(増補版)410E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1885年1月~1885年3月)

題:(増補版)410E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1885年1月~1885年3月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
1885年2月2日、静岡県下85ヶ村の借金等農民1500人が、伊
 豆銀行や金貸業者を襲撃した。
  1884年に、繭価暴落などで、借金に悩んだ秩父の農民
 が、困民党を結成などして、金貸し業者などを襲撃した
 が、その様な流れの中に、この騒動もあった。
  松方財政に端を発する事件があった。
  しかし、詳細は調べ得ない。
1885年2月7日、軍隊と行きあった場合は右側通行となる(
 右肩の鉄砲との衝突を避けるため)
  因みに、日本の沖縄県が、第二次世界大戦後にアメリ
 カ軍の統治下に置かれた時、車の左側通行を変更させら
 れていた(対面交通の向きを変えさせられていた)。
1885年2月7日、岩崎弥太郎が没した。
  郵便汽船三菱の創設者の岩崎彌太郎が52歳で死去し、
  後に、弟の彌之助が、第2代社長に就任し、三菱社を
 設立した。
1885年2月7日、閣議で、対清交渉方針を決定した。
  これまで積極的に関与することを留めていた日本は、
 この年より方針を変えた。
  日本と連絡を取り合う安駉壽(あんけいじゅ)の言葉、
  「改革希望派の人には、三々五々相集りて相談を為せ
 ども、之を発する勇気の乏きと、之を引率する統領なき
 に苦めり」
  「何卒此上は、外兵の余威を借りて内部の改革を行う
 より外に手段なきに付、貴国は今暫く其兵を駐留せしめ
 られんこと内心希望せり」
1885年2月9日、日本鉱業会が設立された。
  「鉱業ノ進歩改良ヲ謀リ併セテ鉱業上ノ知識ヲ交換ス
 ル」(創立時の規約第1条)
  この学会は、日本最初の学会で、鉱山業に関する科学・
 技術上の問題のほかに、製鉄・製鋼技術の問題も扱った。
  規約にも、「事業ノ改良発達ヲ期スル」とあった。
  後に、1914年、日本鉄鋼協会が設立された。
1885年2月20日、朝鮮国正使・徐相雨らが来日し、天皇陛下
 に国書を奉呈した。
  朝鮮は、1876年~1885年まで、6回の使節団/視察団を
 日本に送っていた。
  それは、公式であり、また、非公式であり、
  修信使、および、朝士として、多彩な人物が、明治維
 新後の日本の変化を探索しようとした。
  その朝鮮の使節は、日本の近代的文物や制度、そして、
 開港後の姿を使行録に詳しく記録した。
  近代化の受容を強いられた朝鮮事情、朝鮮のの対応を
 現していた。
  そして、この時の使行は、1885年2月5日~1885年4月3
 日までの旅程で、
  日本に留まった期間は1ヶ月と20日だった。
  第5次修信使という、この使節団の目的は、外交的交渉
 ではなく、漢城條約の条項であった「国書を持って日本
 に謝意を表明するため」新しく派遣されるという形で、
 全権大使の徐相雨に、欽差大臣という肩書きをもって出
 発させた。
  徐相雨、穆麟徳、朴戴陽以外にも、日本語通事、中国
 語通事、従人3名が同行し、
  正使と副使、そして、従事官の3使体裁を揃えた使節だ
 った。
  この正使と副使が、それぞれ 從二品の高官に任命され
 て国王の国書を奉呈するためだったという点では、
  修信使という名称を使わなかったとしても、以前の修
 信使行のような威容を誇っていたと言える。
  何よりも、彼らは、刻々と新しく生まれ変りつつある
