(増補版)470E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1888年10月~1888年10月)

題:(増補版)470E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1888年10月~1888年10月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
1888年10月13日、帝国大学文科大学哲学科に精神物理学(
 実験心理学)科目が新設された。
  この年、元良、日本人心理学者として初の博士号取得。
  元良帰国。
  帝国大学文科大学哲学科で「精神物理学」を担当した。
  東京大学文学部心理学研究室、初代教授・元良勇次郎
 先生(在任期間:1890年~1912年、在任中に没する)
  また、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部のホ
 ームページには、以下の興味を引く記述がある。
  心理学は、実に多くの領域と境を接している。
  心理学は、人間の心的、知的な機能を探求するそれ自
 体独立した基礎的な学問である。
  また、一方で「こころ」とは何かということを考える
 と哲学と関わらなければならない。
  生物学的な諸領域、医学とも密接に関連している。
  さらに、電子工学、情報工学など人間の使う機械を作
 り、また、人間の機能を代行する機械を作ろうとする領
 域とも関わっている。
  本研究室では、こうした幅広い領域に関わる心理学と
 いう学問を実験という実証的な手法で取り組む学風を持
 っており、知覚・注意・記憶・思考などの心理現象を精
 神物理学的手法・神経科学的手法・認知科学的手法によ
 って研究している。
  また、文化認識や科学方法論などについても研究を行
 っている。
  したがって本研究室出身の研究者は心理学のみならず、
 幅広い隣接分野において活躍しているものも少なくない。
1888年10月14日、自由民権運動の大同団結民権派の385人が、
 大阪で懇談会を開催した。
  1888年、後藤は、大同団結を唱えて地方遊説を行い、
 雑誌『政論』を発行し、地方名望家層の政党への組織化
 を図った。
  しかし、改進党系の多くは、この動きに加わらず、独
 自の組織化に着手したため、旧自由党系中心の運動に転
 化した。
  1889年3月、しかも、後藤自身が逓(てい)相に就任し、
 運動から退くと、直前の恩赦で多くの有力民権家が出獄
 し指導者に迎えられたこともあって、運動は分裂し、
  大同倶楽部と大同協和会が発足した。
  ここに、大同団結運動は完全に終焉した。
  民党連合の基礎をつくった意義はあった。[
  (1886年末~1889年に、民権派による反政府統一運動)
  1889年、後藤象二郎の黒田内閣入閣で挫折した。
1888年10月14日、皇城二重橋の架替が竣工した。
  二ヵ年を要し、鉄橋として架け替えられ竣工した。
  但し、二重橋と名付けられた経緯には、諸説があるの
 で注意を要す。
  因みに、鉄橋の手前に、1887年に完工した石橋(西ノ
 丸大手橋)があり、
  郵政省は切手のデザインにおいて「二重橋(石橋・鉄
 橋)」と記している。
1888年10月21日、井上毅(いのうえこわし)が、憲法にお
 ける軍隊編成権や議会予算議定権の問題をモッセとロエ
 スレルに質問する。
  1881年、明治政府がプロイセン流立憲主義に転換し(
 明治十四年の政変)、
  井上毅が、憲法の草案を作成したが、その草案は、多
 くロエスレルの討議、指導によるものだったとされる。
  彼の提出した「日本帝国憲法草案」のほとんどが受け
