(増補版)522E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1890年10月~1890年11月)

題:(増補版)522E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1890年10月~1890年11月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
1890年10月、長瀬商店が花王石鹸を発売した。
  花王(株)創業者の長瀬富郎は、舶来のブランド石鹸
 に負けない国産ブランド石鹸の創製を決意し、て、石鹸
 職人の村田亀太郎や、薬剤師の瀬戸末吉らの協力を得て、
 この時、桐箱入3個で35銭の花王石鹸を発売した。
  この名前は、顔も洗える高品質を訴求して「顔」に通
 じる「花王」とした。
  また、発売当初から、中国大陸等への輸出も考慮に入
 れて、東洋第一の石鹸にしようと、桜ではなく牡丹をあ
 しらった包装紙とした。
  また、花王石鹸発売当時の原料調合ノートには、石鹸
 だけではなく、
  その後に発売された歯磨・香水・クリームなどの原料
 調合も記載されているて・・、
  長瀬富郎は、花王石鹸製造にあたって、自身で、薬剤
 師・瀬戸末吉から必要な化学知識を習得し、香料・色素
 など薬剤の調合技術を吸収していた。
  また、翌年の1891年に発売された粉歯磨「寿考散」は、
 長瀬商店の第2弾の発売商品だった。
  袋入り3銭で、外袋は、赤で輪郭をとった落ち着いた
 デザインとなっていて、背景には「まがたま」が二つ、
 組み合わせてある。
  寿は長寿を祝い、考は老でもあり古来歯の保全が人間
 の寿命に重大な関係があるものとして名づけられた。
  因みに、散は粉のこと・・、
  (産業技術史史料情報センターのホームページを参考
 にした)
1890年11月1日、日本鉄道の秋葉原~上野間が開通した。
  旅客や貨物が増加していて、貨物線を延長し、秋葉原
 貨物取扱所として、上野駅のひっ迫解消のため、開業に
 至った。
  また、上野駅周辺道路が狭隘で、同駅へ向かう旅客や
 貨物を乗せた馬車が、渋滞を起こす状態になっていた。
  このため、旅客と貨物の分離が計画された。
  当初は、上野駅からのこの貨物線を「秋葉原線」と呼
 び、秋葉原は「秋葉原貨物取扱所」と呼ばれていた。
1890年11月1日、盛岡まで延長した。
  この日、一の関~盛岡間が完成して、仙台~盛岡間が
 全通した。
  そしてまた、この日、盛岡駅が開業した。
  また、この盛岡駅前と盛岡の中心部を結ぶ開運橋が、
 この盛岡駅の開業に伴い完成した。
  この橋が尊いところは、当時の岩手県知事の石井省一
 が私費で完成させたところだった。
  温かい心の盛岡の方たちの人柄・土地柄と共に、誇れ
 る歴史的事項となっている。
  この橋は、翌年、市が買収し、その後、県に編入され
 た。
1890年11月1日、盲人教育に点字が採用された。
  点字について、日本での最初の記述は、1865年(慶応
 1年)幕府の外国奉行・柴田日向守剛中に随行した岡田摂
 倉が、パリの訓盲院を尋ねた時の日記にある。
  そして、1879年(明治12年)2月、文部省発行の教育雑
 誌第89号に掲載された在アメリカ留学生監督の目賀田種
 太郎の「パーキンス盲学校視察報告書」にある。
  現:筑波大学付属盲学校の前進である「楽善会訓盲院」
 の教師であった小西信八と石川倉次は、共に仮名文字論
 者だった。
  小西は、仮名文字、及び、漢字を凸書した教科書での
