んだ」。
  連合を作ったからと言ったって、家族が大切な様に、
 国も大切なのだ・・が現れた。
  家族の様に、国からも離れられないのが実態なのだ。
  頭で思っても、心まで変えられない・・それが人間。
.
2016年、個人投資家として有名なジョージ・ソロスが中国
 から逃げた。
  ユダヤ系アメリカ人の投資家・投機家で、「イングラ
 ンド銀行を潰した男」と言われる凄腕男。
  2006年に、著作の邦訳の出版に合わせて来日したソロ
 ス氏は、当時、国際的に話題になっていた靖国神社問題
 への関心から、靖国神社と遊就館を訪問した。
  そして、次のような事も言った・・、
  かつて日本は、「正常な国家」とはいかなるものかと
 いう新たな模範を、世界に指し、誇らかに宣言した。
  日本は、世界、及び、各地の主要な国際統治機関の支
 援、困窮はなはだしい地域に対して行ってきた感銘深い
 規模の援助と救済によって、恐怖を手段とするよりも信
 頼の構築を目ざす国際社会が正しいとして、鮮烈な指針・
 インスピレーションを示し、また、泉源となり、投資の
 対象となってきた。
.
2017年12月12日、慰安婦像でもめていたサンフランシスコ
 市長のリー氏(65歳)が急死した。
  リー氏は、12月11日、市内で買い物中に倒れ、12日に
 亡くなった。
  中国移民の両親の間にワシントン州で生まれた。
  2011年に、サンフランシスコ市で初のアジア系市長と
 して当選した。
  今、アメリカでは、不法移民が1100万人という。
  このとてつもない多数の不法状況に、アメリカ国内は
 不満の声が多くなっている。
  「職を奪われる」「治安が悪化する」などが理由。
  また、サンフランシスコ市は赤化(共産化)が完了し
 ていると言われている。
  中国共産党の働きかけが最終段階になっていると言わ
 れている。
  慰安婦問題には、陰で操っている中国の存在がある。
  その慰安婦像建立を承認したサンフランシスコ市長の
 エドウィン・M・リー市長の何故かの急死・・?
  また、以下のニュースがある・・、
  当然、韓国に、自国の「名折れだ」の声もある。
  (参考)名折れ:なおれ、名誉をきずつけられること。
     名をけがすこと。不名誉。
  【ソウル=ニューシス】イ・ヘウォン記者=
  アメリカで、韓国人売春婦店舗を運営した事業主とそ
 の一党が、韓・米警察の連係共助で大量に捕まった。
  ソウル警察庁国際犯罪捜査隊は、韓国人売春業者サイ
 トを作ってアメリカ広告サイトに掲載した疑惑(売春斡旋
 など行為に関する法律違反)で韓国系アメリカ人キム某
 (38歳)を逮捕し拘束したと19日明らかにした。
  犯行を共謀し加担したキムの母親ハム・某(63歳)種と
 ウェプティジャイノキム某(42歳)など一味3人と売春事業
 主5人、売春女性40人などが、アメリカ捜査局が現地で、
 現行犯逮捕し、検挙し捜査中となっている。
  警察は、キムは、2014年3月からこの4月13日まで、ア
 メリカ、ニューヨークとニュージャージー一帯の29の売
 春業者のサイトを作って、アメリカ・オンライン広告サ
 イトにあげた。
  キムは、アメリカ捜査機関の取り締まりを避けるため
 に国内サーバーでサイトを作ったりして、広報代でも多
 額な手数料を稼いでいた。
  キムは、月570万ウォンほどの収益を上し、儲けた金で
 外車などを買っていた。
  韓国に戻っているキムを除いた残り一党は、アメリカ
 捜査機関が立件し、捜査中であり、売春女性40人は国外
 送還を進めている。
  警察関係者は、「アメリカ警察との協調・協力を通じ
 て、キム一党の犯罪収益金を還収する一方、売春女性送
 出ブローカーに対しても捜査する方針」と話した。
  これに関連して・・今、世界中で韓国人売春婦が問題
 となっている。
  2004年になってやっと売春禁止法が制定された韓国。
  だが、施行10年目を迎えて海外へ行く売春婦が急増し
 ていることが明らかになった。
  すでに、2010年の時点で、外国で売春する韓国人女性
 は全世界で約10万人いるとみられ、国別では日本に約5
 万人、オーストラリアに約2500人、グアムには約250人が
 滞在している。
  また、アメリカで23.5%が韓国人売春婦というデータ
 ーで、国別で断然トップで1番多い。
  また、2017年10月28日、東京・鶯谷で、韓国からの売
 春婦の多さにデモ『朝鮮人売春婦追放デモ』が行われた。
  その他、この類のニュースは多数あり。
  韓国・朝鮮は、中国に冊封されて来た長い歴史があり、
 国を挙げて接待し、また、可哀想だが、女性方が、中国
 へすべてを投げ出してかしずくかねばならないという状
 況の中に長く置かれて来た。
  ある意味、この破廉恥な歴史を隠そうと中国は韓国へ
 金を出して、無実の日本を悪者にしていると言える。
  また、韓国自体にも「女衒(ぜげん)」に対する後ろ
 めたさがある。
  こんな事をしなければ、韓国経済が成り立たないとは?・・
 と、泣いた韓国高官の話もある。
  韓国の卑劣さに、こんな事を書かねばならないことを
 憂(うれ)える。
.
