(増補版)487E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1889年5月~1889年5月)

題:(増補版)487E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1889年5月~1889年5月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
1889年5月15日、大槻文彦著の「言海 (第一冊)」が発刊さ
 れた。
  最初の近代的国語辞書で、後に、大言海となる。
  1875年(明治8年)2月に起草(きそう、草稿を書くこと)
 し、
  1884年、脱稿して、これを4分冊にして
  1889年5月、この時に、第1版を刊行した。
1889年5月16日、宮内省図書寮付属博物館を廃止し、帝国博
 物館、帝国京都博物館、帝国奈良博物館を設置した。
  官制が成って、初代の博物館総長に九鬼隆一を任命し
 た。
1889年5月21日、最初の市会議員選挙、
  東京において本日より3日間行われた。
1889年5月23日、讃岐鉄道の丸亀~琴平間が開通した。
  この時の開通式で香川県議の大久保諶之丞が祝辞で瀬
 戸大橋の架橋を提唱した。
1889年5月28日、地久節(ちきゅうせつ)の御儀が初めて行
 われた。
  地久節は、皇后陛下の誕生日の旧称。
  老子の「天長地久」による語で、天皇陛下の誕生日の
 旧称である天長節(てんちょうせつ)に対する名称。
  地久節を奉祝すべきとの世論が高まり、女学校では、
 学業を休んで奉祝式を催すようになった。
  以来、昭和に至るまで続いた。
1889年5月31日、6月2日にかけて、雑誌「日本」にロンドン
 =タイムスに掲載された大隈条約改正案が翻訳されて、
 掲載され、波紋を引き起こした。
.
  (今日の言葉)
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  題:愚かなる・・第二次世界大戦への道程・・そして、今のアメリカは・・??
.
1899年、アメリカが、「中国の門戸解放を宣言した」。
  これは、遅れて来たアメリカが、中国に参入したいと
 いう宣言だった。
  この様な「言い方」や「書き方」からは、事実が見え
 にくいが、これは「アメリカが中国に参入し、中国の旨
 (うま)い汁を吸いたいという宣言」だった。
  中国を「アメリカの利益を生み出す地にしたい」だっ
 た。
  中国市場参入を狙ったアメリカなのだった。
  それは、日露戦争前の極東では、清国の義和団の乱が
 収まると同時に、『 ロシアの満州支配 』が強まって
 いた。
  アメリカは、この動きに対抗した1899年の「門戸開放
 宣言」だった。
  ロシアに強く反発した。
  1904年に日露戦争が開戦すると、
  強まるロシアの力を抑止するため、『日本を応援』し
 た。
.
1906年、日露戦争に勝利した日本に、満州がロシアから移
 譲(いじょう、権限や権利、財産などを他に譲り移すこ
 と)された。
  この時のアメリカ大統領は、第26代大統領のセオドア・
 ルーズベルトだった。。
  アメリカは、中国を美味(おい)しい市場としたかっ
 た・・しかし・・、
  1899年に、アメリカは、中国市場の門戸開放をしろと
 宣言していた。
  出遅れていたアメリカのアピールだった。
  ヨーロッパ列強諸国、および、ロシアは、すでに、中
 国を美味しい市場としていた。
  イギリスは、あくどい麻薬のアヘンを使ってまでして、
 吸い取る限りの利益を中国から得ていた。
  満州は、ロシアの市場となっていた。
  そして、日露戦争が始まると、アメリカは、日本を支
 援した。
  しかし、日露戦争に日本が勝利すると、満州が、ロシ
 アから日本へ『移譲』された。
  「アメリカさん・・どうぞ・・」とは、ならなかった。
  日本は、中国政府とも条約を結び、満州に日本から資
 本を持って行って・・投じ、満州経営を始めた。
  アメリカの思惑と違った。
  ここが、アメリカには面白くなかった。
  白人植民地に入って来た新参の有色人種の日本となっ
 た。
  新興国の日本だった。
  ここのポイントからが、最終的に第二次世界大戦へ通
 じて行くことになる。
  日本がドアボーイの如く・・満州へ招き入れる日本の
 振る舞う事を、セオドア・ルーズベルトは期待していた。
  「満州のドアから入って来なさい」にはならなかった。
  満州から美味しい汁が来るとはならなかった。
  逆に、今、美味しい汁を吸っているアメリカの植民地
 のフィリピンが、日本にとられるという、脅威と感じる
 る『日本の見事な日露戦争の勝ち方』だった。
.
