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奇跡の人・ブッダの ことば

 題 : 奇跡の人・ブッダの ことば

   慈 し み

   一切の生きとし生けるものは、

   幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。

   一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。

   何びとも、他人を欺いてはならない。

   たといどこにあっても、

   他人を、軽んじてはならない。

   互いに、他人に苦痛を与えることを、

   望んではならない。

   この慈しみの心づかいを、

   しっかりとたもて。


 ブッダのことばについて

 財団法人東方研究会は、
 中村元初代理事長が、その後半生を傾注し、
 私財を投じて創立し、
 昭和45年11月、文部省(現在の文部科学省)より
 財団法人設立の認可を受けた研究所であります。

 本研究所は、
 「東洋思想に関する研究調査を行い、
 その研究成果の普及を図り、
 もって学術・文化の発展に寄与すること」を
 目的としております。
 本研究所の特色は、
 上記の目的を遂行する所にあるばかりではなく、
 日本の将来を担う若くかつ有能な研究者に
 研究継続の機会と場を与えて育成することを
 重要な使命としているところにもあります。

 研究員各自の出身の大学院で開始した研究を
 本研究所で継続し、
 幸いにして大学や研究所で定職を得て巣立っていった連携研
究員の数は82名にも達しております。
 中村先生が、
 その86年の人生を学問一筋に打ち込み、
 東西の思想の蘊奥をきわめつくして最後に到達されたもの、
 それは「慈しみ」のこころでありました。

 これこそが、先生をして若い研究員のために本研究所を設立
させたものでもありました。
 先生は、
 ご夫人と共に、東京の多磨墓地にある先生のお墓の横に石碑
を建て、それを「ブッダのことば」と題して後世に残されまし
た。
 この文言は、
 仏教聖典 『スッタニパータ』 から先生が意訳され、
 それをご夫人(中村洛子終身名誉理事長)が書かれたもので、
 しかも、1995年の先生の誕生日に発注され、
 1997年のご夫人の誕生日に完成したものであります。
 これは、財団法人東方研究会の研究員に示された指針であると
同時に、
 怨念と我執が渦巻き、テロの恐怖におののく21世紀の人類への
メッセージでもあります。
 なお
 同種の石碑は、
 先生の許可を得て、栃木県足利市山川町の山川長林寺と東京
江戸川区江戸川の二之江妙勝寺に建てられました。
                     2007年5月16日

                       財団法人東方研究会
                        理事長 前田專學
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by suba28 | 2011-11-30 01:46 | 皆様とともに 幸せになりたい

武力によらないで、広まった宗教(その2)

題 : 武力によらないで、広まった宗教(その2)

☆近代の開始とともに、
  宗教の権威は衰えまして、
  国が力を持っている。
  国家形成において、巧みであった民族が、
  世界史のリーダーになった訳です。

  国が、絶対的なものと思われましたけれども、
  今日になりますと、
  国々を超えた 一つの地球共同体というものを、
  皆が考えなきゃいけない所まで 来てると思うんです。
  何が起きても、
  地球の上で どこで何が起きても、
  すぐそれが地球の上の
  あらゆる国々、
  さらに
  その国々の 住民の生活に 
  すぐ影響が 及んで来る訳ですね。

  以前には、
  支配者が 非常に乱暴な 野蛮な行動をしても、
  また、
  文明の回復という事が 可能だったもんです。
  つまり、
  その力の 及ばない範囲が ありましたから、
  それから 優れた文明の伝統を 取り入れまして 
  生かせばよかった。

  ところが、
  だんだん 世界が一つに なって来て、
  何か起きますと、今度はいっぺん破壊してしまったら 
  もう取り返しがつかない。
  この危険はあるわけです。

  世界が一つになる場合に、
  異質的なものに対する 「 理解と寛容 」 という事。
  これが 絶対必要だ と思います。
            (1985年、昭和60年の発言、72歳)

 (霊鷲山りょうじゅせん・ラジギールで
  中村が礼拝する映像。
 「原始仏典の現代語訳をした中村は、
  2500年の時空を超えた。
  仏の声に耳を澄ますことでもあった」のナレーション。
       1986年、昭和61年73歳とのテロップ

☆仏教の教え というものは、
 この上に輝く 日月(じつげつ)の様な ものである。
 太陽や月が、
 あらゆる人を 照らすように、
 仏教の教える真理 というものは、
 あらゆる人に 明らかなものであり、
 あらゆる人を 照らすという 訳です。

 続けて、
 釈尊はこう言われました。


 もしも、
 自分が 人々を導くのであるとか、
 あるいは、
 この修行者の仲間が 私を頼っているとか思うならば、
 私が死ぬという事は大変なことであろう。

 しかし、
 私は 自分がみんなを導くなんて 思ったこともない。
 また、
 みんなが 自分を頼りにしているなどとも 思わなかった。
 (釈迦涅槃像クシナガラの映像)
 自分は、ただ、人々の依るべき真理、
 真の生き方というものを明らかにした、
 それだけなのだ。

 だから、
 なにも 自分が消えて亡くなったからといって 嘆き悲しむな。
 およそ この世のもので、
 いつまでも破れないで、存続し続けるものは なにもない。

 いつかは 破れ 消え失せる ものである。
 その道理を 私は、お前たちに今まで説いて来たではないか。
 ただ、
 私は そこにある 「 一貫した真理 」というもの、
 それを 解き明かして来た。

 だから
 「 それに頼れ 」、 

 この変転、常ない世の中では、
 まず 
 「 自分に頼るべき 」 である。

 自分に頼るとは 
 どういう事であるか、
 自分は この場合にどうすべきか という事を、
 その場合、その場合に考える事 でしょう。
 その場合、
 何を 判断決定の基準に するのか。
 それは
 『 人間としての道 』
 『 法(のり) 』
 インドの言葉で言うと 『 ダルマ 』 と呼ばれるものです。
 これを 『 法 』 と訳しますが、
 この 人間の理法 というもの、
 これに頼ること。