 教育の困難を見るにつけ、読むにも書くにも自由になる
 文字を工夫しなければならないと感じた。
  そして、教育博物館にあった、イギリス制点字板と、
 盲人教育に関する資料を借りて研究した。
  1887年(明治20年)に、生徒の小林新吉に教えた。
  小林は、2週間で、自由に読み書きができるようにな
 った。
  他の生徒に及ぼす影響も大きかった。
  しかし、これが、ローマ字形式での表記であったので
 小西は、同年・1887年の末、わが国の仮名に合うような
 点字の改良を、教員や生徒に依頼した。
  石川倉次は、初め6点では全文字を表すのは不可能だ
 と考え、8点点字を考えた。
  これは1・4の点の間と、3・6の点の間に1点ずつ
 加えたもので、3点四方の8点点字で濁音も含まれてい
 る。
  この8点用の点字板を製造し、生徒に使わせてみたと
 ころ「ローマ字よりも使いやすい」ということで、大変、
 喜ばれた。
  石川は、この8点に満足せずブライユの6点でよい工
 夫ができないものかと考えた。
  小西もまた、ブライユの6点で仮名を表出したいとい
 う意見であった。
  そして、再び、教員や生徒全員あげての点字翻案の業
 に努力した。
  7点・8点・9点など、多くの案が出たが、やがて、
 その中から三つに絞られ・・なおかつ・・
  1890年(明治23年)9月27日から、点字制定会が開かれ、
 この3案について、種々の角度から審議した。
  また、実験を重ねた。
  1890年の同年11月1日、の第4回制定委員会において、
 石川案の採用が決議された。
1890年11月3日、帝国ホテルが落成し、7日に開業(創業)
 した。
  東京の鹿鳴館のとなりに、帝国ホテルが、総建坪1300
 余坪、ドイツ・ネオ・ルネッサンス式木骨煉瓦造3層、
  設計:渡辺譲、総工費:26万円、客室数:約60。
  ビリヤード台、ダンスホールを備え・・、
  室料:最下等50銭、2食付き2円50銭・・、
  1912年(明治45年)に、総支配人の林愛作が、旧知の
 アメリカ人建築家、フランク・ロイド・ライトに新館の
 設計を依頼した。
  フランク・ロイド・ライトは、アメリカの建築家で、
 20世紀建築界の大巨匠。
  1919年(大正8年)失火から全焼した。
  新館の早期完成は経営上の急務になった。
  この後、設計変更を繰り返すライトと、経営陣との衝
 突は避けられなくはなった。
  そして、当初の建設予算の150万円が・・6倍の900万円
 に膨れ上がった。
  林は、総支配人を引責辞任した。
  ライト精魂注いだホテルの完成を見ることなく離日し
 た。
  1923年(大正12年)8月末、ホテルの隣接地に新館(
 ライト館)が全館落成した。
  鉄筋コンクリート、および、煉瓦コンクリート構造、
 地上5階・地下1階、延床面積1万535坪、客室数270室
  皇居を正面にして建てられた帝国ホテルは、総面積3万
 4千平方米余の大建築となった。
  中心軸上に、玄関、大食堂、劇場などの公共部分が
 列ねられ、左右に客室棟が配された。
  全体計画から個々の客室に到るまで、ライトのセンス
 で、最高傑作のきわめて多様な秀れた空間で構成された。
  鷲が翼を広げたような、巨大なホテルは、小部分がい
 くつも繋ぎ合わされた連結構造で・・、
  建物全体に柔軟性を持たせるとともに、一部に倒壊が
 あっても全体には累を及ぼさない仕組みも設計された。
  また、大規模ホテルとしては、世界で初めて、全館に
 スチーム暖房が採用され、
  耐震防火に配慮した画期的な設計となっている。
