カテゴリ:悲惨な戦争を無くせないので( 37 )

(増補版)181D2/3:気になった事柄を集めた年表(1774年~1775年)

題:(増補版)181D2/3:気になった事柄を集めた年表(1774年~1775年)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
1774年、ラヴォアジェ(フランス)が燃焼を説明し、質量
  不変の定律を提唱した。
1775年、間宮林蔵(まみやりんぞう、探検家)が生まれた
 (1775年~1844年)樺太の探検家、
  常陸(ひたち)国筑波郡の農民の出身、
  1790年頃に、江戸に出て地理学を学ぶ、
  1796年に、数学の才が認められて、普請役雇として幕
 府に出仕した。
  1800年に、蝦夷地の測量(蝦夷地御用雇)を命じられ、
 幕吏・村上島之允に従い蝦夷地に渡った。
  蝦夷地の箱館で、蝦夷地測量中の伊能忠敬に会い、忠
 敬に測量術を学んだ。
  1803年に、西蝦夷地を測量する。
  1808年に、幕命によって、松田伝十郎と共に樺太(サ
 ハリン)を調査し、
  1809年の夏に、再び、樺太に渡り、北西岸の調査の後、
 ギリヤーク人に同行して黒竜江(アムール川)下流を探
 検し、満州仮府デレンを訪れ、周辺諸民族の清国への朝
 貢の実態を調べた。
  そして、樺太が島であることを確認し、
  樺太と大陸間の海峡の存在の問題を解決し、樺太地図
 を作成した。
  シーボルトは、この海峡を「間宮の瀬戸(間宮海峡)」
 と名付け、世界に紹介した、
  日本人の名がついた唯一の地名となっている。
  また、千島諸島にまで検地を進めた。
1775年3月、長久保赤水(ながくぼせきすい、地理学者、漢
 学者)が、「日本輿地路程全図(にほんよちろていぜん
 ず)」をつくる(1774年説あり)
  修正に努め、1779年に、「改正日本輿地路程全図」を
 大阪で出版し、普及に努めた。
  この間、水戸藩主の侍講となる。
  1785年には、世界地図「地球万国山海輿地全図説」や、
 中国地図「大清広輿図」も出版している。
  明治初年まで、版を重ね、普及している。
1775年、上杉鷹山(上杉治憲)が、国産所・備荒倉などを
 創設する。
  また、日頃から、家臣らや侍医らに、代用食となる動
 植物の調査・研究が必要と説き、
  自らも飢餓救済の手引書を執筆した。
  「いろは」順に、草木果実などの特徴と調理法につい
 て、
  また、食糧の保存法や、みその製造法、魚や肉の調理
 法について詳しく説明されている。
  また、「かてもの」(主食である穀物とともに炊き合
 わせ、食糧不足に陥った際に節約するための代用食とな
 る食物)を刊行している。藩内に配布した。
  米沢藩は、天明の大飢饉においても、1人の餓死者が出
 さずに済んだ。
  また、鷹山は、跳ね上がった米価の米を、新潟などか
 ら買い求め、領民に分け与えている。
1775年4月19日~1783年9月3日、アメリカ独立戦争
  アメリカで、1775年に、ちょっとしたことで武力衝突
 が起きた。
 アメリカの宗主国(そうしゅこく、従属国・アメリカ
 に対して、宗主権を持つ国家)イギリスと衝突が起きる。
  ボストン近郊で、アメリカ抵抗派の武器を押収しよう
 としたイギリス軍と、駆けつけたアメリカ植民地民兵と
 の衝突が起きた。
 この衝突が、アメリカの独立戦争の発端となった。
  日本をあらゆる面で押し付け、あらゆる物資の禁輸を
 したり、すべての面で圧力を加えたアメリカに対して、
 日本が戦端を開いたのと同じ行為が起きた。
  アメリカのマッカーサーが、「日本は、自国の自衛の
 為に、第二次世界大戦の戦端を開いたのだ」と言った事
 と同じことが起きた。
 アメリカ側は、制海権がイギリスに握られているので
 ヨーロッパからの武器輸入がままならなかった。
 アメリカは、各地の戦いに惨敗した。
 司令官のワシントンは、フランスやスペインの参戦を
 期待した。
  アメリカの味方となって参戦する事を期待した。
 ニュージャージーに進軍したイギリス軍が、略奪や、
 婦女に対して卑劣な強姦行為を行なうという愚行も起き
 たりした。不埒な国だ。
  この様な中で、北アメリカ地域のイギリスの植民地で
 発行されていた4つの新聞が、不思議なことなのだが、
 最初は3分の1しか「独立を支持をしていなかった」。
 新聞メディアは、完全に『独立に反対の姿勢』だった。
  独立が達成されるとみていなかった。
 しかし、だんだん独立支持へと変わっていった。
  日和見的な、不埒は新聞・ジャーナリズムだった。
1775年、マラータ戦争が起きた。
  イギリスが、インドにおいて煽った戦争。
  三度に渡って戦われた。
  インドのマハーラーシュトラ州の方々を相手に、イギ
 リスは弱い者いじめの戦争をやった。
  イギリスにとって、民族的なまとまりを持った、また、
 伝統を持った方々が気になった。
  表面的には、マラーター王国の宰相が野心を起こして
 イギリスに支援を求めたとなっている。
  第二次の戦いは、マラータの最有力の候が、イギリス
 と戦い、やっつけられた、イギリスは広大な土地を奪っ
 た。
  インドの諸侯たちは、イギリスと結ぶほか、生き残れ
 る道はなかった、他の道は閉ざされていた。
  イギリスに歯向かって敗けた宰相は流された。
..
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by suba28 | 2015-08-15 03:50 | 悲惨な戦争を無くせないので