 『 自己に頼れ、法に頼れ 』 。

 これが、
 釈尊の 最後の教え でありました。
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by suba28 | 2011-11-29 01:17 | 皆様とともに 幸せになりたい

武力によらないで広まった宗教(その1)

 題 : 武力によらないで広まった宗教 (その1)

  『 仏教の本質 』  哲学者 : 中村 元(なかむら はじめ)
                  (You Tube)の談話・対談を採録

 ・中村 元 : 東京大学 インド哲学科、
   1912年(大正元年)島根県生まれ、1998年86歳没、
   東洋思想の世界的権威、
   昭和52年文化勲章受章
   (仏教研究の業績と比較思想という学問分野を確立し、膨大な 
   著作を世に送り出し、晩年、世界平和に対する発言。
   原始仏典を現代語に訳し、研究領域は西洋哲学、キリスト教に
   及んだ・・とのナレーション)

 ・聞き手 : 臨床心理学者 河合隼雄



☆学ぶことの少ない人は、 牛の様に老いる。
 かれの肉は増えるが、 智恵は増えない。  仏典(ダンマパダ)



☆「 相手に対する寛容の精神 」 というものが大事です。
  その点で仏教は、 「 無理に暴力・武力を用いて人に強いる 」 
 という事がありませんでした。
  昔は、 宗教が違うという事になると、「 必ず武力による闘争 」
 と裏腹になっておりました。

  人類の歴史において、多くの宗教が現われたわけですけれど、
 「 武力に依らないで 説得だけによって 広まったのは仏教だけ 」
 です。
  これは、西洋の宗教学者も 認めております。

  こういう考え方が、われわれの祖先の中でも 生きていたと思い

 ます。
  聖徳太子の憲法なんかにも はっきり出ております。
  現在でも、これは 「 大切な心がけ 」 じゃないでしょうか。



☆インド全体が ヨーロッパ全体と ほぼ同じなんです。
  文明の歴史においても、 広さにおいても、 人口においても
  (『インドこころの旅、ブッダ最後の旅路をゆく。
                    昭和61年放送よりの言葉)

☆(ナーランダ大学跡の映像で、 「 誰にも分かりやすく仏教を語る 
 中村さん 」 とのナレーションが )
  これがインドですよ。
  まるで石ころのように転がっている、
  どれひとつとっても 日本の国宝より古いんですからね。

☆人間の体は、王様の飾りたてた車のように、やがては朽ちてしまう。
  けれども、


  人から人に 伝えられる 「 真(まこと)の法(のり) 」は
                            いつまでも輝く。


  人から人に 真理が伝えられる 訳でございましょう。
  それは 永遠の価値を持っている という意味なんでしょう。
  本当の自己というのは どういうものか。
  誰でも 人間は、どこかの場所で、いつかの時点で生まれて来た

 訳です。
  そして、 必ず、両親があった訳ですね。
  それから、育ててくれる人があった、 
  助けてくれる人があった。
  その助けてくれた人の数というのは
  無数でございます。
  人間だけじゃなくて、山川草木まわりのものが、
  何か関係を持っている。
  遠く考えますと、
  宇宙の彼方から、例えば 太陽が 光線を送ってくる。
  そうすると、
  その太陽の恩恵も 受けているわけです。
  宇宙にある如何なるものも、 
  孤立したものでは無いという思想。
  宇宙とつながりがある訳です。
  その繋がり方が、 
  めいめい みんな 違う訳です。

  だから 
  個々の自己は、
  非常に微々たるものと 
  考えるかもしれません けれど、
  実は、
  その内には 偉大なものを秘めている 訳です。
  ですから、
  その偉大なものを 受けていることを 自覚すれば、 
  そこで
  自分の生きる道は どうかという事が、
  おのずから明らかになって 実現されるという事に なるんじゃな 
 いかと思うんですが。
                      (その2へ つづく)
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by suba28 | 2011-11-28 02:28 | 皆様とともに 幸せになりたい

仏教の今日的、未来的意義

 題 : 仏教の今日的、未来的な意義

    自己を愛する者は他人を傷付けてはならぬ。 

      前田專學 東京大学卒、東方研究会理事長東方学院長
                       との対話から
       (出典:日本経済新聞抜粋 平成21年7月2日)