  1923年9月1日、新館落成記念披露宴の準備中に、何と、
 関東大震災発生した。
  しかし、ホテルは、小規模な損傷はあったものの、ほ
 とんど無傷であった。
  変わらぬ勇姿を見せた。
  しかし、残念なことに・・その後、この名建築は取り
 壊され、
  その一部が、明治村に保存され、名建築を偲ばせてい
 る・・人類の偉大な資産で、惜しい状況となっている。
1890年11月4日、アレクサンドル・ボロディンの歌劇「イー
 ゴリ公」が初演された(マリインスキー劇場)
  アレクサンドル・ボロディンは、帝政ロシアの作曲家、
 化学者、医師。
  マリインスキー劇場 は、ロシアのサンクトペテルブ
 ルクにあるオペラとバレエ専用の劇場。
  歌劇「イーゴリ公」は、オペラで、中世ロシアの叙事
 詩『イーゴリ軍記』を題材に、1185年、キエフ大公国の
 公、イーゴリ・スヴャトスラヴィチによる、遊牧民族ポ
 ロヴェツ人(韃靼人)に対する遠征を描いた。
  序幕付き4幕からなる。
  あらすじは・・序幕:プチーヴリ市内。
  イーゴリ公は、自分の土地であるルーシの町へのポロ
 ヴェツ人のコンチャークからの侵攻を防ぐため、妻ヤロ
 スラーヴナの懇願と日食という悪い前兆を心配する人々
 の反対を押し切って遠征を始める。
  第1幕・第1場:プチーヴリ市内のガーリチ公の館の中
 庭。
  イーゴリのいなくなったプチーヴリでは、ガーリチ公
 の思うがままになっていた。
  ある時、若い女性の集団が公がさらった娘を返すよう
 に請願してきたのに対し、彼と彼の取り巻きは請願にき
 た彼女たちを怯えさせ、追い返す。・・以下略・・
1890年11月7日、帝国ホテルが開業した。
1890年•11月10日、浅草十二階が竣工した。
  東京・千束町(現=台東区浅草2丁目14)に遊覧所「凌
 雲閣(りょううんかく)」が竣工し、落成式が行われた。
  八角形レンガ造りの10階の上に木造建築の2階があり、
 「浅草十二階」と呼ばれた。
  最高高さ65mで、関東大震災で消滅した(1923年)
1890年11月11日、凌雲閣(浅草十二階)が開業した。
  東京・浅草に、12階建ての塔「凌雲閣」が開業した。
  名称は、「雲を凌ぐほど高い」ことを意味し、浅草十
 二階、浅草凌雲閣とも・・
  発案は、写真家で東京市議会議員の江崎礼二、設計者:
 ウィリアム・K・バルトン
  東京の高層建築物の先駆けとして建築された。
  展望室からは、東京界隈はもとより、関八州の山々ま
 で見渡せた。
  高さ173尺(約52米) 、建坪37坪(122.31平方米)。
  構造10階まで煉瓦造り、11、12階は木造。
  入場料:大人8銭、子供4銭
  1階は入口階、2~7階は、諸外国の物品販売店(計
 46店舗)、8階は休憩室、10~12階は展望室。
  1階~8階にかけて、日本初のエレベータが設置され
 た。
  12階の展望室には、望遠鏡が設置され、見料は1銭。
  1891年(明治24年)5月、開業当日よりエレベータの故
 障が頻発し、使用中止になった。
  1923年(大正12年)9月1日、関東大震災により、建物
 の8階部分より上が崩壊した。
  地震発生時、頂上展望台付近に、12~3人の見物者が居
 た。
  福助足袋の看板に引っかかり助かった1人を除き、全員
 が崩壊に巻き込まれ即死した。
  1923年9月23日、経営難から復旧が困難であったため陸
 軍赤羽工兵隊の手で爆破解体された。
.
  (今日の言葉)
.
  題:グローバリズム推進派は、一部の私腹を肥やす勢力に加担している・・
    その「おこぼれ」にあずかりたいと・・
.