 日本の現実を、実際に目にしたのだった。
  いわゆる文明開化であり、西洋化であり、機械化であ
 って、
  当時の修信使たちは、その社会と制度の変化一つ一つ
 に対し、目を見張った。
  (李孝庭氏の論文より抜書き構成した)
1885年2月20日、農商務省水産局を設置した。
  農商務省(のうしょうむしょう)は、1881年4月に設置
 された農林、商工行政を司った中央官庁だった。
  農林・水産・商業・工業・鉱業などの産業行政一切を
 担当した。
  明治政府は、日本産業の資本主義化を達成するため、
 殖産興業政策をその課題に掲げ、
  農商工の各分野で行政指導を進めた。
  欧米の機械制工場制度の移植や鉄道、電信の導入など
 を促進した工部省(1870設立)、
  農政を所管した内務省(1873創設)、
  さらに、大蔵省が、当時の産業振興の重要な部門であ
 った。
  工部省中心の移植産業政策と、内務省中心の在来農業
 の資本主義化政策は、1870年代に、めまぐるしい機構の
 改廃、統合を重ねる過程で、相互に補完しあいながら、
 資本主義育成策の重要な部分をなした。
  1885年の内閣制成立とともに、工部省が廃止されて、
 農商務省が、唯一の産業主務官庁となり、
  駅逓(えきてい)事業は、逓信省に分離した。
1885年2月24日、伊藤博文を、対清交渉全権大使に任命した。
  参議・伊藤博文を、特派全権大使として清国へ差遣(
 さけん、公の使者として派遣すること)する。
  西郷従道と井上馨が、これに従った。
  朝鮮で起きた甲申政変の事後処理のため清に派遣され
 た。
1885年2月24日、内務省が、国道表を告示した。
  本年一月太政官第壹號ヲ以テ國道之儀布達相成候ニ付
 該線路別表之通相定候條此旨告示候事
              内 務 卿伯爵・山縣有朋
  路線中前號路線ト相通用スヘキ者(例ヘハ第貳號東京
 ヨリ大坂港ニ達スル路線中其神奈川驛迄ハ第壹號東京ヨ
 リ橫濱港ニ達スル路線ト同線ナル如キ類)ハ之ヲ略シ其
 番號ヲ記ス(以下略)
  國道表
  壹號:東京ヨリ橫濱ニ達スル路線
  驛名:日本橋、管轄名:東京府、國名:武藏、
  驛名:品川、 管轄名:東京府、國名:武藏、(以下略)
  貳號:東京ヨリ大坂港ニ達スル路線
  驛名:神奈川、管轄名:神奈川縣、國名:武藏、
  驛名:保土ケ谷、管轄名:神奈川縣、國名:武藏、
                      (以下略)
  三號:東京ヨリ神戸港ニ達スル路線 (以下略)
  四號:東京ヨリ長崎港ニ達スル路線 (以下略)
  五號:東京ヨリ新潟港ニ達スル路線 (以下略)
  六號:東京ヨリ函館港ニ達スル路線 (以下略)
  二十六號:大坂府ト廣島鎭臺トヲ拘聯スル路線
  驛名:大坂、管轄名:大坂府、國名:攝津、
  驛名:尼崎、管轄名:兵庫縣、國名 攝津(以下略)
  四十四號:東京ヨリ沖繩縣ニ達スル路線
  驛名:山家、管轄名:福岡縣、國名:筑前、
  驛名:鹿兒島、管轄名:鹿兒島縣、國名:薩摩
  驛名:那覇、管轄名:沖繩縣、國名:琉球(以上)
1885年2月、硯友社(けんゆうしゃ)の結成
  大学予備門 (のちの第一高等学校) の学生・尾崎紅葉、
 山田美妙、石橋思案と、高等商業学校の丸山九華らの4人
 が、文学結社の「硯友社」を結成した。
  当時流行の政治小説に対し、芸術主義を標榜(ひょうぼ
 う、主義・主張などをはっきりと掲げ示すこと)した。
  そして、1885年5月に、機関誌『我楽多 (がらくた) 文
 庫』を発行した。
  巌谷小波(いわやさざなみ)、広津柳浪、川上眉山、泉
 鏡花、小栗風葉らが、前後して加わり、
  たちまち明治文壇の一大結社となり、明治20年代の文