 『 すべての者は暴力におびえ、
            すべての者は死をおそれる。
      己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。
                  殺さしめてはならぬ 』
                仏典 : ダンマパダ より
    ・・・(略)・・・
 自己中心的で我執の強い人は、
      他人の立場に立って考えることができない。
            他人の立場にたって考えることが大切。
    ・・・(略)・・・
 我執の強い人ほど
    自分は他人から独立した、
        隔絶した存在であるという風に
                  考えがちである。
 しかし、
    隔絶した〈個〉というものはあり得ない。
 仏教では、
    無数に働いている原因・条件の因果の網が
       われわれの生を支配し、
           人間存在はすべて目に見えない
               つながりの内にあると考える。        ・・・(略)・・・
 他人から切り離された個人というものはフィクションにすぎない。  
 日本の教育は、このような仏教思想を排し、西洋的な自我の確立を
よしとしてきた。
 昨年の秋葉原の無差別殺傷事件に代表されるような、自分勝手な
理屈にとりつかれた忌むべき犯罪の横行する社会状況を生んでいる
のではないだろうか。
    ・・・(略)・・・
 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、仏教の代表的考え方の
一つである『無我説』こそ道徳的に価値高い重要な教義であると
言い。
 それに対し西洋人は、考えている〈我(エゴ)〉を、我々の感情、
観念、記憶、意思を意味し信頼できるものとしているが、
 仏教は、反対に『 西洋で〈我〉と言っているものは、ことごとく
偽りである 』としている。
 仏教は、〈我〉というものを、人間の肉体的・精神的経験によって
つくられた感覚・衝動・観念のほんの仮に結ばれた集合体に過ぎない
と考える。
 つまり、西洋は、〈我〉とか〈自我〉とを、実在する最も信ずべき
よりどころと信じている。 
 仏教は、そういう〈自我〉は幻影、夢、幻のごときものであると
する。
 ハーンは、西洋に根強く見られる思想を取り上げて「 これが、
いかに多くの人類の不幸を引き起こしたかを記している 」 
 「 西洋流の永遠不滅の自我を認めてゆけば、性格、階級、民族の
差別を認めない仏教(無我の立場に立つ仏教)と大きな隔たりがでて
くる。
 自我というものがあったら、慈悲というような考え方は生まれて
来ないし、相手の立場に立つという事もできない 」
 「 一時期、自我の確立などと言われたが、その行き着くところは
人類の滅亡以外の何ものでもないのではないか 」
 「 自我を張り上げている限り、その先には紛争や戦争以外の 
何ものも起こらない 」
 「 義にして妬むもの、といわれる神を戴く西洋の宗教に由来する、
永遠不滅の自我という観念によっては、罪は贖うことができず、
罰は切り捨てがたいという不寛容の思想が導かれる 」
 ハーンは、これら西洋の観念を「 近代、および、これからます
ます進歩する 未来の人類の道では、お払い箱になる 」 と。
 この様な西洋的な観念が、一日も早く衰微し、明るい結果を招く
ことが望まれる。
 でなければ、本当の意味の寛容の精神など生まれるわけがないし、
世界愛の目覚めも起こらない。  
     ・・・(略)・・・
 (我 注記) :  西洋哲学の多くが、キリスト教の影響を
大いに受けているが、ニーチェは 『 キリスト教は邪教です 』
という著作を残している。
  また、ハイデガーは、 『 もし10年前に この様な素晴ら
しい仏教の聖者が 日本に居た事を知っていたら、 自分は、ギリ
シャ・ラテン語(キリスト教:筆者注)の勉強もしなかった。
 日本語を学び、仏教聖者の教えを知って、世界中に広める事をし
たであろう。だが、遅かった 』の言葉もある。
 また、上記の前田專學氏は ハーンの作品 『 涅槃 』 の
深い感銘を 「 100年も前にハーンが、仏教の今日的、未来的
な意義を見出していたのに驚嘆する 」の言葉で吐露されている。
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by suba28 | 2011-11-27 02:22 | 皆様とともに 幸せになりたい

げに仏陀は 百劫(ひゃくごう)にも 会うこと難し 五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 13」

 題 : 「げに仏陀は 百劫(ひゃくごう)にも 会うこと難し」

                五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 13」
ナレーション: 悟りを開いてから45年の間、苦しみの海に沈む人々

     を導き続けた仏陀。
      病と如何に向き合い、老いをどう受け入れ、そして、死に

     どう臨むのか、仏陀は、最後の旅で身をもって示しました。
      仏陀の遺体は、クシナガラで荼毘にふされました。
      その遺骨は、仏陀にゆかりの深い8ヶ所に分骨され、それ

     ぞれストゥーパに納められました。
      大パリニッバーナ経は、この様に締めくくられています。


        その遺功によって、
        この豊かな大地は、
        最上の供養物をもって飾られているのである。
        この様に、
        この眼のある人(=ブッダ)・仏陀の遺骨は、
        よく崇敬され、
        種々に、
        いとも良く崇敬されている。
        最上の人々によって、
        この様に供養されている、
        合唱して、
        彼を礼拝せよ。
        「 げにブッダは 
             百劫(ひゃくごう)にも
                     会うこと難し 」
                              (完)

(参 考)五百塵点劫: (ごひゃくじんてんごう)とは、法華経
     如来寿量品で、釈迦の成道の久遠をたとえた語である。
      正しくは五百億塵点劫である。
      法華経の如来寿量品第16に、「今の釈迦牟尼仏は、

     釈氏の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず、道場に座し
     て阿耨多羅三藐三菩提を得たりと思えり。

      しかし、われは実に成仏してより已来(このかた)、無量

     無辺百千万億那由他劫なり」とあり、

      続けて「たとえば、五百千万億那由他阿僧祇の三千大千

     世界を、仮に人ありて抹(す)りて微塵となし、東方五百千万

     億那由他阿僧祇の国を過ぎて、すなわち一塵を下し、かくの

     如く、この微塵が尽きんが如き(無くなるまで)、東に行くとし

     たら、この諸々の世界の数を知ることを得べしや、不(いな)や」
     と弥勒菩薩に質問している。
      これは、化城喩品第7にも同様の記述がある。

      「たとえば、三千大千世界のあらゆる地種を、仮に人ありて

     磨(す)りて墨となし、東方の千の国土を過ぎて、乃ち一点を

     下さん。大きさ微塵の如し」
      この化城喩品のたとえ話を三千塵点劫と称される。

      これに対し、寿量品(本門)の「五百千万億那由他阿僧祇」
     を、五百(億)塵点劫と称して、化城喩品(迹門)の三千塵点

     劫よりもはるかに長遠であるかが示されるようになった。
      法華経における釈迦成道は「われは実に成仏してより
     已来(このかた)、無量無辺百千万億那由他劫なり」と
     説いており、経文の記述に素直に従うならば、この五百
     塵点劫はあくまでもたとえ話として出されただけであって、