1872年、海洋生物学が起きた。
  1872年~1876年の『チャレンジャー (6世) 号』の世界
 周航により・・、
  海岸から外洋、そして、表層から深層にわたって、
  動物の水平的分布と垂直的分布の調査が行われ、
  これが、海洋生物学の基礎となった。
  最古の海洋生物研究機関であるイタリア・ナポリ海洋
 生物学研究所は、1872年に設立され、そして、1874年に
 オープンした。
  1888年には、イギリス海洋生物学会が創立され、そし
 て、プリマス海洋研究所もできた。
  1888年には、アメリカでも、ウッズホール海洋生物研
 究所が創立された・・など・・、
  これ等の研究所は、今でも、世界で活躍している海洋
 生物研究センターで・・、
  特に、ウッズホール海洋生物学研究所の研究は、海洋
 生物学の発展に、重要な役割を果たした。
.
1906年4月18日、アメリカのサンフランシスコで、地震と火
 災が同時に発生するという、アメリカ史上、最悪の大参
 事が起きた。
  この参事がきっかけに、日本人やアジア人系移民の多
 くが、略奪にあい、また、暴力を受けた。
  日本人移民は、明治以来、移民が行われていて、カリ
 フォルニアに集中していた。
  また、この時、アメリカ白人に、人種差別の「黄禍論」
 が始まっていた。
  暴力事件は、この様な人種差別から生まれていた。
  1906年、サンフランシスコ市(学務局)は、日本人の
 児童の「隔離教育」を決めた。
  この様な「酷(ひど)い人種偏見」に対し、当然、日
 本政府は、強い抗議をした。
  これは、深刻な外交問題へと発展して行った。
  この2年後の1908年、この問題に、アメリカ連邦政府
 も介入して来て、日本は、移民が出来ない状態にされた。
  そして、この日本の当然の人種上の抗議を・・、
  アメリカは、日本が圧力をかけて来たとして・・、
  そして、『日本を脅威する』というセンセーショナル
 な「異常な反応」をした。
  そこには、すでに、日本に、「悪意を持って対応する
 というアメリカ」があった。
.
1941年、ランドフル・フィリップ(アメリカの黒人運動家)
 が、この年、黒人の公正雇用を要求するワシントン大行
 進を組織し、成果を収めた。
  因みに、ランドルフは、1963年の戦後でも、アメリカ
 史上最大規模のワシントン大行進を指揮するなど公民権
 運動の重要な人だった。
.
1944年、アメリカのヘンリー・モーゲンソーが、ドイツの
 非軍事化、非工業化を図り、原始的な牧畜農業国家にす
 るという戦後処理計画「モーゲンソー案」を立案した。
.
1947年3月31日、GHQの戦後の占領政策に於いて、憲法の
 施行に先駆けて、教育の基本であり、且つ、「教育の憲
 法」と呼ばれた「教育基本法」と、「学校教育法」が、
 同時に成立した。
  形式的には日本の国会で可決されたが、中身は、憲法
 と同じくGHQの指導によって作られたものだった。
  この教育基本法のなかで、戦後、常に問題となり続け
 たのが「教育権」とは、一体、誰のものなのかという点
 だった。
  旧文部省(現文科省)など国や政治家は、「教育権は
 国」が持つと主張した。
  一方、日教組は、「教育権は教育現場(日教組)が持
 っている」とした。
  民法820条で、両親が「子の監護および教育をする権利
 を有し、義務を負う」と書かれている。
  「教師」と「国」と「地方公共団体」、そして、「親」
 が、「教育権とは一体誰のものか」という論点で、対立
 さざるを得ない構図が作られていた。
  このことで、「国(文部省)」と日教組は、戦後、こ
 とごとく対立した。
  この決着は、昭和50年代に至って、文部省と日教組と
 で「歴史的和解」がなされた。
  何も生み出さない、日本人同士の不毛の戦いだった。
  その最大の原因は、GHQが、「教育権」という権利
 について「誰が持っているのか」という内容を明示せず、
 あいまいにした点にあった。
.