(その1)日本人がやったみたいなことで思わせられた訳です・・

 題:(その1)日本人がやったみたいなことで思わせられた訳です・・
...(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか)
.
You Tubeの題:1/3【討論!】世界を動かすものの正体?!
 [桜H26/8/9] (55分11秒)
 標記のYou Tubeで、「世界を動かす者の正体?」が話さ
れている。
 社会の、今の社会の不思議な動きが・・話されている。
 「陰謀」などの言葉が出てくる・・
 ・・が、・・これが真実・・、
 「世界を動かすものの正体?!」を、日本の叡智が話し
合っている。
 下記のURLで是非ご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=cgmmWJOf9B4
.
内容:
司会者(日本文化チャンネル桜代表、水島総氏):世界を
動かすものの正体、だんだんと見えて来たものがある。
 世界の情報を握っている人たち、あるいは、情報を発信
する人たち、こういう中でマスメディアと言うもので、嘘
とかというものが解かってきた。
 一つは、先日、朝日新聞が、従軍慰安婦の問題を訂正と
いうか、開き直りっぽいのですが、例えば吉田清司の嘘を、
32年目という何年も経ってから、1990年ですから、20年
ぐらい経つってから、嘘だったと認めたと、
 しかしながら、こういう人たちは、本質を見つめている
のは朝日新聞だけみたいなという、笑う様な開き直りをし
ている、
 そういう中で、インターネットや、今日、おいでの皆さ
んの様な方たちの正確な発言によって、だんだんと、世界
の正体なるものが、だんだんと分かってきているのではな
いかという様な形で、今日の討論のテーマにさせて戴き、
おいで戴きました。早速、ご出席の皆様を紹介いたします。
 出席者:
 田中英道氏(東北大学名誉教授、昭和17年生まれ。東京
大学文学部卒業。ストラスブール大学にて文学博士号取得。
東北大学文学部教授、同大学院教授を歴任。ボローニャ大
学客員教授、国際教養大学特任教授、国際美術史学会副会
長なども務めた。著書に『本当はすごい!東京の歴史』、
『世界文化遺産から読み解く世界史』など多数)、
 馬渕睦夫氏(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)、
 田村秀男氏(産経新聞社、特別記者・編集委員兼論説委員)、
 宮崎正弘氏(作家/評論家)、
 浜田和幸氏(参議院議員)、
 片桐勇治氏(政治アナリスト)、
 渡辺哲也氏(経済評論家)、
司会者:では、一言ずつですね、今の世界情報の中で、こ
ういうテーマにそったコメントを、ご紹介かたがた短く、
みなさん、一言ずつ戴いてから、議論に入りたいと思いま
す。では、田中さんから・・、
田中氏:皆様、ご存じの様にですね、今、ニューズ・ウィ
ークで「イスラエルの暴挙」という、こうゆう題で記事が
出たのです。
 これはまさにですね、今の非常に重要な、世界の出来事
を、象徴的に表しているわけで・・、つまり、ニューズ・
ウィークと言うのは元々、ご存知の様に、アメリカのユダ
ヤ人たちの雑誌と言ってもいいわけですね。
 まあ、左翼的な色合いはありますけれど、やはり、それ
がですね、今度はイスラエルがやったことを、ガザで1800
人の女性や子供さえも殺してしまったという、まったく、
むごたらしい事件を起こして、もちろん、ガザの方からも
高射砲を撃っていると言っていますけれども、しかし、こ
れは完全にアメリカ人たちが、要するに、アメリカ人のユ
ダヤ人たちが、イスラエルを批判し始めたということを示
しているんで・・、
 これは実は、ユダヤ人がユダヤ人を責めているといった
図式がある訳ですね、
 これは結局、リーマンショック以後の金融ユダヤという
大きな力だった金融の支配者たちが、結局、世界を、必ず
しも動かせなくなって来て、そして、同時に、イスラエル
のロビー活動も弱くなって来るという現実を示しているわ
けです、
 これは、結局、戦後、ずーっとイスラエルということで、
実を言うと、ある意味で、ユダヤ人たちが・・、
 ユダヤ人と言うと皆さん、ユダヤ人の陰謀論は、今日は、
やってはいけないという訳ですけれども・・、
 結局、アメリカのだいたいの主要産業は、だいたい、ア
メリカ人と称してですね、ユダヤ人が(アメリカを)にぎ
っているわですね、
 日本人が名前だけをみると分からないものですから、ま
た会っただけではですね分からない、正体を示さないから
分からないのですよ、
 だけれども、私がなぜこのような事を云うのかと言うと、
向こうのヨーロッパも、アメリカも行っているという体験
から、そうゆう勢力が非常に強くて、少数ですけれども、
強力なパワーが持っていまして、
 それは何かと言いますと、彼ら自身のユダヤ人であると
いう認識が、隠されているために、それが見えて来ないわ
けです。
 ですから、民主党も共和党も両方に居るんですね。
 そういう中で、必然的に、彼らの方針が通って行くとい
うですね、そういう経緯があるわけです。
 これは何故、私は、戦後のオーエスエス(下記参照)と
いう文書が出て来た、これは戦後出てきた、新しい文書が
出て来てですね、
 戦後、つまり、戦争そのものが何かという事も、だいた
い、ほぼ、分かって来たという事で、
 結局、あれも『やらせ』なんですね。
 日本人はですねー、あの戦争は、日本人がやったみたい
なことで思わせられた訳です・・が・・
 ・・が、思わせられただけであってですね、実を言うと、
それは向こうの計算済みな事であるわけです。
 そういう計算済みの事を平気でやる、そういう心理作戦
から何から、すべてを、その様なおぜん立てをする。
 だいたい、ご存じの様に、アメリカの大部分の企業を、
金融だけではなくて、石油や、原子力産業を含めて、穀物
も、綿花も、運送業も、新聞・テレビ・通信社・映画・音
楽・販売とか、などなど、美術なんかも完全にユダヤがや
っているわけで、
 そういうことが、日本人にはよく分からないですよね。
 ですから、アメリカがやった、フランスがやった、イギ
リスがやったと思っていますけれども、
 イギリス銀行そのものをユダヤ人がやっているわけで、
 FRBというのかアメリカの中央銀行が、ユダヤ人がやっ
ているわけで、
 そういうことをですね。
 まあ、私は、反ユダヤでも、何でもないんで、彼らの能
力と言うのか、これは凄いと思うのですけれども、
 しかしやはりね、そういうところで常に、余計なことを
するというのか、
 つまり彼らの、なぜ?問題かというとですね、彼らは政
府を持たない、
 つまり、イスラエルは持っているのですけれども、
 イスラエル外の人たちは、政府を持たないというところ、
 あるいは、そのー、常に国家、同化できずに国家を越え
たですね(立場)、グローバリゼーションも彼らですね、
 そういうことが、彼らの一致した一つの強力なパワーと
なって、色んなことを動かす、
 だから戦争が起こるところに、ユダヤ人が行ってもいい
わけで、
 それがロシアであったり、ウクライナであったり、色ん
な国の名前が出てくるだけで、
 その裏を見せない、裏を見せないというところが問題で
あってですね、
 そして、そういう問題を語ると批判されるという事さえ
も作られている訳ですね、
 ですから、こういうことを言わないようにする、言った
ら陰謀論になるから駄目だということも作られているわけ
です。
 ですから、こういう実態をですね、見て、正確に見て、
 そして、日本がなぜそういうことを言えるかと言うと、
日本がかなりそれを、つまり、ユダヤ人の支配外に居たと
いうこと、
 それとユダヤ人を迫害したということもないわけで、
 そういうことでですね、
 日本人が唯一言える(立場)で分析方法なんですね、
 だけど、それを、戦後ですね、色々な所にびくびくしち
ゃってですね、それを言わない様にして、そして、なんか
おかしいという様な事を言う風潮も、これも、ある意味で、
作られているわけですね、
 戦後、実を言うと、オーエスエス・GHQの中に、沢山、
ユダヤ人が居てですね、
 そして、それが、そういう方針を取らせたと言っても良
い訳で、
 オーエスエス文書、こういうものがどんどん出て来て、
出来た大きな結果だと思います。
 そこのところを、お汲み取り下さい。
司会者:ありがとうございます。(つづく)
.
 (参考)オー‐エス‐エス【OSS】 《Office of Strategic
Services》戦略事務局。第二次大戦中の米国政府機関。CI
Aの前身。1942年、大統領令によって設立。
 (参考)Office of Strategic Services(OSS)(1942年6
月13日~1945年9月20日)とは、第二次世界大戦中のア
メリカ軍の特務機関で、諜報機関である。1941年7月に設
立された情報調査局(Coordinator of Information, COI)の
後身で、後の中央情報局(CIA)の前身。ウィリアム・ドノバ
ン少将によって設立された。
..
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by suba28 | 2014-11-28 02:38 | 悲惨な戦争を無くせないので