     釈迦が成道した時ではない。

      また化城喩品の三千塵点劫も、たとえ話として持ち出され

     た話に過ぎない。
      しかし日蓮は、『釈迦御所領御書』などで、「過去五百塵点

     劫より、このかた、この娑婆世界は釈迦菩薩の御進退の国土

     なり」などと、五百塵点劫の言葉に開近顕遠の意味を持たせ

     たことから、釈迦が本当に覚った時と解釈されるようになった。
      なお一般的に、釈迦はインドで生まれ菩提樹下で成道した

     とされる。

      これを伽耶始成、また始成正覚というが、法華経においては、

     釈迦はそのようなインド応誕の仏ではなく、本当は遠い過去に

     成道していた、と打ち明ける。
      これを久遠実成をという。

                      (Wikipediaより)

     字幕:NHK 第一集 ブッダ最後の旅 インド
     語り:高橋美鈴
     朗読:長谷川勝彦
     資料提供:『ブッダ最後の旅」中村元訳
           増上寺
           文芸春秋
           中本徳豊
     ディレクター:正岡裕之
     制作総括:  山本辰也
           菊池正浩
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by suba28 | 2011-11-26 03:00 | 皆様とともに 幸せになりたい

破壊さるべきものであるのに、それが破壊しないようにという事が 五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 12」

 題 : 破壊さるべきものであるのに、
         それが破壊しないようにという事が、
             どうしてありえようか 
                  五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 12」

映 像:  涅槃堂への道を歩く五木さんに涅槃堂の鐘の音が響く。
ナレーション: 敷地内には、沙羅双樹の木が、代々、植えられ涅槃
     堂を見守り続けております。
     (涅槃堂に入っていく、五木さん、そして、涅槃像の前で座り、
     祈る、五木さん)
ナレーション: 仏陀が入滅したときの姿を顕す大涅槃像。
      死を間近にした仏陀の周りには、多くの弟子や信者が集まっ
     たと言います。 
      大涅槃像の台座には、25年もの間、仏陀と共に歩んできた
     弟子・アーナンダの像が刻まれています。
      今にも訪れるであろう師との別れを悲しみ号泣する・アーナ
     ンダ。
      仏陀は、アーナンダを呼び寄せ、こう、諭しました。

        止めよう、アーナンダよ。
        悲しむな
        嘆くな
        私は、あらかじめ、この様に、説いたではないか。
        すべての愛する者
        好む者からも
        別れ
        離れ
        異なるに至るという事。
        およそ、
        生じ
        存在し
        つくられ
        破壊さるべきものであるのに
        それが破壊しないようにという事が
        どうしてありえようか 」。

ナレーション: 仏陀は、死の間際まで、この世に残される者たちを、
      励まし続けました。
映 像:  涅槃堂から出て行く五木さん。出口のところで手を合わせ、
      静かにあたまをさげる。
ナレーション: 五木さんの仏陀を辿る旅は、ここが終着点です。
      (大きく鐘の音が響く)
五木さん:(五木さんにとって、理想的な死と言うものがあるのでしょ
     うか・・の、問いに、五木さんは) 
      それは、僕・個人の事は、旅の途上で消える様に、死んで
     行ければ幸せだと思いますね。
      あのー、子供の頃から、ずーっと、小学校は4回転校し、中
     学校は3回変わり、ほとんど自分の家というものを持たずに、
     転々と過ごして来ましたから、ずーっと自分の人生は旅だと
     考えて来ましたのでね。
      生涯の終わりというものも、何かの形での旅の途中で、世を
     去るというのは本当に理想な終わり方ではないかと思います。
      その意味で、仏陀の旅は、本当にうらやましい、齢80を重ね
     て、大変な旅だったでしょうけども、旅の途中で、しかも豪華な
     都や宮殿の中でなく、美人の中でもなく、そういう寂しい寒村の
     林の中で亡くなった、
      そういう仏陀の姿に、本当に共感と言いますか、憧れと、尊敬
     というか、そういうものを感じます。
      人間の死に方と言うのは、その様なものだろうと感じます。
ナレーション: 仏陀は、自分が死んだ後、いかにあるべきかについて、
     修行僧たちに説きました。
      そして、最後に聞いておくべき事はないかと、三度、訊ねます。
      修行僧たちは、己のなすことを充分に理解し、黙っていました。
      そこでアーナンダは、この様言いました。

        尊い方よ。
        不思議であります。
        珍しい事であります。
        私は、この修行僧の集いを
        このように喜んで信じています。
        仏陀に関し
        あるいは、法に関し
        あるいは、集いに関し
        あるいは、道に関し
        あるいは、実践に関し
        一人の修行僧にも
        疑う疑惑が起こっていません。

ナレーション: 満足した仏陀は、最後の言葉を口にします。

五木さん:  さー、修行僧たちよ。
        お前たちに告げよう
        もろもろの事象は
        過ぎ去るものである
        怠ることなく修行を完成なさい 」