1969年、日米繊維交渉(~1971年)
  日米繊維交渉で、日本の繊維産業が潰された。
  この様に、潰された日本の産業は多いが、この逆はな
 い。
  日本の産業のために、アメリカの業界を潰したことは
 ない。
  そして、この日米繊維交渉は、日本の毛・化合繊製品
 の対米輸出規制をめぐる交渉で、1969年~1971年に渡る
 交渉だった。
  この毛・化合繊製品をめぐる交渉は、政治問題化し、
 紛糾した。
  第2次世界大戦以後の日米関係において「最悪の危機的
 状態をもたらした」と言われている。
  この問題は、1968年のアメリカ共和党大統領候補ニク
 ソンの選挙公約に端を発し、
  1969年春、ニクソン新政権下に出された日本に対する
 厳しい自主規制要求に始まった。
.
2003年11月、中国の胡錦濤国家主席が、「特定の大国が、
 中国に不利益をもたらそうとして、海峡をコントロール
 しようとしている」と・・暗にアメリカを非難した。
  「中国を、外国の支配から守るための新戦略を策定す
 るように」・・と、人民解放軍に要請した。
  中国は、『マラッカ海峡を封鎖されること』を恐れて
 いる。
  石油を初め、中国の死命を制する物品が、この海峡を
 通過しなければならないからで・・、
  また、中国には、過去、アメリカが、日本に対して行
 った石油禁輸措置のトラウマがある。
  (シーレーンの大切さ、重要さは、日本も十分認識し
 ているが・・)
  第二次世界大戦の開戦の重大原因となった当時、アメ
 リカは、日本を悪者に仕立てて・・、
  日本と戦争に至ること必然だという事を承知して・・
  (戦争をしたいとしたルーズベルト・アメリカ大統領
 が)石油、ガソリン、および、その他の重要な資源の対
 日禁輸措置を・・、
  それも・・石油需要の80パーセントを、アメリカに依
 存していた日本に対して実施し・・大打撃を与えた。
  その上、まだ、これでもかという悪意で、日本の船舶
 に対する『パナマ運河の通過の禁止』(パナマ運河閉鎖)、
  及び、アメリカにおける日本資産の凍結など行なった。
  世界史上、最悪の「悪名高い先制攻撃」を日本にした。
  世界は、「アメリカの先制攻撃と認識している」と言
 われている。
  中国は、これを、「歴史的教訓」として、恐れている。
.
2017年3月2日、アメリカのトランプ大統領が言った・・、
  「移民が、安全に家に帰れるよう努力したい」・・と、
  グローバル競争とは、コスト競争であり・・、
  労働力コストをどれだけ下げるかが『基本』で、
  国内から海外の発展途上国へ工場を移せば、『非常に
 安い賃金で労働力が得られる』・・、
  これがしたいと考えた『グローバリスト』たち・・、
  また、アメリカ国内であっても、メキシコなどから流
 入する不法移民を雇えば、低賃金な労働力が得られ・・、
 また、劣悪な環境下でも、好きなだけ働かせる事ができ
 る。
  不法移民を使えば、国内で超安価な生産が実現できる。
  不法な流入は・・だから、ある面・・意図的に・・こ
 の様な理由から・・意図的に行われる面もあった・・不
 法なのだが・・不正なのだが・・。
  超富裕層の利益享受の実現の為の・・やり方だった。
  しかし、この様な点には・・まったく触れずに、グロ
 ーバリズムが美しく謳(うた)われ、讃美されている。
  このグローバリズムを讃美するグループに入っている
 NHKは・・、
  グローバリズム推進派のNHKイデオロギーは、
  また、キリスト教に偏するNHKは・・巧妙に・・こ
 の点を放送した・・そして、言った・・
  「(不法移民だって)税金を払って、アメリカを支え
 ている」・・と・・、
  「その(不法)移民のどこが悪い」・・と・・、
  よくも・・国民を感情的な、センセーショナルな、薄
 っぺらい論理で、言葉だけで・・騙(だま)すものだ。
  この様な国民の洗脳を目論(もくろ)んだNHKは、
 「トランプおろしのグループに入っている」・・、