2017年12月25日、この日の読売新聞に、「中国の工作」に
 対して、「各国が警戒している」と報じた。
  中国による外国政界や世論への工作が活発化している
 ことが相次いで明らかになったという。
  その為、各国は警戒を強めているという。
  そして、これは、習近平政権の中国の国家による方針
 だという。
  習近平は、世界第二の経済力を背景にして、自国の中
 国に、有利な体制を作ろうとしているという。
  自国・中国に有利な政治行動をとってもらう国を増や
 したい・・
  国際秩序形成において、中国主導で動く体制を浸透さ
 せたい・・、
  オーストラリアで、その様な巧妙な工作が起きていた
 り・・、
  そこで、オーストラリアは、「海外からの献金を禁止
 する法案」を議会に提出した。
  野党議員が、中国から多額の献金を受け取っていて、
 そして、党の方針に反した「南シナ海問題における中国
 の領有権を支持した」。
  ニュージーランドでは、国会議員に中国出身者が居て、
 その議員が、「中国スパイとみられる行動をした」との
 疑惑が生まれた。
  シンガポールでは、中国系の大学院教授が、「シンガ
 ポール以外の情報機関と連携」して、シンガポールの「
 政策や世論を操作し影響を与えた」・・国外追放となる。
  この情報機関は中国だと見られている。
  中国には、れっきとした「外国での政治・世論工作を
 担う部署」がある・・それが、共産党中央統一戦線工作
 部(統戦部)。
  外交官となって、操作する対象国の政治家と関係を持
 ち、人脈とする・・また、有望な中国人と関係をもって、
 同じく人脈として利用するのが手口。
  最近は、SNSによる工作を活発化させている。
  ドイツでは、ドイツ情報当局が、SNSで引っ掛から
 ない様に、中国の諜報活動についての警告を出した。
  中国のスパイ機関が、偽の経歴で、2017年だけでも
 1万人以上のドイツ人との関係を持ち、政界や官界に賛
 同者・協力者を作っている・・と。
  アメリカは、この様な情報を持っていて、アメリカ上
 院が「中国の影響力が拡大」をテーマとして公聴会を開
 いた。
  アメリカ上院議員は、「中国の政策批判者を脅迫しよ
 うとしている」と警鐘を鳴らしている。
  第二次世界大戦前後のアメリカ大統領だったルーズベ
 ルトの側近に、うようよと共産主義者が居たことは有名。
  そのあまりの酷さにびっくりしたアメリカは、その後
 に、「赤狩り旋風が吹き荒れた」。
  昔から、中国は、年がら年中、こんなことを、やって
 いるのだ。
  この様な事例は、まだまだ一杯ある。
.
2017年、EUの崩壊の恐れ・・
  今、ヨーロッパで起きているのは、共産主義国・ソ連
 の崩壊にも匹敵する人類最大の社会実験が、ガラガラ崩
 れていく事態・グローバリズムの崩壊である。
  EU崩壊の恐れがある。
  その実験の置き土産は、過剰な難民・移民の流入と共
 に、「テロリストの流入」だった。
  同時に、「ドイツの理想主義」も崩壊した。
  やはり、人智を超えた未知部分があって、矛盾が生じ
 た。
  これは、日本も他山の石とは出来ない問題で・・、
  かつて、理想と希望にあふれてEUが誕生したのだが・・、
  それから20年、EUの危機・ユーロ危機の到来は早か
 った。
  ドイツは、ボロボロになってしまった。
  最大の原因者であり、その債務者であるギリシャは、
 債権者の「EU、IMF(国際通貨基金)、ECB(欧
 州中央銀行)」の要求を、「やり方が民主主義に反する」
 と非難までして背を向けている。
.
2018年1月26日、この日の読売新聞が、アメリカが「核戦力」
 をもっと使用しようと、核戦力の役割を「拡大しようと
 する方針だ」と報じた。
  今、アメリカは、「核戦力体制見直し(NPR)」で、
 「核兵器による抑止」の役割拡大を打ち出す方針を固め
 た。
  通常兵器での攻撃には、従来、通常兵器で応じるとし
 ていたが・・、
  「通常兵器への反撃にも、核による報復を排除しない
 戦略を掲げ、小型核の開発を盛り込む」と・・、
  また、日本などの同盟国に対する「核の傘」を万全に
 する方針も明記される見通しだ・・と。
  2月初旬に公表される予定。
  オバマ前政権は、「核兵器の役割を縮小」を明記した
 が、今回は大きな方針転換をした。
  今回は、北朝鮮による核・ミサイル開発や、中国やロ
 シアの軍拡などで、前回策定時から脅威が大幅に高まっ
 たとの認識を踏まえ、核抑止の強化路線を明確にした。
  「核以外によって住民や基幹施設への大規模な攻撃」
 の場合、核以外であっても・・基本戦略として、核によ
 る報復をすることが「あり得る」としている。
  核攻撃以外の攻撃であっても、核で報復する可能性を
 排除しないとした。
  敵国の主要都市に壊滅的打撃を与える戦略核兵器に比
 べて、爆発力を抑えた小型核兵器の検討を盛り込む。
  敵国の基地や中枢施設の破壊を狙うときに使用するこ
 とが想定されている。
  また、読売新聞は、核使用のハードルが下がったり、
 核開発の競争が激化することの恐れを指摘している。
  今、アメリカは攻撃される可能性が高まっているが、
 その様な中でも、同盟国に対しても核兵器による「核の
 傘」を含む拡大抑止を確実に提供し続ける方針を明記す
 る見通しだという。
  潜水艦発射型の新たな開発も進めるという・・以上。
  この小型核を、日本への攻撃抑止力として、日本の
 潜水艦にも搭載すべきだ。
  日本国民、女性や子供をしっかり守れる体制を早くし
 っかり作るべきだ!
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive

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by suba28 | 2018-02-01 04:58 | 皆様とともに 幸せになりたい


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