      ・・・と。
      こう、言った訳ですね。
      仏陀の生涯・悟った法というもの、まあーダルマと言いますか、
     宇宙・自然・人間存在の真理というもの、それを最後に一言で、
     もろもろの総てのものは過ぎ去るものである、変化しないもの
     はない。
      こういう風に最後まで、修行僧たちへ告げて、そして、怠る
     ことなく、その真理というものを学びなさいと、こういう風に、
     あたかも自分達の同胞・友達に向けて語る様に、語りつつ、
     仏陀は、ここで生涯を終える訳です。
      仏陀を考えて見ますと、仏陀は、求道(ぐどう)の人と同時に、
     そして、偉大なる求法(ぐほう)の人、あるいは、伝道の人であ
     った。
      死の直前まで、人々に向かって自分の悟った真理というもの
     を語り続けようとした。
      ここに、仏陀の宗教者としての存在、それから、人間としての
     魂のやわらかさ、そういうものを感じないではいられません。
      体制の保持者である王とも語る、貴族とも語る、財界や商人
     たちとも語り合う、それでいて、差別された人々とか偏見を持
     たれた人々に対して、まったく率直に、そういう人々の立場に
     立って、ものを考え、法を説くという、こういう事を考えますと、
     仏陀の持っている現代性といいますか、こういうものの大きさを
     改めて感じたことでした。仏陀のイメージが随分変わりました。
                                   (つづく)
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by suba28 | 2011-11-25 03:37 | 皆様とともに 幸せになりたい

供養の食べ物を食べて・・ニルヴァーナの境地に入られた 五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 11」

 題 : 供養の食べ物を食べて・・・ニルヴァーナの境地に入られた 
                  五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 11」

五木さん: 気持ち良さそうだねー。
映 像:  水浴びをしている水牛を見ている、五木さん。
字 幕:  カクッター川
ナレーション: パーバ村とクシナガラの間に流れる、このカクッター川
     のほとりにさしかかった時、仏陀は、ついに耐え切れなくなり
     ます。
      ここで袈裟を敷いて腰をおろし、アーナンダに水を汲んで来
     るように頼みます。
五木さん: 仏陀は、弟子に対して、こういう風に語る部分があります。
      非常になんか こう、人間味のあるエピソードなんですけどね。
      それは その、もしも自分に何かあったならば、そのことで
     自分に供養の食事を出した鍛冶屋の子の責任が、問われる様
     なことになりはしないか、彼はけっして悪くないんだと、彼が
     その事で自戒の念に悩まされ、自分に悪徳がないのではない
     のかと、こういう風に考えない様に、彼によく言って聞かせて
     くれと、当時の鍛冶屋と言いますと、芸能人とかその他の職業
     と同じ様に、いわば当時は、カーストの外にあった、大変こう、
     大きな差別を受けていた階層の人たちですね。
      そういう人たちの供応を喜んで受け、そういう人々に心を配る
     という、そういう遊女だ、あるいはアウト・カーストの人だという
     人々にも、全く平等に、自分の思いを伝え、接することを、日常
     の事としていた、仏陀の偉大さというものを、今の、近代を超え
     て来た私達、人権なんていう事をですね、改めて学んでいる
     私達以前に、仏陀は、自ら、率先してその事を教えてくれたよ
     うな気がして、感動しないわ訳にはいきません。
ナレーション: 仏陀は、アーナンダに、今夜、クシナガラにある2本並
     んだ沙羅の木の間で、自分は死ぬだろうと予言をしました。
      そして、こう続けました。

        アーナンダよ、
        鍛冶工の子・チュンダの後悔の念は
        この様に言って、取り除かねばならない
        『 友よ、
        修行完成者は、
        最後の供養の食べ物を食べて
        お亡くなりになったのだから
        お前には利益(りやく)があり
        大いに功徳がある。
        友・チュンダよ、
        この事を尊師から
        目の当たりに聞き、承った 』。

ナレーション: 仏陀が、35歳の時、悟りを開いたのは、供養の食事が
     きっ掛けでした。
      自らの死のきっ掛けとなるチュンダの食事も、それに劣らない
     ほどの功徳があると、仏陀は言います。

        この二つの供養の食べ物は、
        正に等しい実り、
        正に等しい果報があり、
        他の供養の食べ物よりも、
        はるかに優れた、
        大いなる功徳がある。
        その二つとは何であるか?
        修行完成者は、
        供養の食べ物を食べて、
        無常の完全な悟りを達成したのと、
        及び、供養の食べ物を食べて、
        煩悩の残りのない、
        二ルヴァーナの境地に入られたのとである。

ナレーション: クシナガラに達した仏陀は、もはや、動くこともままなら
     ず、頭が北向きになるように、床をしつらえさせ、病み、疲れた
     身体を横たえました。
      大パリニッバーナ経は、仏陀が横になると、沙羅双樹に変化
     が現れたとしています。

        さて、
        その時、
        沙羅双樹は、
        時ならぬのに花が咲き、
        満開となった。
        それらの花は、
        修行完成者に供養するために、
        修行完成者の身体に、
        降りかかり、
        ふりそそぎ、
        ちりそそいだ。
        また、
        天のマンダーラヮ花は、
        虚空から降って来て、
        修行完成者に供養するために、
        修行完成者の身体に、
        降りかかり、
        降りそそぎ、
        ちりそそいだ。
        天の楽器は、
        修行完成者に供養するために、
        虚空に奏でられた。
        天の合唱は、
        修行完成者に供養するために、
        虚空に起こった。

ナレーション: 仏陀、入滅の地、クシナガラ。
      今も尚、仏陀の死を悼み、参拝に訪れる人が絶えません。
      町の中心には、仏陀・入滅を祈念する涅槃堂が建てられて
     おります。                    (つづく)

(参 考)ニルヴァーナ: サンスクリット語の仏教用語で、涅槃
     (Nirvana) のこと。
(参 考)利益: (りやく)仏教の言葉。ためになること。法力によって
     恩恵を与えること。自らを益するのを功徳(くどく)、他を益する
     のを利益という。
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by suba28 | 2011-11-24 00:22 | 皆様とともに 幸せになりたい

転悪成善(悪を転じて善と成す)・・初めて他者 五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 10」

 題 : 転悪成善(悪を転じて善と成す)・・
           初めて他者への憎悪や責める心から解放される 
                 五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 10」