  「トランプ政治の批判をした」・・、
  NHKの巧妙なる言い方・・錯覚を起こさせる言い方
 で・・また、ごまかしの放送だった。
  アメリカで・・労働コストが破壊され、低所得者層が
 さらに拡大しているアメリカ。
  儲かるのは1%の・・ほんのわずかな超富裕層。
  その格差は拡大する一方の・・アメリカ。
  この様な事にはまったく触れないNHK。
  1%の超富裕層にゴマをすり・・1%のお金持ちが喜ぶ
 グローバリズムを讃美しているNHK。
  NHKは、「グローバリズム讃美の放送ばかりをやっ
 ている」・・、
  NHK出身の千葉商科大学教授の宮崎緑氏を出演させ
 て、何度も何度も発言させている・・「グローバリズム
 は素晴らしい」と・・何ら『脈絡なく』発言している。
  ただただ意味ないグローバリズム讃美のオンパレード
 の話だった。
  マス・メディアと一緒になって、情報を、正しく伝え
 ないで・・ただただ、トランプおろしに躍起になってや
 っている。
  トランプ大統領だって、正規な移民の就労を否定して
 いる訳ではない。
  正規の移民が、正規にアメリカで就労し、税金を払っ
 て「アメリカを支えていること」は、当然、勿論、否定
 なんかしていない。
  ここの錯覚を訂正しないで、わざと「誇大に」「悪印
 象だけを持たせている」・・印象放送で、国民を繰って
 いるNHK。
  不法に・・大量に・・アメリカへ流入し、アメリカの
 労働市場を破壊し・・混乱させている・・不法移民が問
 題なのだ・・
  そして、その利益は・・わずか1%の超富裕層のふとこ
 ろへ流入し、格差がどんどん拡大する事に対して・・ト
 ランプ大統領は、何とかしたいと言っているのだ・・
  こんなことは・・ちょっぴりとも放送しない。
  トランプ大統領は、「正論なのである」。
  移民の方々、正規の方々を・・虐げている訳ではない。
  ここを、NHKは誤魔化すから、はっきり説明しない
 で逃げているから「不公正なNHK」なのだ。
  キリスト教が、教義を誤魔化す言い方とまったく同じ
 で、ごまかし、誤認混同させるNHKとなっている。
  しかも、それを、センセーショナルな言い方で放送す
 るから始末が悪い・・まったく公正でない、公共放送と
 して失格のNHKである。
  NHKはこんな事ばかりしている。
  アメリカを本当に支えた中流層は・・1%の超富裕者層
 に食われて・・居なくなった。
  日本も・・中流層が崩れている。
  他山の石ではない。
  高い給料を貰って居るNHK職員は安泰(あんたい)
 なのだろうが・・?
  アメリカは、この様なことを、南北戦争の後でもやっ
 た。
  悪いのは「アメリカ南部だ」と言いながら・・アメリ
 カ北部の工場経営者たちは、南部のプランテーションの
 経営者と一緒になって・・組んで・・奴隷解放前の状態
 に戻したいと・・戻そうと、黒人の方々を虐げた。
  安い労働力をアメリカ北部の工場で使いたいというハ
 レンチな行動をした。
  何が、北部だけが、奴隷解放したと言うのか?
  南部の方々だけを悪者にして・・?
  トランプ大統領は、メキシコからの不法移民が麻薬を
 持って来ることにも苦慮している・・このことに、NH
 Kは触れない・・。
  トランプ大統領が言った、「アメリカが法を維持し、
 国境を守らなかったために、雇用や収入(を失った)、
 そして、愛する人を失ったアメリカの家族に対して、
  あなたはどう言うのですか?」・・と・・
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive



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by suba28 | 2017-04-29 04:02 | 皆様とともに 幸せになりたい


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