 入れられ、大日本帝国憲法となった。
  カール・フリードリヒ・ヘルマン・ロエスレル(1834
 年12月18日~1894年12月2日)は、ドイツの法学者・経済
 学者で、
  明治の日本でお雇い外国人の一人として活動した。
  アルベルト・モッセ(1846年10月1日~1925年5月31日)
 も、ドイツの法律家で、お雇い外国人として日本に招か
 れた一人。
  伊藤博文ら、日本から調査に訪れた代表たちに、1882
 年~1883年にかけて、師のルドルフ・フォン・グナイス
 トと共に講義を行った。
  1886年(明治19年)に訪日し、モッセ以前にヘルマン・
 レースラーが既に招聘されていたが、モッセの憲法制定
 や地方制度の創設への貢献の方がより実質的な影響を与
 え、それ故に、「明治憲法の父」と言われている。
1888年10月27日、皇城を「宮城」と改称した。
  皇城西の丸に、新宮殿全体が落成し、
  「宮城〔きゅうじょう〕」と呼ぶ告示が出された。
  (明治宮殿落成し皇城を宮城と改称)
1888年10月27日、深川骸炭所が操業を開始した。
  古河鉱業会社の深川骸炭所が竣工して、操業を開始し
 た。
  コークスの製造とその品質向上、そして、それに対応
 する優れた高炉に努力した技術者が、技師・福岡健良氏
 (深川骸炭所、コークス製造)と、野呂景義氏(釜石・
 八幡のコークス高炉に成功)だった。
  国が豊かになり、強くなる、富国強兵の元にある鉄・・
 その鉄の品質を左右するのが、還元剤だった。
  木炭に代わって、石炭を乾留したコークスが、高炉に
 おける還元剤として、英国で誕生して約300年が経過し、
  その間にも、高炉も目覚ましい発展を遂げた。
  そして、その発展を支えたのは・・スムースな炉内の
 ガス流れを可能とするコークスの品質であった。
  そして、その大切なポジションを占めていたのが・・
 官営製鉄所の「釜石」「八幡」だった。
  そこを支えたのが、望ましいコークスの生産だった。
  これが無ければ、建物も、工場も、艦船もできない。
  しかし、涙ぐましい失敗と汗があった・・、
  日本人の真面目さと優秀さと『頑張り』があった・・、
  国の基本は、すべてここからスタートした・・、
  公共放送・NHKは、『頑張らない』をキャンペーン
 放送した・・本当に、国を堕落させる放送を、長い期間
 に渡って行なった・・頑張ることを否定した・・
1888年10月28日、四国初の鉄道の伊予鉄道の松山~三津ヵ浜
 間開通
  1887年9月14日に、民営としては日本で2番目の伊予鉄
 道会社が創立された。
  そして、この日・1888年10月28日に、松山(後の外側、
 再び松山)~三津間で、鉄道が開業された。
  因みに、2001年(平成13年) 10月12日から、松山市内
 線で「坊っちゃん列車」レプリカ運行が開始されている。
1888年10月28日、東京音楽学校(旧制)が、5線譜表記の箏
 曲集を出した。
  1887年10月4日、東京音楽学校が、東京府下谷区(現在
 の台東区の西部)に設立され、官立(唯一)の音楽専門
 学校だった。
  (参考:下谷区と浅草区が台東区になった)。
  文部省大臣官房直属の機関であった音楽取調掛の掛長
 であった伊沢修二の他、菊池大麓・外山正一・穂積陳重
 ら当時の代表的学者7名が連署した「音楽学校設立ノ儀ニ
 付建議」に基づいて、同掛を改称し設置された。
  伊沢が、事実上の初代校長に就任した。
  その後、奏楽堂を含む校舎が新築され(現在は上野公
 園内に移設)、
  1890年5月12日に、開校された。
  日本最初の音楽教員・音楽家・音楽鑑賞家の養成機関
 で、当初、西洋音楽の教育を中心とした。