天皇陛下の玉音放送が放送されて・・、

 題:天皇陛下の玉音放送が放送されて・・、
...(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか)
.
 1945年8月14日・・、
 日本政府は・・、
 ポツダム宣言の受諾を、駐スイス及びスウェーデンの日
本公使館経由で・・連合国側に・・通告した。
 大東亜戦争(第二次世界大戦)が・・終わった。
.
 1945年8月15日・・、
 天皇陛下が・・、
 玉音放送にて・・国民に・・発表された。
 大東亜戦争(太平洋戦争)が終わったと発表された。
.
 1945年8月15日の日本の敗戦の日の後に・・、
 日本各地で・・約 700名の方々が・・自決した。
 因みに、戦争中は・・自殺者は・・少なかった。
 また、稲を・・、
 まだ、未成熟であるのに、大急ぎで刈り入れる人が居た。
 そしてまた、当時、労働力として各農家の方々が、この
上なく大切にされていた牛や馬を・・、
 谷川で・・次々に殺した。
 そして、村の人たちへ、その肉を共同に分配した。
 その行動は・・伝染病のように・・あいついで広がった。
 谷川は・・赤い血に染まった。
.
 1945年8月15日以降・・、
 日本の敗戦とともに・・、
 英米仏蘭が・・、
 アジアに、直ちに戻って来て・・、
 植民帝国主義の行為を・・再開した。
 欧米各国は、「民主主義」とか、「人権」とか、
 「民族自決」とかと・・自国や国際社会では・・口にす
るが、
 このアジアの植民地には、どこ吹く風と・・、
 まったく関係ないと・・、
 旧来の帝国主義の搾取行為を・・続けた。
.
 1945年8月15日~1945年9月10日のこの頃・・、
 終戦直後のこの頃・・、
 まだ、進駐軍が来る前・・、
 日本にはまだ、敗れたとはいえ・・、
 精神に自由があった。
 自分の言葉で・・「正義」を話す自由があった、
 話せる自由があった。
.
  1945年8月30日・・、
 アメリカの最高司令官のマッカーサーが、
 神奈川県厚木の日本海軍飛行場に来た。
 マッカーサーは、靖国神社を焼き払えと言った、
 また、すべての神社も焼き払えと言った。
 そして、アメリカ占領軍は、日本へ慰安所を作れと命令
した。
.
 1945年8月末~9月半ば頃・・、
 この頃の新聞論調に2つの流れがある。
 1つが、「なぜ戦争に敗れたか、戦力に関する真相を当
局は知らせる義務があるのではないか」「専門家には解か
っているかもしれないが、一般大衆には何が故に敗れたか
が解かっていない」・・である。
 もう1つが、「米軍進駐が始まっても思いのほか国民が
平静で、日々の生活には予想していたような波瀾(はらん)
もなく、万事が平穏無事であることに、むしろ驚いている
声」・・である。
.
 1945年9月1日付・・、
 終戦直後で、まだ、自由に意見が言えたこの日に・・、
 首相をした事もある石橋湛山(いしばしたんざん)氏が
した論評がある。
 「週刊東洋経済新報」に「更生日本の指針」と題したポ
ツダム宣言に対する論評である。
 内容(抜粋):
 思うに我が国民が、この宣言を見て最も懸念し、当局者
もまたその受諾に際して最も注意を用いたのは、
 その第一の「日本国民を欺瞞(ぎまん)し、世界征服の
挙に出でしめたる権威と勢力とを永久に除去すべし」・・
の記せる一条であろう。
 しかし、断々乎として述べるが・・、
 万一、我が国に、事実、「国民を欺瞞し、世界征服の挙
に出でしたる権威と勢力」如(ごと)きが存したるとすれ
ば・・、
 あえて、外国から要求されるまでもなく・・、
 我が国、自ら、これを永久に除去しなければならない。
 ・・と、石橋湛山は述べた。
 その様な、「日本国民を欺瞞し、世界征服の挙に出るよ
うな権威と勢力なんか居ません・・と、石橋湛山は言った。
 最近も、アメリカ大統領が言った言葉であるが・・、
名指しで、自分の意にそわない国を「悪の帝国」と言った。
 自分だけが正しいのだ・・と。
 あなたこそ、「欺瞞」なのではないですか?と言いたい。
 一方的な言い方は慎(つつし)んで戴きたい。
 (参考)ぎ‐まん【欺瞞】 [名](スル)あざむくこと。
   だますこと。
.
 1945年9月2日・・、
 東京湾内に停泊するアメリカ戦艦ミズーリの甲板で・・、
 日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美
治郎及び連合各国代表が・・、
 宣言の条項の誠実な履行などを定めた降伏文書(休戦協
定)に調印した。
 これにより、宣言ははじめて外交文書として固定された。
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by suba28 | 2014-11-26 03:48 | 悲惨な戦争を無くせないので