ナレーション: 霊鷲山を出てから、半年になろうとしていました。
      仏陀は、熱心な信者が居るパーバ村へ向かっていました。
五木さん: ナマステー。
ナレーション: 当時、この一帯にはマンゴー園が広がっていました。
      持ち主は、パーバ村の鍛冶屋の子・チュンダ。
      以前、仏陀が、パーバ村を訪れた時に帰依した敬虔な信者
     です。
      チュンダは、仏陀を歓迎するために、貧しいながらもできるだ
     けの準備をととのえ、首を長くして待っていました。
五木さん: 燃料に使う、牛糞ですか?
      あれなんか、積み重ねているところなんかも、何千年も同じ
     様に、燃料に使っているわけなんですね。
案内の方: 牛糞に、藁を混ぜて・・・。
五木さん: あっ、そのままでなくてね。
      あ、そうか、そのままでは燃えないのだ。やっぱり。
      あーそれじゃー、一応加工している訳なんだね。
      えー、だけど、昔の村らしい村ですねー。
      ナマステー。
      (加治屋さんのところに来て)
      あー、ふいごですね、昔のねー。
      あのー、なんか、鍛冶屋さんと言うにはあまりに素朴なー。
      でも、こんな風にして、農機具とか色々を作るのでしょうねー。
      (あるインドの方へ)ナマステジー。
      あのー、仏陀が最後の旅の中で、この村で病気をしたと、聞
     いたのですが?
インドの人: この村で言い伝えられてきた話によると、仏陀は、仙人
     に姿を変えて南から 来たそうです。
      日が暮れ始めていたので、仏陀は、この村に泊まることに
     しました。
      村の誰かが、夕飯を用意したそうです。
      いろんな言い伝えがありますが、豚肉料理を出したという説
     と、ククルムタと呼ばれるキノコ料理を出したという話がありま
     す。
五木さん:(手を合わせて)ナマステジー。(お礼を言って立ち去る、五
     木さん)
     (鍛冶屋さんの映像、鞴・フイゴを手でこいで風を送っている)
ナレーション: 仏陀は、チュンダが用意してくれた食事を、快く受け入
     れました。
      しかし、口に入れて直ぐ、それが、食べてはいけないものだ
     と分かりました。
      ここで、仏陀は、チュンダにこう告げます。
        チュンダよ、
        残ったキノコ料理は、それを穴に埋めなさい。
        神々・悪魔・梵天・修行者・バラモンの間でも、
        また、神々・人間を含む生き物の間でも、
        世の中で修行完成者(=仏陀)のほかでは、
        それを食して完全に消化し得る人は見出せません
        ・・・と。
        「かしこまりました」と鍛冶工の子・チュンダは、尊師に
       答えて、残ったキノコ料理を穴に埋めて、尊師に近づい
       た・・・。
       近づいて尊師に敬礼し、一方に座した。
       チュンダが、一方に座した時に、尊師は、彼を教え・諭し・
      励まし・喜ばせて、出て行かれた。
ナレーション: その時、仏陀は、激しい腹痛に見舞われていました。
      仏典には、こう記されています。

        さて、尊師が、
        鍛冶工・チュンダの料理を食べられた時
        激しい病が起こり
        赤い血がほとばしり出る
        死に至らんとする激しい苦痛が生じた。
        尊師は、
        実に、正しく思い
        良く気を落ち着けて
        悩まされる事無く
        その苦痛を堪え忍んでいた。
        さて、尊師は、
        若き人・アーナンダに告げられた
        『さー、アーナンダよ、
        我々は、クシナーラーに赴こう』・・・と。