  修業年限1年の予科と本科(2年制の師範科、および、
 3年制の専修科)から構成された。
  しかし、翌年・1891年には、早くも、国費節減と関連
 して帝国議会で存廃論議が起こり・・、
  1893年6月、高等師範学校に移管され、附属学校に格下
 げされたが、
  1899年には、伊沢らを中心に再び独立し、
  1900年には、学科を再編成して5科とし、以後、新制
 移行までこの体制が基本的に存続した
  1949年5月、学制改革にともない発足した新制の東京
 芸術大学音楽学部の構成母体となった。
  因みに、奏楽堂は、上記のように東京音楽学校の校舎
 として、1890年(明治23年)に建造され、
  日本における音楽教育の中心的な役割を担って来た。
  2階の音楽ホールは、かつて瀧廉太郎がピアノを弾き、
 山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペ
 ラ公演でデビューを飾った。
  創建から80年近く経過した昭和40年代(1965~)に入る
 と、建物の老朽化が目立つようになり、
  校舎を都外へ移設する構想が持ち上がったが、1983年(
 昭和58年)に、台東区が東京藝術大学から譲り受けること
 となった。
  そして、1987年(昭和62年)現在の地(上野公園内)へ
 校舎を移築・復原し、「旧東京音楽学校奏楽堂」として
 一般への公開を開始した。
  さらに、1988年(昭和63年)には、日本最古の洋式音楽
 ホールを擁する校舎として、重要文化財の指定を受けた。
ました。
 尚、現在、保存工事のため休館中、再開は平成30年度の
 予定。
1888年10月28日、清国が、日清条約改正交渉の一時中止と
 将来の再開を了承(りょうしょう、承知すること)した。
1888年10月30日、帝国大学(後の東京大学)に、臨時編年
 史編纂掛(史料編纂係)が設置された。
  1793年(寛政5年)、国学者の塙保己一は、幕府の援助
   をうけて和学講談所を開設した。
    そして、明治となり、政府の修史事業は、この事
   業を引き継ぐかたちで始められた。
  1869年(明治2年)3月、和学講談所跡(現:千代田区
   六番町)に史料編輯国史校正局が開設された。
  1869年4月、明治天皇陛下は、三条実美に宸筆の勅書を
   下し、同局の総裁に任じた。
  1872年(明治5年)、太政官正院に歴史課が設けられた。
    ついで、修史局として内務省地誌課を合併し、修
   史館となった。
    内閣制度の成立とともに臨時修史局となった。
  1888年(明治21年)10月、帝国大学に国史科を創設す
   るに際して、修史事業は帝国大学に移管された。
    当初は、臨時編年史編纂掛と呼ばれた。
  1893年(明治26年)、編年史の形の編纂事業は停止さ
   れた。
    代わって、外国人教師ルートヴィヒ・リースの意
   見をいれて、蒐集した史料自体を編纂刊行すること
   となった。
  1895年(明治28年)、帝国大学文科大学に史料編纂掛
   が設置された。
  1901年(明治34年)最初の成果である『大日本史料』
   『大日本古文書』が発刊された。
  1906 年(明治39年)外務省から『幕末外国関係文書』
   編纂の事業を引き継いだ。
  1929年(昭和4年)現在の史料編纂所という名称になっ
   た。
  1949年(昭和24年)文部省から維新史料編纂事業を引
   き継いだ。。
  (東京大学史料編纂所・ホームページを参考にした)
.
  (今日の言葉)
.
  題:2016年の話・・、
    TPPについて・・他
   『アジアの成長を取り込む』・・これは『嘘』
.