ここまで蹂躙(じゅうりん)する例は・・ない。

 題:ここまで蹂躙(じゅうりん)する例は・・ない。
...(悲惨な戦争は無くせないのでしょうか)
.
 1952年8月6日、アメリカの日本占領軍は・・、日本の
情報操作をして来た。
 そして、この日、一つの事実が明らかにされた。
 サンフランシスコ講和条約が、1952年4月28日に発効し、
日本は独立できた。情報操作の束縛から・・やっと、解放
された。大切な、大切な・・事実を、日本人は、知ること
ができるようになった。
 8月6日のこの日に、その束縛の一つだった『原爆による
被害』が公表できた、された。白日の下のものになった。
 国民の目の前に・・明らかにされた。
 この日に発売された「アサヒクラブ」で、初めて、公開
された。
 そして、この頃・・、
 ハーバード大学のS・ハンチントン教授は・・、
 「第二次世界大戦の原因は、西欧の国と国との争い・内
戦が元なのだ」と言った。
 「西欧文明の理念の衝突から引き起こされた戦争だった
のだ」・・と、唱えた。
 決してアジアが遅れている・・とか、
 中世的なところがある・・とかという、原因であった訳
ではないと・・、
 また、アジアの封建意識が戦争の原因だということでは
ない・・と・・、
 しかし、しきりに、アメリカは・・、
 「遅れていたから」・・「中世的だから」・・「封建的
だから」・・と、言った。
 そして、だから、アメリカの日本の占領政策は、「日本
国民に罪過(ざいか、罪・あやまちの意)の観念を植え付
けるのだ(タイムス)」に代表される様な方針だった。
 日本人への観念操作の政策だった。
 また、「良い方向へ救済してやらなくてはならない」の
勝利者が、文明の高いところから見下ろすというやり方だ
った。
 また、国民の怨嗟(えんさ)を利用して、旧体制が悪い
のだと洗脳し、マインド・コントロールをした、また、そ
れを「しなければならない」の方針だった。
 結局、日本国民の敵意を、アメリカからそらしたいの方
針だった。
 アメリカ占領軍は、情報を一手に握っていた。
 占領軍の、その情報独占を利用して、自らの都合の良い
方向へ導いて行った。
 そのサンプル的な1例が、この原爆の事実の公表を抑(
おさ)える行為だった。
 原爆の残虐な写真などの公開は禁止されたりして、日本
は情報操作をされた。
 また、アメリカを、理想的な社会だと見せるため、黒人
の方たちへの人種差別などの公開も禁止した。
 映画は、輸入禁止処置がなされ、また、上映も禁止され
たりした。
 逆に、日本の旧体制の暗部は、これでもかと言うくらい
に公開した。
 卑劣な事に、この様な事を、組織的に、持続的にやり続
けた。
 また、学校教育の内容までも干渉した、口を出した。
 子供たちや、青少年への『精神改造』の行為がなされ、
実施されて行った。
 新聞各紙は、強制的に「太平洋戦争史」を掲載せよとさ
れた。
 これはアメリカ宣伝一色の内容で、強制連載だった。
 すべての新聞が強制された。
 また、翌年には、本として出版された。
 マインド・コントロールされる日本人だった。
 本はよく売れた。
 また、指導されてる文部省は、この本を、子供たちの歴
史の教材とした。
 完全に従順な日本は、言われるとおりにしていた。
 ヨーロッパ諸国で戦いに揉まれた社会には、ここまで蹂
躙(じゅうりん)する例は・・ない。
.
 (参考)じゅう‐りん【蹂躙/蹂躪】 [名](スル)暴力・
   強権などをもって他を侵害すること。ふみにじられ
   ること。「弱小国の領土を―する」
..
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by suba28 | 2014-11-25 02:19 | 悲惨な戦争を無くせないので