ナレーション: 80歳の老いた身に、血が出るほどの激しい下痢。
      立っていることさえままならない身体を、引きずるようにして、
     仏陀は、自ら終焉の地と思い定めた、クシナガラを目指しまし
     た。
      パーバ村からクシナガラまでは、およそ20キロの道のりです。 
                                     (つづく)
(参 考): クシナーラー = クシナガラ
(解 説):チュンダは、釈尊への尊崇の念で食事の供養をしようとして
     珍味のキノコ料理をさし上げたが、結果、釈尊の死を早めるに
     至った。
       釈尊は、チュンダが後悔して嘆くであろうし、また、まわりの
     者たちがチュンダを責めるようになるであろうと、チュンダに
     同悲され、「私の生涯で二つのすぐれた供養があった。
      その供養は、ひとしく大いなる果報があり、大いなるすぐれた
     功徳がある。
      一つは、スジャータの供養の食物で、それによって私は無上
     の悟りを達成した。
      そして、この度のチュンダの供養である。
      この供養は、煩悩の全くない涅槃の境地に入る縁となった。
      チュンダは善き行いを積んだ」と仰せになった。
      最初のスジャータの供養とは、釈尊がさとりを開かれる前、
     極限にいたるほどの苦行をされていたが、極端な苦行は悟
     りへの益なきことを知り、それまでの苦行を捨て、村娘のス
     ジャータから乳粥の供養を受けられた。
      それによって体力を回復し、菩提樹の下に座り、「悟りを開
     くまではこの座を決してはなれない」という決意でもって坐禅
     瞑想に入られた。
      そして、この上ない悟りを開かれたと伝えられている。
      スジャータの供養は、悟りに至る尊い縁になったのである。
      そして、このスジャータの供養の功徳とひとしく、このたびの
     チュンダの供養は、大いなる涅槃に至る尊い縁となると、釈尊
     は、チュンダの食物の供養を讃えておられる。
      チュンダがさし上げた特別のキノコはどうやら食用に適さな
     かったようある。
      しかし、チュンダは自分のせいで釈尊を死に至らしめたとい
     う後悔をするだろうし、また周りの僧俗がチュンダを責めるで
     あろうと釈尊は思われ、チュンダの嘆きに寄り添って、「チュン
     ダは大いなるすぐれた功徳を積んだ。
      チュンダの供養で、私は煩悩の残りなき大いなる涅槃に入
     ることになった。
      「チュンダは善いことをした」と、チュンダの供養をほめ、起こ
     るであろうチュンダの嘆きと周りからの責めをあらかじめ取り
     除かれたのである。
      ここに釈尊の慈悲の深さ、同悲のお姿が伺われる。
     仏教で言われる慈悲の行いとは、具体的にどういうものなの
     かがよく示されている。
      しかも釈尊のチュンダへの言葉は、無理にチュンダを慰めて
     いるというものではなく、ご自分の死を「大いなる涅槃に入る縁」
     と見られてのものである。
      ご自分の死んでいくことに対して、不幸ともいわず、嘆きもせ
     ず、静かに受け止められるばかりではなく、煩悩が全く消滅す
     る大涅槃に入る尊い縁として見ておられるのである。
      そういう背景があってチュンダの供養を讃えておられるので
     あって無理にチュンダを慰めているのではなかろう。
      このことによって教えられることは、自分にふりかかるどのよ
     うな〈災厄〉をも、転悪成善(悪を転じて善と成す)で、善き縁で
     あると受け止める智慧があって、初めて他者への憎悪や責め
     る心から解放されるのであろう。
      もし、自分は内心で嘆いているけど、人を悲しませてはいけ
     ないという愛情であれば、それはそれで尊いとしてもなお暗い
     ものがある。
      このように釈尊は、ご自分の死を大涅槃の悟りに至る機縁と
     見られたが、この釈尊の死の意味は、浄土の教えを信じる者
     における死の意味と重なるものであろう。
      自らの死を大涅槃界である浄土に生まれる縁といただいて
     いる念仏の信心と、釈尊における死への智見とは、内面的に
     連なるものがある。
      真実の信心は、死をも浄土へ生まれる縁であるとの智見を
     生むのである。
                           (寺報「草菴仏教」より)
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by suba28 | 2011-11-23 03:02 | 皆様とともに 幸せになりたい

諸々の事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい 五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 9」

 題 : 諸々の事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい 
                  五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 9」

五木さん: ある時、アーナンダに向かって、仏陀は衝撃的な言葉を
     述べます。
      それは、「自分は、もう、3ヶ月後には、この世に居ないだろ
     う」という、そういう予言です。
      アーナンダは、さぞかし、もう、驚愕し絶望したに違いありま
     せん。
      しかし、余命は、もういくばくもない、自分は3ヵ月後に、この
     世を去る。
      自分の言っていることは、決して間違いない。
      こういう風に、仏陀は、断定します。
      おそらく、仏陀の80年の生涯の中で、自分の人生の終わり
     というものを、すっきりと予感した。
      そういう瞬間だっただろうと思いますね。
      ・・・で、仏陀は、アーナンダに、「自分はこの世を去る、去る
     前に、自分が、色々、言っておきたいことがある。
      だから、「修行僧達を沢山集めなさい」 こういう風に、アーナ
     ンダに命じます。
      そして、アーナンダが、集めた大勢の修行僧を前に、仏陀は、
     この様に言われたという風に、経典には書かれています。

        そこで尊師は、
        修行僧達に告げられた
        さあー、修行僧達よ
        私は、いま、お前達に告げよう
        諸々の事象は過ぎ去るものである。
        怠ることなく修行を完成なさい。
        久しからずして
        修行完成者は亡くなることだろう
        これから3ヶ月過ぎた後に
        修行完成者は亡くなるだろう・・と、

        尊師・幸いな人、
        師はこの様に説かれた。
        この様に説いたあとで
        さらに、
        次のように言われた
        我が齢は熟した。
        我が余命はいくばくもない。
        汝らを捨てて、私は行くであろう。
        私は自己に帰依することを成し遂げた。
        汝ら修行僧たちは、
        怠ることなく よく気をつけて
        よく戒めをたもて。
        その思いをよく定め統一して
        おのが心をしっかりと守れかし
        この教説と戒律とに務め励む人は
        生まれを繰り返す輪廻を捨てて
        苦しみも終滅するであろう・・と、