20世紀初頭、アメリカの西海岸地域に『黄禍論』という日
 本人差別が吹き荒れた。
  そのたびに、日米両国は、鋭い緊張関係に陥(おちい)
 った。
.
1906年、セオドア・ルーズベルト(第26代アメリカ大統領)
 が、日本との将来対決を意識した。
  そして、『対日戦争の準備』を始めさせた。
  この年に、対日戦争計画である『オレンジ計画』の準
 備を指令した。
  日露戦争の翌年のこの年、その指令を出した。
  このセオドア・ルーズベルトは、フランクリン・ルー
 ズベルト(第32代アメリカ大統領)と従兄弟関係にある。
  また、アメリカの大学生の歴史教科書に使われている
 「アメリカ外交史」(ロバート・ファレル著)には、
 「日露戦争こそが日米対立の序曲」と論じられている。
.
1933年3月14日、第32代アメリカ大統領に就任したてのフラ
 ンクリン・ルーズベルトが、閣僚会議で日本との戦争に
 ついて論じた(就任して10日目)。
  アメリカの日本の見方の転換は、「日露戦争後」にあ
 った。
  日露戦争後は、アメリカは、常に、日本を軍事的、経
 済的ライバルと意識してきた。
  それまでは、東洋の小国、近代化を一生懸命にやって
 いる発展途上国と見て来た。
  だから、日露戦争の時は、アメリカは、日本にとって
 良いタイミングで戦争の仲介をしてくれた。
  しかし、日露戦争後にその見方が変わった。
  それまでと変わって・・「ライバル国・日本」となっ
 た。
  1933年3月14日、ルーズベルトは、大統領就任後二回目
 の閣僚会議を開いた。
  この時、早くも、ルーズベルトは、日本との戦争につ
 いて論じた。
  前置きは・・「日本人が(マレー半島の)ジョホール
 から、中国の万里の長城まであふれるだろう」という言
 葉から始まった。
  そして、「できれば戦争を避け『兵糧攻め(経済制裁)』
 によって屈服させる方針をとりたい」と、
  しかし、戦争になった場合は、「陸軍は役に立たない。
  太平洋を挟んだ戦争は、海軍が主力になるためハワイ
 を基地とし、
  さらに、アリューシャン列島から日本本土を空爆すべ
 きだ」・・と、熱心に論じた。
.
1938年、日本は、中国のすべての港の封鎖に成功し、海上
 からの補給が出来なくすることに成功した、1838年の後
 半の事だった。
  この頃、あまりにも、アメリカなどの一方的な戦争介
 入が酷かった。
  ルーズベルトの頭にあったことは・・先に銃を抜く「
 農夫」だった。
  その農夫の「肩を持つ(かたをもつ)」わけではない
 が・・、
  その農夫の人格をも口汚く、品なく、あらん限りの悪
 口を言う「金持ち牧場種に雇われた銃の早撃ちの殺し屋」。
  とうとう、その農夫は耐えきれなくなり銃に手を掛け
 る。
  それを「待ってました」と早撃ちの殺し屋は、銃など
 持ったことのない農夫が銃を半分抜いたところで、農夫
 の心臓を撃ち抜いた。
  正当防衛だという。
  法律違反ではない人の殺し方で、金で雇われた殺し屋
 は依頼主の要望に応えた。
  アメリカは、この様な卑劣なファイトバックを歴史の
 あちこちでやっている。
  メキシコもやられた。
  領土を取られた。
  散々メキシコを虐めて・・メキシコが立ち上がったら・・
 これでもかというほどに・・「やっつける」。
  また、ドイツの・・、ナチスのヒトラーの肩を持つ訳
 ではないが・・、
  返済しても、返済しても、まだまだあるという膨大な
 借金を戦争に打ちひしがれて、「言い訳や反論もできな
 いドイツ」に、一方的に戦争に勝った者として押し付け
 た戦勝国。
  返済しきれない借金を、重い重い借金を敗戦国に背負
 わせた戦勝国。
  ここに・・正義は・・あるのか?