あまりにも大きな悲劇が・・起きていた

 題:あまりにも大きな悲劇が・・起きていた
...(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか)
.
 1945年8月15日、第二次世界大戦(大東亜戦争)が終わ
った時・・、
 世界が、日本に対して「奇蹟」と思うぐらい感じた事が
あった。
 それは、「一部の日本軍民に至るまで、激情的な反撃が、
本土は元より・・全戦線に渡って、全然、見られなかった」
ことであった。
 これは、日本人の素晴らしい資質であるのだが・・、
 そこに、大きく作用したのが・・、
 天皇陛下の戦争終結に関する詔書(しょうしょ)であっ
た。
 全国民が、天皇陛下の詔書を拝した時、大詔を拝した時
・・、
 すべての国民が・・、
 謹(つつし)まざる国民は一人としていない気持ちにな
った。
 詔書にある「耐えらざるを耐える」ところへ、心をおさ
めたのだった。
 しかし、一方、この終戦の詔書が発せられた後において
も、大いなる悲劇が起きていた。
 事の発端は・・
 1943年10月に、アメリカのルーズベルト大統領が、ソ
連への対日戦に参戦するように要請していたことにあった。
 その話は、卑劣な事に、ソ連が喜ぶ、そして、得する餌
(えさ)の話が付けられていた。
 その話とは・・ソ連が参戦すると得るだろう「千島列島
や樺太」を、ソ連の領土にする事をアメリカは認めると話
しかけていた。
 ソ連はその話に乗った。ここに新たな悲劇が始まった。
 ソ連は、即、敗戦濃厚となっているドイツを破った後に
参戦すると回答した。
 そして、事実、その通りにした。
 この時のはるか以前に、日本とソ連は、 1941年4月13
日に、「日ソ中立条約」を締結していた。
 この条約によって、ソ連は、極東に配備していた部隊を
西部へ移送し、モスクワ防衛線の投入していたぐらいだっ
た。
 そして、この条約は5年間、1946年まで有効という事ま
で決めていた、約束していた。そして、その時に、さらに
延長するかどうかを決めようともなっていた。
 その様な事を知っているのに、アメリカ大統領のルーズ
ベルトは、自分さえよければ良いの勝手な思惑で、ソ連に
誘いの話をしていた。
 この事による悲劇は・・、 1945年8月8日にやって来た。
 この日に、ソ連は対日参戦した。
 長崎に原爆が投下される前日だった。
 日ソ中立条約の一方的破棄の参戦だった。
 アメリカのルーズベルト大統領の誘い水通りとなった。
 この日に、宣戦布告がなされ、翌日の1945年8月9日に、
ソ連軍は満州になだれ込んだ。
 戦場は、満州以外にも、北朝鮮・南樺太・千島列島にお
いても戦闘状態となった。
 1945年5月のドイツ降伏後、ソ連はシベリア鉄道をフル
稼働させて、満州国境に巨大な軍事力を集結させていた。
 突入してきたソ連軍に、満州開拓団として行った日本の
家族の方々は逃げまどった。
 特に国境付近の居留民の多くの方々は、この進攻したソ
連軍に逃げまどった。
 さらなる悲劇として、このソ連軍の暴挙に乗っかって、
匪賊(徒党を組んで略奪・殺人などを行う盗賊)となった
者たちの餌食となった。
 当時、満州の首都の新京だけでも14万人の日本人市民の
方々が居た。
 地獄となった人々・日本人家族たち、そして、1945年8
月11日に、この日に新京から逃げる18本の列車が出た(正
午頃までに)。
 逃げられた日本人家族は、3万8000人だった。
 逃げた3万8000人のうち、53%の20310人という半分
以上が軍人関係家族だった。
 そして、44%の16700人が満鉄関係の家族だった。
 ほとんどが、この両方で97%で、脱出のための仕立てら
れた列車は、軍と満鉄の家族のためだった。
 残りは大使館関係者750人(2.0%)、そして、民間人家
族は240人(0.6%)であった。
 ほとんどの一般日本人市民・開拓団民の方々は、満州に
置き去りにされた。
 満州に残された一般の日本人の方々に悲劇が始まる。
 ソ連軍突入で、即、多くの方々が亡くなったが・・、
 歴史として語り継がねばならない事件の一つは・・、
 1945年8月12日の満州の麻山付近で、約400名の日本の
方々が、追い詰められ悲惨なうちに集団自決(自殺)した
事件である。
 この様な事は、この地の各地で起きた。
 興安街付近では、東京荏原開拓団で行った方々が中国・
暴民に襲撃されて、約400名の日本の方々が虐殺された。
 また、仁義仏立開拓団の日本の方々が、ソ連の機甲部隊
の一斉射撃を受け、600名以上が虐殺されたなどなど・・
など、筆舌につくせぬ事ごとが起きている・・、
 1945年8月14日には、葛根廟(かっこんびょう)事件
が起きている。
 満州の葛根廟鎮において、日本人の避難民の方々の約千
数百人の方々が、この人たちは、9割以上が婦女子で、こ
の人たちが、ソ連軍や中国人に襲撃され、1000人以上の
ほとんどの方々が・・虐殺されている。
 別な場所でも、白旗を上げているのに関わらず・・、ソ
連の戦車の機関銃が火を噴き、この銃撃で、多くの方々が
亡くなっている。
 また、避難する方々を焼き殺したり、機関銃を撃ちなが
ら、掃射をしながら・・引き殺したり・・、
 ソ連軍の戦車のキャタピラに巻き込まれて・・引き殺さ
れた日本人の方々が・・宙に舞ったりしたという悲惨な光
景が伝えられている。
 そのあと、ソ連軍戦車は、丘の頂(いただき)に戻り、
また避難民の方々を、めがけて突入しながら・・機銃掃射
や攻撃するということを繰り返した。
 完全に軍人ではない『非戦闘員の方々』への殺戮行為で、
国際法で許されている行為でない『違反行為をするソ連軍』。
 また、トラックで来たソ連兵が、民間人の、避難民の生
存者を見つけ次第・・次々と、銃剣で刺したり・・、射殺
したりした。
 2時間ぐらいの間に、女性や子供を主体とした1000人以
上の方々が殺害されてしまった。
 男性は、兵士に駆り出されたりしていたので、南方方面
へ転戦したりしていたので、ほとんどが女性や子供たちと
いう多い状態だった。
 そのあまりにもの悲惨さに、自ら命を絶つ、自決・自殺
する日本人の方々も、多い状態だった。
 頼みの日本の軍隊は、既に、南転と言って、南方諸島の
激戦地に行って居なかった、日ソ中立条約もあったし・・、
 僅かに残った日本軍も奮戦したが、全滅したりしていた。
 そして、その避難民の方々、僅かに残った生存者にも、
襲撃が執拗に続いた。
 中国人も暴徒化して、身に付けている下着まで奪って行
った。
 乳房を鎌で切り落とされる女性、川に逃げで溺死する方、
 幼い子供達への襲撃、国民学校の児童たちの死・・、
 悲惨な・・地獄であった。
 子供を連れた母子に、子供を奪い、母は棒で殴りつけら
れたりした。
 親が殺された子供たちは、生き残った大人たちのところ
に集まっていたが、暴民たちは、その子供たちに襲いかか
り、奪って行った。
 その子供たちは、売られたりするのが一般的だった。
 悲しいことに、8月15日の終戦を過ぎても襲撃は続いた。
 ソ連兵などに見つかり暴行を受ける女性たちも多かった。
 また、ソ連兵は、火を付けて回った。
 隠れていた家に、火を付けた枯れ草を投げ入れられて、
焼け死んだ人たちなども多かった。
 また、中国残留孤児や中国残留婦人となった方々も多く
居た。
 これは、明らかにソ連は軍人であり、軍隊である。
 一般民間人に対する殺戮行為で、戦争犯罪である。
 無差別な大量虐殺のジェノサイドである。
 ナチスのユダヤの方々に対する行為を、ドイツの方々の、
ジェノサイド行為であるとの反省行動と同様な行為を、ソ
連は、なすべきである
 また、間接原因者であるアメリカも、反省を表明すべき
である。
 アメリカが、原因者の一端に居る事は免れ得ない。
 満州人や朝鮮人には襲撃はなかった。
 日本人を狙っての行為だった。
 ソ連兵の卑劣な行為は多かった、女性方は暴行された。
 ソ連兵は、物を持ち出す様に、日本人女性方を車に乗せ
て連れ去った。
 その様な女性が、ボロボロになって帰ってくる場合もあ
った・・が、若い女性が牡丹江に流されて行く姿もあった、
行方不明となってしまった。
 ソ連参戦で、色々な事があるが、抜粋的に記しているの
だが・・、
 次の記述も、戦争が終わっているというのに、起こされ
たことである。
 戦争が終わっているのに起こされているので、ソ連の不
法行為であるが・・、
 1945年8月22日に、日本が無条件降伏をしているのに、
ソ連は日本を攻めた。
 何と!戦争も終わり、引き揚げる方々へ、日本の引揚者
を乗せた船が、ソ連軍の潜水艦の攻撃によって沈没させら
れた。
 それも2隻もある、小笠原丸と泰東丸である。
 1708名の尊い命が、日本へ向かって帰国の途にあった
日本人の方々が亡くなった。
 樺太からの婦女子を主体とする引揚者の方々だった。
 この2船の外にも、白旗を掲げたにもかかわらずソ連潜
水艦が攻撃し、沈没させられた船がある。667名の方々が
亡くなった。
 そして、満州では、まだまだ悲劇が続いていた。
 1945年8月27日には、ソ連軍に連日に渡り強姦をされ続
けていた日本人女性の方々が・・可哀想な事に、集団自決
をするという事が起きた。場所は、満州国吉林省だった。
 敦化(とんか)事件という。悲惨な強姦の多い状況は、
筆舌につくせない。
 また、ソ連兵は、日本人を使役し、線路などもはがさせ
たりした。そして、その線路は、持ち去るという様な事ま
でした。
 1945年8月27日には、ソ連軍に遭遇した日本人の開拓団
の一般の方々が、ソ連軍から攻撃を受けた。950名の方々
が亡くなられた。
 そして、まだ悲劇は続いた。その為、行く末に希望を無
くした方々の514名が後に続くと、集団自決した。
 この他にもこの様な事例は多数。終戦後に、ソ連は酷い
ことを不法に続けている。
 1945年9月2日に、東京湾内に停泊するアメリカ戦艦ミ
ズーリ号の甲板で、日本政府全権の重光葵と大本営(日本
軍)全権の梅津美治郎及び連合各国代表が、降伏文書(休
戦協定)に調印しているが、
 この様な状況であるのに、不法にもソ連は、まだまだ、
日本を攻撃を続けていた。
 ソ連が、勝手に続けていた不法行為を止めたのは1945年
9月5日だった。
 この日に、ソ連軍が、やっと、日本への攻撃・戦闘行動
を止めた。
 ソ連は、ポツダム宣言受諾も無視し、また、日本の降伏
文書調印をも無視し、そして、戦闘行動を続けていた。
 ソ連が支配下に置いた地域は、国後(くなしり)・択捉
(えとろふ)・歯舞(はぼまい)・色丹(しこたん)の北
方4島、および、北千島・南樺太・朝鮮半島・満州だった。
 ルーズベルトアメリカ大統領のソ連参戦の誘い水通りの
行動だった。
 アメリカ大統領のルーズベルトの、『千島列島や樺太の
領土をソ連が得ることを容認するから」と・・、
 ソ連の対日参戦を餌を付けて促(うなが)していた悪辣
行為が・・、
 日本人の無実の・・一般の方々の、あまりにも大きな悲
劇もも起こされいた。
 これでも・・以上は抜粋です。
..
 (詳しくは、以下のブログへ)
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by suba28 | 2014-11-24 05:09 | 悲惨な戦争を無くせないので