2016年2月4日、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が
 署名された。
  この協定が論議された時、「グローバリズム」の議論
 が花盛りだった。
  これは、結局、大きな国が有利になる論理で、小さな
 国が大きな国に飲み込まれるという大国主義なのである。
  また、超巨大なアメリカの多国籍企業(ポンと大金を
 政治献金する企業)に都合の良い考え方である。
  因みに、巷(ちまた)の話的であるが・・、200億円を
 『好きに使いなさい』と選挙の時にポンと出す、つまり、
 アメリカの政治が、200億円で買える的な話も・・ある。
  国力の大きさに依拠して、その意思を対外的に押し通
 そうとする大国の行動様式なのである。
  その問題点に気付いたアメリカの方々が増えている。
  「拝金的な金の亡者」だけにはなりたくない・・と、
 また、「グローバリズム一点張り」ではないのだ・・と
 気付いたのだった。
  「アイデンティティが破壊されるではないか」・・と
 気付いたのだった。
  アメリカだって、その固有の国民性が崩壊する事に対
 し、当然、そうなって欲しくないと思っているのだと、
  家族を愛し、家族を大切にし、郷土を愛し、郷土を大
 切にし、愛国心を大切に思い、この様なアイデンティテ
 ィを大切にする、本来のナショナリズムを大切にする・
 ・その様な国でもあるのだ・・と、本来のナショナリズ
 ムを大切にする国なのだ・・と、その大切さが語られる
 国なのだ・・と・・、
  極限状態なら、特に、国を思う人たちの国なのだ・・
 と・・、
  日本の真珠湾攻撃を・・「奇襲だ」と嘘の話をでっち
 上げられて・・、
  参戦する事に、国論が急に沸き上がったアメリカのご
 とくだった・・、
  攻められたアメリカを思うアメリカ国民の方々だった。
  グローバリズムは、今までの歴史では・・、
  サイクル的に・・、
  湧きあがったり、低調になったりを・・繰り返して来
 た。
  ・・が、今、グローバリズムは、下り坂を・・下り始
 めている。
  郷土を愛し、国を愛し、家族を愛し、本来のナショナ
 リズムを大切にして行く方向へと・・流れは変わり・・
 流れている・・、
.
2016年2月4日、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が、
 署名された。
  日本でよく言われているTPPに加盟した場合、「ア
 ジアの成長を取り込める」というのは・・嘘である。
  参加国は・・、
  (1)アメリカ合衆国(14兆2646億ドル)(58.8%)、
  (2)日本(5兆4589億ドル)(22.5%)、
  (3)カナダ(1兆5109億ドル)(6.2%)、
  (4)メキシコ(1兆881億ドル)(4.5%)、
  (5)オーストラリア(1兆106億ドル)(4.2%)、
  (6)マレーシア(2222億ドル)(0.9%)、
  (7)シンガポール(1819億ドル)(0.7%)、
  (8)チリ(1695億ドル)(0.7%)、
  (9)ニュージーランド(1284億ドル)(0.5%)、
  (10)ペルー(1275億ドル)(0.5%)、
  (11)ベトナム(898億ドル)(0.4%)、
  (12)ブルネイ(145億ドル)(0.1%)、 
    計 24兆2669億ドル(100%)
  ()はGDPで大きい順に記した、単位:億ドル、
  TPPに加盟した場合、TPPがもたらす各国の経済成長率
 への影響には『ばらつきがある』。
  10年間で、経済成長率をどれだけ底上げするかについ
 ては、ラテンアメリカ諸国や東南アジア諸国では、10年
 間で2%以上の押し上げになる。
  (それでも単年度で見れば0.2~0.3%程度の押し上げで
 しかない)
  一方、日本やアメリカでは、何と・・TPPは、経済成長
 にマイナスに作用してしまうと予測されている。
  TPPに加盟してアジアの成長を取り込むという主張があ
 るが、日本やアメリカは、取り込むどころか取り込まれ
 てしまう。
  アメリカは独裁的だ。
  「民主主義を植え付けるのだ」と、戦争を始めた。
  「まったく、民主主義的ではない論理」を掲げて、民
 主主義と見せかけ、誤解させて、戦争を始めた・・、
  民主主義ではない民主主義の陰に隠れて、戦争を始め
 た・・、
  そして、強大な軍事力で、何も罪のない人々を殺戮し
 て行った。