  正当性は・・あるのか?
  出来ないことを背負わせた方が、当然、悪いのである。
  出来ないことは、当然、言ってはいけないのである。
  暴力的に押し付けたあなたが悪い。
  そこには・・キリスト教の教義の復讐(ふくしゅう)
 の悪意しかない。
  そこからは、ヒトラーという人間も出て来るだろう。
  その様に仕向けた・・君たちに責任があるのだ。
  その責任の重さを分からないか?
  自分たちの責任に口をつぐんで、吐露しないで、謝罪
 しないで、懺悔しないで・・、
  次の世代の子供たちへ問題を先送りした・・
  この卑怯な自分たちの態度・行動を反省しないか?
  卑怯だと思わないのか?
  その自責の念は生まれないか?
  真の責任者は、君たちではないのか・・?
  日本も、長い期間、仕組まれていたのだった・・卑劣
 なアメリカ大統領のルーズベルトが仕組んでいた。
  知らないうちに、中国で、秘密裏に、アメリカは宣戦
 布告していた。
  ルーズベルトは「義勇軍だと、嘘のレッテルを貼って、
 『日本と戦え』と命じていた」(何だって・・レッテル
 は貼れる)。
  この時に、第二次世界大戦の開戦がなされた。
  アメリカの宣戦布告なしの開戦だった。
  これは、アメリカの日本に対するれっきとした『奇襲』
 だった。
  世界遺産に登録せよ!!
  1938年、日本は、中国沿岸の港のすべてを閉鎖するの
 に成功した。
  アメリカは、海洋からの中国への補給が出来なくなっ
 た。
  アメリカは、中国の蒋介石を援助しようと「援蒋ルー
 ト」を仏印(ベトナム、ラオス、カンボジア)に、無断
 で作った。
  国家の主権の侵害である。
  侵略行為である。
  侵略行為をしてまでして、アメリカは戦争に介入して
 来た。
  そして、アメリカは、秘密裏に、アメリカ正規軍まで
 この地点に上陸させて、派遣した。
  日本は、当然、このアメリカの仏印の武器弾薬の供給
 ルートを遮断したいとなる。
  日本は、真珠湾で、あたかも先に銃を抜いたように見
 せかけられた。
  卑劣なアメリカのルーズベルトのプロパガンダ(嘘宣
 伝)であった。
  真珠湾攻撃を知り・・ルーズベルトは「戦争を作った」
 と言った。
  そして、「シャローム」のキリスト教教義の様に、「
 完全破壊の原爆投下と、
  やはり、「シャローム」のキリスト教教義の「無条件
 降伏」を日本に突き付けた。
  キリスト教に強く洗脳されたルーズベルトのやりたい
 ことだった。
.
1943年8月11日、第一次ケベック会談(~1943年8月24日)
  実質、アメリカのルーズベルト大統領とイギリスのチ
 ャーチル首相の会談(秘密会談)。
  カナダのウイリアム首相も加わった(カナダは、正式
 な参加国ではない)。
  イタリアの枢軸国からの脱落も話し合われた。
  日本は、ドイツ降伏後に、12か月以内に降伏させると
 した。
  中国の「援蒋ルート(中国の蒋介石に武器と金を援助
 するルート)」を強化する事についても話し合われた。
  ソ連と蒋介石の中国へも連絡された。
  また、反英運動が激化しているパレスチナについても
 話し合われた。
  核兵器の開発についても話し合われ、核兵器技術の共
 有に合意し、合意書が作成された。
.