悲しいかな・・、目的性を、持たされていた・・、

 題:悲しいかな・・、目的性を、持たされていた・・、
...(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか)
.
 日本が、満州国を作り・・、
 『五族協和』の国民国家という形をとった。
 満州国を・・日本が作ったと言ったって・・、
 そこに住む人たちを押しのけて、作ったというわけでは
ない。
 たまに・・遊牧民が通る様な・・、
 未開の地であった。
 欧米列強の様な、多くの人たちが住み・・生活し、
 文化をはぐくんでいる様な地に・・乗り込み・・
 収奪するようなシステムを・・武力で作ったのとは違う。
 日本は、作ったが、また、その土地に関係するだろう『
五つの部族の協和』という理念を立てた。
 そこに関係している・・漢民族・モンゴル人・白系ロシ
ア人(1917年の十月革命後、ソビエト政権に反対して国外
に亡命したロシア人)・朝鮮人の人たちだった。
 そして、その方たちに対して、当時の欧米列強の様に、
絶えず武力攻撃を行なうという様な事は・・、まったく
なかった、しなかった。
 しかし、欧米列強の行ったことは・・、
 例えば、南ベトナム。
 その国は、悲しいことに、武力によって形を保っていた。
 百数十万の軍隊を養(やしな)うという・・、
 まったく歪(いびつ)な・・超重量級の国家だった。
 アメリカが、巨億の金を投じ・・、
 膨大な兵器で・・守ることによって・・作られていた。
 豊かな田園の広がる・・国家だった。
 餌(えさ)を付けなくても・・魚が釣れた。
 しかし、国家を保つためには必要だと・・、
 村々は焼かれた。
 田んぼや・・田畑も焼かれた・・、
 森林には・・枯葉剤が撒(ま)かれた・・、
 これによって、可哀想に、奇形の子供たちが生まれた。
 敵が潜(ひそ)むところを無くすのだと・・。
 仕方なく・・、村人は・・サイゴンに・・流入した。
 その村人には・・、
 この国家を・・死を賭してまでもして・・守りたい・・
という気持ちは・・当然のごとく・・無かった。
 アメリカは・・金の力で・・形を・・維持した。
 金の力で・・、また・・、その方たちと同じ民族を・・
近代兵器で・・殺戮した。
 その国家・・南ベトナム政府は・・
 南ベトナム国家は・・、
 国家の機能として・・
 アメリカから・・
 その同じ民族を・・
 武力によって・・絶えず・・武力で攻撃して・・
 殺戮するという・・その行為を・・
 行なうという目的性を・・持たされていた。
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by suba28 | 2014-11-18 15:56 | 悲惨な戦争を無くせないので

1942年8月25日に・・、

 題:1942年8月25日に・・、
...(悲惨な戦争をなくせないのでしょうか)
. 
1942年8月25日、日本軍増援部隊は、ガダルカナル島から
 の航空攻撃で、駆逐艦「睦月」、輸送船「金陵丸」が撃
 沈され、ガダルカナル島行きを断念した。
 日本軍の輸送作戦は失敗し、海戦は、アメリカ軍の戦略
 的勝利で終わった。
 南雲機動部隊の戦力では、米軍機動部隊で補強された戦
 線を破ることはできなかった。
.
1942年8月31日、珊瑚海の哨戒を行っていた空母「サラト
 ガ」は、日本軍の潜水艦「伊26」の雷撃を受け損傷し、
 この修理には3ヶ月を要した。
 さらに、9月15日には空母「ワスプ」が、潜水艦「伊19」
 の雷撃により浸水と誘爆を招いて大破した。
 その後、「ワスプ」は、伊19の攻撃による被雷から約6
 時間後に沈没した。
 しかし、アメリカ海軍は、空母戦力を失うが、ガダルカ
 ナル島のヘンダーソン基地航空隊増援によって航空優勢
 を確保した。
 日本軍は、この後、駆逐艦および大発による陸軍部隊機
 動や糧秣輸送(いわゆる「鼠輸送」、「蟻輸送」)を行
 うようになった。
.
1942年12月8日、ニューギニア戦線のゴナのバサブア守備
 隊が玉砕した。
.
1943年1月2日、ニューギニア戦線でブナの陸海軍守備隊が
 玉砕した。すぐ国民に知らされなかった。
.
1943年5月29日、アッツ島の日本軍守備隊が全滅した。
 大本営発表が初めて「玉砕」という言葉を使った。
.
1943年11月、アジアの要人が、東京に集まり大東亜会議
 を開いた。
 米英に対する「道義の戦争」の意味付けが、集まった人
 々に対し話され、アジア各地の「自主独立」が正しいこ
 と、正義である事が話された。
 これは、重要な意義を、後世へ明示し残すという「意味
 ある公式の国際会議」だった。
 大東亜共同宣言が採択された。
 共同宣言には、「人種差別の撤廃」が記され・・、
 植民地支配の中の人種差別に憤りが訴えられており・・、
 また、西欧支配での秩序が作られ、その中で行われる不
 正に対し、糾弾の意思が表明されている。正義の主張と
 なっている。
 戦後、アジア各国が、解放されていくべき時代の・・あ
 るべき動向を示唆していた。正しい理念だった。
 日本には、徳富蘇峰、平野義太郎らの先人の、長い期間
 の、アングロサクソンによる支配と束縛からの解放、東
 洋の民の解放の声がすでにあり、高まっていた。
 また、すでに、日本は、ビルマ、フィリピン、自由イン
 ド仮政府の独立を承認していて、そして、大東亜会議が
 開催された。
 日本とアメリカは、角を突き合わしている。
 覇権をめぐる角の突き合わせでもあった。
 しかし、今・現代でも・・、
 太平洋をめぐって、似た様な、覇権をめぐるエゴとエゴ
 の衝突が・・、
 パワーとパワーの衝突が・・
 起きそうな・・流れの中にある。
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by suba28 | 2014-11-18 03:39 | 悲惨な戦争を無くせないので