      物事は、移り変わるものだという様な事を、いくら口で言って
     も、どんなものでも流転するという様なことを、自分の身をもっ
     て、みんなに語ろうとしているんではないでしょうか。
      例えば、仏陀という人が、尊敬され、そして、その教えが、広
     がれば広がるほど、その人を、偶像化して、永遠に戴いて崇
     拝していこうという気分というのは、強まってきますよね。
      どっかで自分は、もう、如何に仏陀といえども、自分も涅槃に
     入るんだという事を言って、それで、その時、突然、自分が居
     なくなって、周りが大混乱するよりも、あと3ヶ月というこの日々
     を、周りの修行僧やアーナンダ達が、しっかり心に刻んで、あと
     1日、あと1日という風に、大事にして生きるようにという、生き
     るもの・残されたものへの配慮だという風に、思いますけどね。
     ・・・・・。
      あのー、僕自身はね、余命ということを考えないんですよ。
      むしろ、天命という考え方、で、自分が何時まで生きるとか、
      何時死ぬとか、そういうことはね、ほとんど考えたことは無い
     んです。
      あのー、出来れば長く元気で生きられれば良いと思います
     けれども、人間の天寿というものは、あらかじめ決まっている
     んじゃないかなーという事を考える事がありましてね。
      その天寿を全うしたい、ですから、世の中というのは、すごく
     不合理なもので、30歳の天寿の人も居れば、10代で亡くな
     る人も居る、90歳、100歳まで生きる人も居る。
      ですから、僕は自分の人生と言うのは、ある時期から、「い
     つでも」と言うのは、おかしいのですけれども、「もういいよ」と
     いう、声なき声が、聞こえてきた時が、自分の寿命の尽きる
     時だと思っていますし、寿命が尽きると言うことがですね、何
     か終わるとか、無くなるとか、そういう風に考えていないので
     すね。
      ですから、何か新しい出発と感じもしますし、とりあえず、与
     えられた、今日一日、明日の一日、仏陀の言葉の様にですね、
     元気を出して、苦しみに耐えてという風に思ってますね。
      ですから、寝る時は、もう、明日は目が覚めないかもしれな
     いという風に思いますし、起きた時に、「あー、今日一日あった
     な」と思いますし、あまり、そういう風に先の事を考えたことが
     無いですね。
ナレーション: 自らの死を予言した仏陀。
      別れを惜しむ人々が、数多く後を追ってきました、しかし、仏
     陀は、彼らに戻るように説き、形見として自分の托鉢の鉢を
     渡しました。
インドの仏教歌: 
        金のお皿でご飯を
        食べて貰いましょう
        仏陀に乳粥(ちちがゆ)を
        差し上げましょう
        金の台の上に
        席を用意しましょう
        仏陀にお願いして
        座って貰いましょう
        ここで仏陀に
        静かに休んで貰いましょう
        私は、みんなに仏陀が
        来ていることを知らせます
     
映 像 : 長い汽笛を鳴らして走り、そして去っていく列車
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by suba28 | 2011-11-22 01:06 | 皆様とともに 幸せになりたい

直径123メートルの 巨大ストゥーパ 五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 8」

 題 : 直径123メートルの 巨大ストゥーパ 
             五木寛之さんの「ブッダ最後の旅 8」         

インドのお坊さんの経: 
        お釈迦様が、
        ヴァイシャリーにいるときは
        いろんな処に
        仏教が広まっていきました。
        お釈迦様は、
        何事も正直に話すようにと
        繰り返し語っていきました。
        お釈迦様は、
        ヴァイシャリーの人々を
        誰よりも愛してくれました。
        お釈迦様が、
        クシナガラのサーラの森に行くときは
        老若男女、みんなが泣きました。

映 像 : お経を唱えながら、裸足で水に濡れた田の畦道を行く
     仏教僧の映像。
      畦の道に僧の経が流れて行く。
      ・・・。
      悪路を車で進む、五木さん。
      大きく左右にゆれる車。
      警笛を鳴らしながら、乗客を満載したバスと行き違う。
五木さん: イヤー、もう、照り返しがすごいですね。
      イヤー、もうこれは、死にそうだ。
      ナマステー。
      お茶を一杯下さい。
      (お茶の葉を沸騰している鍋に直接入れ、煮て、)
      なんか戦後を思い出すね。
ナレーション: 仏陀の足跡を辿り、連日、悪路を進む、五木さん。
      旅は、まだ、半ばを過ぎたところです。
五木さん: ありがとう。
      あちちっ、・・・旨いですね。
      もう、極楽という感じだな。
      (多くのハエが・・ それを手で払う店の人、周りを飛
      ぶ)
同行者: 五木さん、今までの旅の風情は?
五木さん: イヤー、なんか修行という感じですね。
      前にインドに来た時は楽な旅をしたもんですからね。
      本当は苦行修行の旅なんですね。
      こういう農村を見ないと、インドは分からないという
     のは、本当ですね。
      仏跡は地方の農村地帯に残っている。
      仏蹟探訪の旅 ロマンティックな感じはしますけれど、
      本当は苦行修行の旅なんですね。
      だから観光の積もりできたのでは、もうもたないでし
     ょう。
      お遍路の様な覚悟で、やはりやらなければならない旅
     ですね 苦行の・・・・。
      ナマステ。サンキュー。
      イヤー、またこれはひどい日差しだな。
ナレーション: ヴァイシャリーを出た仏陀は、更に北に向かって
     歩き続けます。
      ヴァイシャリーから北西に、およそ50キロ、当時の
     ヴァッジ国の国境にあたる場所に発掘中の巨大な遺跡が
     あります。
字 幕 : (ケッサリア・ストゥーパ)
五木さん: イヤー、これはすごい。あー。
ナレーション: このストゥーパは、紀元200年〜紀元700年
     の間に建てられたものと考えられています。
      本格的な調査が始まったのは、1998年。
      現在発掘されている部分だけでも、直径123メート
     ル、高さ31メートルにおよぶ、レンガ造りの巨大なス
     トゥーパです。
      さらに、この下にどれ程の遺跡が埋もれているかは、
     まだ、明らかになっていません。
     (遺跡を登り、進む、五木さん)
五木さん: あー、ここに仏陀像があるんだね、あー、
     (頭を下げ、手を合わせる、五木さん)
ナレーション: 大パリニッバーナ経によると、旅の途中、仏陀の
     前に悪魔が現れました。
      悪魔は、今こそ、尊師のお亡くなりになる時ですと告
     げます。
      まだ、その様な時期ではないと退けます。
     (カラスが、ぎゃーぎゃーと鳴いている)
五木さん: カラスがすごい。
ナレーション: しかし、その一方で仏陀は、死に向かう準備を始
     めます。
     (巨大ストゥーパの周りをくるくる歩く、五木さん。何
     匹ものカラスが木にとまり、ぎゃーぎゃーと鳴く)
五木さん: ストゥーパだから、中に入る事はないんだね。
     (ストゥーパの上も、何匹ものカラスが飛び回る)
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by suba28 | 2011-11-21 01:39 | 皆様とともに 幸せになりたい


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