1945年4月12日、ルーズベルト、脳出血で死去する。
  この日に、第32代アメリカ大統領フランクリン・ルー
 ズベルトは死んだが・・、
  ルーズベルトの妻エレノアによると、ルーズベルトは、
 「戦後は、社会主義的な世界になる」と予測していた。
  そして、スターリンが「アメリカとソ連が、いずれ立
 場を同じにする」と話したことに希望が湧いたという。
.
1945年9月に、FBIに駆け込むまで、スパイ網の要(かな
 め)にいたエリザベス・ベントレーは・・、
  1951年8月、アメリカ上院国内安全保障小委員会で、ホ
 ワイトら政府内の情報員の活動実態について証言した。
  ベントレーは、「工作員の役割は、秘密文書を持ち出
 す事の他に、
  アメリカの政策(ルーズベルトの政策)に、こちらの
 望むような影響を与える事だった」と言っている。
  それだからか、何故か? ルーズベルトの政策がおか
 しかった。
  第二次世界大戦中のルーズベルト政権が、如何に、ソ
 連スパイによって浸透されていたか?
  議会の調査委員会や、FBIの捜査で、かなりの部分
 が明らかにされた。
  ルーズベルトのやっていることがおかしいと、動いた
 アメリカ国民の方々もあった。
.
1947年、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(イギリ
 スの哲学者、バーバード大学教授、また、ケンブリッジ
 大学教授などを歴任、1861年~1947年)氏は言う・・、
  「私は、アメリカ人を3つに分けて考える。
  最初の3分の1は、まともで正直で優秀な人たち。
  次の3分の1は、善良であるけれど、それほど優秀でな
 い人たち。
  残りの3分の1のアメリカ人は、クリミナル(犯罪者〉
 だ」・・と。
  実際、アメリカ人の3人に1人は、「ケロッと嘘を付く」、
 その様な人が多い。
  この様な国民性だから「訴訟社会」となっている。
  ワシントンが、「桜の枝を折った」と正直に言ったぐ
 らいで大騒ぎに褒めちぎる・・その様な国。
  アメリカは、知的真剣さを持つ優秀な人もいるが、犯
 罪者タイプの狡猾で冷酷で偽善者的な人が多い。
  日本人は「誠実」「誠意を示す」を大切にしているが、
 その様な「日本人の誠意」は通じない。
  シニカル(冷笑的、嘲笑的、あざ笑う)に利用される
 だけ・・。
.
1953年11月に、アイゼンハワー政権のブラウネル司法長官
 が・・、
  アメリカ上院国内安全保障小委員会で、
 「ホワイト以外に、カリーや、陸軍省のジョージ・シル
 バーマンらの名前を明らかにした」ように・・、
  また、戦争中のソ連の交信記録(1943年~1944年)を
 解読したアメリカVENONA資料には・・、
  スパイ網は、FBI報告をはるかに上回る規模だった。
  何故、ルーズベルト政権に、ソ連協力者が浸透するこ
 とが出来たのか?
  また、浸透を止めることが出来なかったのか?
.
1953年(昭和28年)11月16日、ハリー・トルーマンは、ア
 メリカ大統領職を退(しりぞ)いた後も、全米に向けて、
 ラジオで言い訳し、説明しなければならない事があった。
  それは、ルーズベルト時代に蓄積された負の遺産の清
 算を迫られたからだった。
  急に、ルーズベルトから引き継いだ大統領職に就いた
 トルーマンは、ルーズベルトの悪が清算されないまま、
 引き続いて政治をやってしまっていた。
  ルーズベルト政権内には、ソ連の息のかかった人間が、
 うようよと居た。
  ソ連の巧妙なスパイ網となっていた。
  それが白日の下になると、アメリカ国民の方々は厳し
 く批判した。
  日本やドイツに厳しい制裁案を書いたり、そして、当
 時の財務長官のモーゲンソーの右腕で、そして、トルー
 マンも重く用いられて来ていた、そして、出世までさせ
 ていた財務次官補のハリー・デクスター・ホワイトも『
 ソ連のスパイ』だった。
  ホワイトは、消されたのか?・・米下院非米活動委員
 会の喚問を受けた直後に、心臓麻痺で死去した。
  国際通貨基金(IMF)の初代・米国理事をしたり・・
 「ブレトンウッズ体制」を作ったりした功績のあった人
 物だった・・が・・、
  そして、その他にも・・ルーズベルトが、推し進めた
 ニューディール政策の推進者の中にも、特に、多くのソ
 連スパイがいた。
.