原爆投下・トルーマン声明

 題:原爆投下・トルーマン声明
...(悲惨な戦争をなくせないのでしょうか)
.
 1945年8月6日に出された「原爆投下・トルーマン声明」
 (抜粋):16時間前、米国航空機1機が日本陸軍の重要
基地である広島に爆弾1発を投下した。その爆弾は、TNT
火薬2万トン以上の威力をもつものであった。それは、戦争
史上これまでに使用された爆弾の中でもっとも大型である。
 ・・日本は、パールハーバーにおいて空から戦争を開始
した。彼らは、何倍もの報復をこうむった。
 ・・それは原子爆弾である。・・極東に戦争をもたらし
た者たちに対して放たれたのである。・・今や我々は、
・・これまでにもまして迅速かつ徹底的に壊滅させる体制
を整(ととの)えている。
 ・・7月26日に最後通告がポツダムで出されたのは、全
面的破壊から日本国民を救うためであった。彼らの指導者
は、立ちどころにその通告を拒否した。もし彼らが今われ
われの条件を受け容(い)れなければ、空から破滅の弾雨
が降り注ぐものと覚悟すべきであり、それは、この地上で
かつて経験したことのないものとなろう。・・
(私記)アメリカのトルーマン大統領の上記の言葉の虚言
 1、「日本陸軍の重要基地である広島に原爆を投下した」
と言っているが、これは、アメリカ国民の方々を欺(あざ
む)く言い方です。
 原爆は、広島市上空に来たということで「一般市民」の
方々の生活している上に、一般市民の多くの方々が、「明
白に犠牲になることが分かっている状況なのに」投下した。
 トルーマン大統領は、その点を隠して、ひたすら日本陸
軍の重要基地の攻撃だと、アメリカ国民の方々を欺いてい
る。
 2、「日本は、パールハーバーにおいて空から戦争を開
始した」と言うことも、アメリカ国民の方々を欺いている。
 アメリカは、本ブログにも色々と書いた様に、日本のパ
ールハーバー以前に、日本への攻撃を色々と行っています。
 それを、「鯨だった」とか、「ボランティアだった(公
式の軍としての攻撃ではなかった)」とか、
 「報告は受けていたが、見ていなかった(見てないのは
あなたの責任でしょ?)」とか・・と、言い訳をしていま
すが、そして、作られた『日本の奇襲』という言葉でアメ
リカ国民の方々の意識を繰(く)っていますが、この声明
も同様な嘘で繕(つくろ)っています。
 3、「彼らは何倍の報復をこうむった」と言っています
が、「報復をしてやったのだ」という言い方は、クエスチ
ョンです。「報復だから正義の行動なのだ」は、本当にク
エスチョンです。
 正義でも何でもありません。
 完全なキリスト教の「同罪報復」の思想です、いや、そ
のキリスト教のこの『悪の教義』以上の報復をしてやった
のだの考え方です。
 報復なので、報復行動なのでキリスト教が言う様に正義
の行動なのだの言い方は間違っています。
 「何らこちらには落ち度はないのだ」の言い方は卑怯の
言葉に尽(つ)きます。
 4、「極東に戦争をもたらした者たちに対して放たれた」
と言っていますが・・、
 アメリカは、ロッキー山脈を越えて西への開拓と称して、
 先住民のアメリカ・インディアンの方々を殺戮しながら、
 西へ西へと、先住民の方々の土地を奪い、カリフォルニ
アの地で太平洋に出ると、その海をまた西へ西へと島々を
奪い自国領とし、フィリッピンを領有し、中国へ乗り出し
て・・、
 ここで日本との接触が始まった。
 結局、極東で戦争をもたらしたものたちは日本ですか?
と問いたい。
 中国で利権をあさり、武器を供給し、自国へ利益をもた
らそうと画策したアメリカではないですか?
 アメリカは無実ではありません。
 5、「7月26日に最後通告がポツダムで出されたのは、
全面的破壊から日本国民を救うためであった。彼らの指導
者は、立ちどころにその通告を拒否した」と言っています
が、本当に直ちに拒否しているのですか?
 作り話ではありませんか?
 アメリカには、日本に原爆を投下してその効果を試した
いという意志(下記の参考を参照)があったことが、はっ
きりしています。
 だから、わずかな10日の猶予のうちに、広島へ原爆投下
をした事になったのではないですか?大惨事になることを
知っていて・・。
.
(参考):1944年9月、アメリカは、パリのドイツ軍が降
 伏すると、すぐに、原爆は、米英で独占して開発しよう
 とした。そして、日本に対して使用することを検討しよ
 うとした。日本への使用目的の一つは、この戦争の終結
 が見えた今、次の対抗勢力となるであろうソ連の存在が
 見えていたからで、日本で使用し、その威力をソ連に示
 し、有利な状況に居たいとの意図があった。日本の殺戮
 される方々への思いやりの「かけらもなかった」。黄色
 人種への蔑視、および、軽視の心だった。サルトルも言
 っている。
..
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by suba28 | 2014-11-12 15:56 | 悲惨な戦争を無くせないので