  やっている事は、独裁的だった。
  独裁国家の行為だった。
  「関税が無いことが、良いのだ」という自分の都合の
 良い規則を、さも正しい様に言う(トランプ氏になって
 変わったが・・)
  「関税は、誰もが自由に決められる」という国際規約
 を間違いだという。
  「関税は、自由に決めてはいけないのだ」・・と、「0
 パーセントが良いのだ」と、関税を固定しようと主張し
 ている。
  そして、それを、他国に押し付けている。
  俺が言うのが正しいのだ・・と・・、
  「関税自主権を認めないアメリカ」となっている。
  独裁国家となっている。
  さらに、この独裁国家は、国際的に公表しなければな
 らない事を公表するなと言った。
  だから、国際社会に公表されたTPP資料は、「墨を
 塗りまくった真っ黒の史料だった」。
  結局、秘密だらけで、TPPは決めてしまおうという。
  アメリカという国は、今・現在でも、言いたい放題の
 国、やりたい放題の国・・自国の論理で・・、
  そして、結局、自分の言う事を聞かない国は敵国だと
 来る。
  キリスト教の最高の会議である公会議が、ローマ法王
 の出る公会議が、
  自分の言う事を反対したら「異端だ」と決めつけ、殺
 したり、追放したりしたが・・、
  その迫害と同じことをしている。
  今・現在、アメリカ大統領の二人の候補者の方々は、
 どちらも、「TPPに反対」だという。
  このことからも、甘利さんの頑張りが見えて来る。
  甘利さんの人材を失うは・・惜しい・・、
.
2016年11月20日、オバマ外交、寂しい最後。
  「リマ発」、オバマ米大統領は20日、アジア太平洋経
 済協力会議(APEC)首脳会議の一連の日程を終え、
 任期最後の外遊を締めくくった。(中略)
  「次期大統領に最も伝えたい事は、米国は世界秩序に
 欠くことの出来ない国家であるということだ」・・
  米国が超大国として担う特別な役割を強調した。
  ・・「力の行使」ではなく、「力の抑制」に重点を置
 いたところに特徴がある。
  「世界唯一の超大国が、進んでその力を抑制し、国際
 的に合意された行動規範に従ってこそ、これは従う価値
 のある規則なのだというメッセージを発する事が出来る」
  (中略)
  前任のブッシュ政権が、国際法上の正当性を曖昧にし
 たままイラクで軍事介入に踏み切り、それが国際秩序の
 混乱をもたらしたとの万感が根底にあった。
  (中略)
  トランプ氏の下で外交が内向きになるとの懸念が広が
 る。
  記者会見でオバマ大統領は、「世界の指導者と関われ
 ば国家の厳粛な責任に気付き、考え方の修正を迫られる」
 と願望の入り混じった思いを語った。
  (読売新聞、2016・11・22を参考にした)
.
2016年12月9日、この日の新聞、2題、アメリカ次期大統領
 トランプ氏が、フィリピンのドゥテルテ大統領に理解を
 示した、・・と、イギリス「EU離脱」を下院が動議可
 決した。
  前のトランプ氏の記事は、「麻薬対策を良くやってい
 る。今後も進めるべきだ」と、トランプ氏が、ドゥテル
 テ大統領を褒めた話。
  ドゥテルテ大統領は、「聖人になった気持ちだ」と喜
 んだという。
  そして、トランプ氏は、「関係を修復しよう」とドゥ
 テルテ大統領へ言った(電話会談)。
  後の記事のイギリスの件は、448対75の賛成多数でEU
 離脱を可決した。
  グローバリズムが、アメリカやNHK、キリスト教に
 よって意味なく美化されているが、
  キリスト教国・イタリアも、ポピュリズム(大衆迎合
 主義)の広がりで、経済が破綻(はたん)状況であると
 いう。
  不良債権を処理しないで放置で、根深い悪弊がはびこ
 っている状態だという。
  甘い話ばかりしないで、正業に就いて真面目に働きな
 さい。
  人を繰(く)って、甘い汁を吸おうという行為は止め
 よ。(読売新聞、2016.12.9を参考にした)
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive
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by suba28 | 2016-12-14 03:47 | 皆様とともに 幸せになりたい


はじめまして、ブログを始めさせていただきました


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