2010年、そして・・今のアメリカ・・、
  グローバル化の制度の下で、貧富の格差は広がってい
 る。
  アメリカは、富める者を、「より富ませる政治」をや
 っている国。
  アメリカで、1980年から2010年までの30年間で、所得
 の低い下層(40%)の人々の所得は『減少』した。
  また、40%~60%の中間層の人々は『停滞、動かず』
 だった。
  豊かになった人々は、上層20%の人々だけだった。
  アメリカの株式の半分以上は、「最上層の1%」の人が
 所有している。
  この層が豊かになることに、アメリカの政治は集中し
 た。
  アメリカ政府が、「労働者の利益を上げる」と言った
 が・・??・・まったくの空論で、嘘だった。
  事態は・・空転していた。
  政府は、多額の『政治資金』を豊かな層から受け取っ
 て来ていた。
  そして、その層が豊かになる・・、その層に応える政
 策を行なった。
  貧富の差は・・拡大した。
  MITの経済学者のフランク・レビイらは、「これは、
 アメリカ経済の制度(グローバル制度)から来るものだ
 と説明した。
  それで・・、
  勤労者の経済的貢献が、反映していない仕組みとなっ
 ている・・と、
  (勤労者は、しっかり働いているが、制度が悪いから、
 この勤労の結果が反映しないで、この実態となっている)」
 ・・と・・、
  つまり、勤労者が、一生懸命に働いても、制度的なこ
 とから、上層に吸い取られてしまう・・と・・、
  また、1950年代~1970年代初期の約20年間で、アメリ
 カの大企業500社の会長の年収は、平均的労働者の20倍~
 30倍だった。
  しかし、1980年代からこの格差は、拡大し始め・・、
  アメリカ政府は・・貧富の格差が拡大する政策を露骨
 にやっていた。
  2000年には、何と! この格差は、525倍となった。
.
2016年、アメリカの上院議員のジェームス・ウェブ氏(ア
 メリカ上院外交委員会・東アジア・太平洋小委員会委員
 長など歴任)は言う、
  「アメリカに、貧富の差がこんなに拡がると、大変な
 ことになる。
  そのうち、アメリカ政治は、『動乱期』に入るのでは
 ないか」・・と・・、
  このウェッブ氏は、海軍士官学校卒の職業軍人で、正
 直な人だという。
  そして、彼は、アメリカの民主党が、陰で、金融業者
 (ゴールドマン・サックスなどという)に繰られている
 事に、非常に怒り、そして、嫌っていると表明した。
.
2016年以降、アメリカ連邦議会の予算局は、「2016年以降、
 アメリカの財政は、どんどん悪化していく」と見ていて、
 『国防予算を削るしかない』・・と、している。
  アメリカの政治家たちも、同じ見方で・・、
  アメリカの安全保障の最大の敵は、『財政難だ』と言
 っている。
  「予算を削減するところは、ここしかない」・・と・・、
  日本は、アメリカの日本での軍事費の75%を負担して
 いて、ドイツや韓国の負担割合の2倍から4倍と、超高率
 な負担を要求されている状況にある。
  アメリカの軍事費が縮減すれば、アメリカの軍事的な
 勢力圏は縮小せざるを得なくなる。
  その隙間に、中国の拡大となる・・その様な時代とな
 っている・・、
  アメリカの縮小の時代において・・日本の安全は、放
 っておけない『大問題』と・・なっている。
  手遅れにならないうちに、対応は・・急(いそ)がれ
 る。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive

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by suba28 | 2017-01-31 02:52 | 皆様とともに 幸せになりたい


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