えいえいと続き、続けられる悲惨な正義は正義ではない。

 題:えいえいと続き、続けられる悲惨な正義は正義ではない。
 (悲惨な戦争を無くせないのでしょうか、切なる希望について)
.
 司馬遼太郎は書く・・、
 「あれほどすさまじかったアメリカの軍事力投入に耐え
てゆく(ベトナムの方々)」・・と、書いた。
 犠牲になった民間人667万人(死者458万人、行方不
明者209万人、計667万人)。
 この他に膨大な戦死者(軍人)が居るが、民間人の5分の
1強ぐらいで、圧倒的に民間人の方々が多く亡くなっている。
 悲惨な事である。卑劣な事である。
 アメリカは、本当に非人道的な事をする。
 キリスト教徒のアメリカ大統領のブッシュが、「イエス・
キリストの夢を見た、決断した」と始めたイラク戦争も、
 結局、大量破壊兵器は、無く、
 捕えたイラクのトップを、したのか?しなかったのか?
分からぬ裁判で、また結局、殺してしまう。
 アメリカの尊い青年の死と、また、まったく戦争に関係
の無かった尊いイラクの方々が亡くなってしまった。
 この様な、尊い甚大な被害があって、何が残ったという
のか?
 キリスト教徒の大統領が始め、そして、キリスト教の宗
教組織が、何ら反対しないで始めた戦争が、何を残したか?
 そこには、悲惨な被害しかない。
 ベトナムと同様に膨大に使われた、消費された兵器の使
用数量しかない。
 その兵器の使用目的の・・卑劣な犠牲にされた方々しか
いない。
 使われた兵器は補充されるだろう、平和では消費されぬ
から、
 生産の為の工場のモーターは回転を始めるだろう、
 そして、納品され、納品書が送られ、金が振り込まれる
だろう、
 その納品成績の成果は、本社経営トップに報告されるだ
ろう、
 その成績表の脇に、陰にある、犠牲になられたアメリカ
の青年の方々と戦争に何ら関係無いイラクの犠牲になられ
た方々の『無念の死』を読み解くか?
 この数字を見るアメリカの経営トップは、この犠牲にな
られた方々を思い、涙をして見るのか?すこしでも・・、
 結局、イラクでアメリカの爆弾で・・散り散りなったイ
ラクの将校は、今、「イスラム国」に入っているという。
 アメリカは、また、爆撃するのか?
 今、それを検討しているという。
 キリスト教徒の大統領が始めたイラク戦争は、この戦争
だけにおさまらず、連鎖が続いている。
 近代になるほど、戦争で亡くなる方は一般の民間人が圧
倒的に多くなる。
 民間人を殺す兵器(軍人を殺す兵器ではない)を作る経
営トップへ数字が報告される。
 政府は、民間人が死んだその代金を降り込むだろう。
 アメリカ国民の方々が納めた金が、
 その金が、相手国の多くの方々の死と共に、アメリカの
青年の死も伴って・・、
 果てしない連鎖の金と死の、何らためになってない連鎖
の中でうごめいている事を悟(さと)らない。
 「目には目を」の同罪報復を教えるキリスト教。
 巻き込まれた方々の死が、あまりに悲惨だ。
 涙の行為が続く。
 司馬遼太郎が、歯を食いしばってアメリカの強烈な破壊
行為に耐えたベトナムの方々について書く、
 「ベトナム人の抗戦力の強さは、一つには輪廻転生を信
じている事にもよる。『今生は苦が多いが、しかし、自分
は善業も積んでいるから、来世はきっといい運の人間に生
まれかわるに違いない』ということを、雑談の間にもよく
聞かされた。『私がこの世で恐れているものは何もない。
ただ仏様だけがおそろしい』という事を、サイゴン大学の
女子学生の口から聞かされた時は、私は骨の痛むほど感動
を覚えた」・・と。
 そして、「ベトナム人の精神世界には、三界六道(りく
どう)に死んでは生まれ、生まれては死に、生と死が轟々
(ごうごう)と旋回して、限りもなく継続して行くという
古代インドの生命思想が、ギラギラと生きているのである」
と。
 キリスト教の「正義」は正義なのか?
 えいえいと続き、続けられるイラク戦争の様な悲惨な正
義は正義ではない。同罪報復のキリスト教観念が影響して
いる。
.
 (参考)ごう‐ごう【轟轟】 [ト・タル][文][形動
  タリ]大きな音がとどろき響くさま。「―たる車輪の
  響き」
 (参考)えい‐えい【営営】 [ト・タル][文][形動
  タリ]せっせと休みなく励むさま。「―として働く」
..
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by suba28 | 2014-11-10 03:14 | 悲惨な戦争を無くせないので

一国だけが勝つ・・というのは・・幻想・・、

 題:一国だけが勝つ・・というのは・・幻想・・、
...(悲惨な戦争を無くせないのでしょうか)
.
 あり得る・・核放棄・・、
 アフリカの地・リビアの革命指導者カダフィ・・、
 2011年に発生したリビア内戦によって・・、
 その独裁政権は崩壊し・・、
 反カダフィ派の部隊によって、カダフィは、殺害された
が・・、
 そのカダフィが・・、
 1986年4月15日に、アメリカ軍、および、イギリス軍に
よって攻撃された。
 その背景だと言われている事は・・、
 テログループ支援、複数の空港爆破事件の背後にいる事、
西ベルリンの爆破事件などと言われている。
 この時、レーザー誘導爆弾も使われ、ピンポイント攻撃
がなされた。
 カダフィは不在だったが・・、
 カダフィは、カダフィの子供が亡くなったと主張した(
カダフィの死後、生存が確認された)。
 カダフィは、2003年に『核放棄宣言』をし・・、
 査察団の受け入れもしている。
 今、現実社会は・・、
 やろうと思えばこの様な事も含め、できる社会だ。
 この攻撃は、通常兵器(爆弾)を積んでいたが・・、
 核爆弾の場合、悲惨な事が想像される・・が・・、
 レーダーで探知しにくい・・低空飛行で飛行する・・無
人偵察機の技術・・、
 この偵察機を・・爆撃機に変えることは・・簡単なこと。
 核爆弾を積載し、発見しにくい低空で・・
 領土の奥に侵入し・・、
 発見して・・撃墜しても・・、
 その領土内で・・核爆発が起きてしまうという事態・・
となる。
 やろうと思えば・・この様な事ができる・・社会なのだ。
 自分の国だけの論理を・・
 ただただ、主張しているだけでは駄目な時代に・・、
 益々、なっているのだ。
 空を行く無人の偵察機・・、
 この様な事態が、海そして海中で・・、
 不穏な摩擦が発生した時に、狙い定める兵器が・・益々
出来て来る。
 一国が・・自分だけの論理で・・ごり押しする時代は・・
終わったのだ・・、
 去ったのだ・・。
 一旦、始まれば・・「皆が・・負けになる」。
 一国だけが・・勝つというのは・・幻想・・、
..
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by suba28 | 2014-10-31 15:11 | 悲惨な戦争を無くせないので


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