 壇の主流となった。
1885年2月、麻疹が大流行する。
  麻疹(はしか)は、小児に多い発疹性(ほっしんせい)
 の急性感染症で、学校感染症の一つである。
  感染症予防法の5類感染症の一つ。
  厚生労働省のホームページには(抜書き構成した)・・、
  麻しんは、麻しんウイルスによって引き起こされる急
 性の全身感染症で、
  麻しんウイルスの感染経路は、空気感染、飛沫感染、
 接触感染で、その感染力は非常に強く・・、
  免疫を持っていない人が感染すると、ほぼ100%発症し、
 一度感染して発症すると、一生免疫が持続すると言われ
 ている。
  また、麻しんウイルスは、ヒトからヒトへ感染すると
 言われ・・、
  感染すると、約10日後に、発熱や咳、鼻水といった風
 邪のような症状が現れる。
  2~3日、熱が続いた後、39℃以上の高熱と発疹が出現
 して、肺炎、中耳炎を合併しやすく、患者1000人に1人の
 割合で脳炎が発症すると言われている。
  死亡割合も、先進国でも、1000人に1人と言われている。
  近年は、ワクチンの2回接種が行われ、麻しんに感染す
 る人数は減っている。
1885年3月1日、赤羽~品川間の鉄道開通(官私営鉄道の最
 初)
  品川線開通:日本鉄道の品川線(品川~新宿~赤羽間)
 が開通し、新橋~赤羽間直通旅客列車の運転を開始した。
  現在の山手線の前身。
  板橋駅、内藤新宿駅(現=新宿駅)、渋谷駅が開業。
  1887年に新宿駅に改称。
1885年3月9日、初めて電話機・電燈が輸入された(エジソ
 ンが電話機と白熱電燈26個を工部大学に寄贈)
1885年3月16日、福沢諭吉が、時事新報に「脱亜論」を発表
 した。
  初出:『時事新報』1885年3月16日
  内容:(前略)・・近代西洋文明がわが日本に入った
 のは、嘉永の開国を発端とする。
  国民はようやくそれを採用するべきことを知り、しだ
 いに活発の気風が生じたものの、進歩の道に横たわる老
 害の幕府というものがあり、これはいかんともできなか
 った。 
  幕府を保存しようとすると、文明は決して入ってくる
 ことができない。
  なぜかといえば近代文明は日本の旧体制と両立するも
 のではなく、旧体制を改革すれば、同時に幕府も滅亡し
 てしまうからである。
  だからといって、文明をふせいてその侵入を止めよう
 とすれば、日本国の独立は維持できなかった。
  なぜならば、世界文明の慌しい情勢は、東洋の孤島の
 眠りを許すものではなかったからだ。 
  ここにおいて、わが日本の人士は、国を重く、幕府を
 軽いとする大義に基づき、また、さいわいに神聖なる皇室
 の尊厳によって、断固として旧幕府を倒し、新政府を立
 てた。
  政府も民間も区別なく、国中がいっさい万事、西洋近
 代文明を採り、ただ日本の旧法を改革したばかりではな
 い。
  アジア全域の中にあって、一つの新機軸を確立し、主
 義とするのはただ、脱亜の二字にあるのみである。
  わが日本の国土はアジアの東端に位置するのであるが、
 国民の精神は既にアジアの旧習を脱し、西洋の文明に移
 っている。
  しかしここに不幸なのは、隣国があり、その一を支那
 といい、一を朝鮮という。
  この二国の人民も古来、アジア流の政治・宗教・風俗
 に養われてきたことは、わが日本国民と異ならないので
 ある。
  だが人種の由来が特別なのか、または同様の政治・宗
 教・風俗のなかにいながら、遺伝した教育に違うものが
 あるためか、日・支・韓の三国を並べれば、日本に比べ
 れば支那・韓国はよほど似ているのである。
  この二国の者たちは、自分の身の上についても、また
 自分の国に関しても、改革や進歩の道を知らない。
  交通便利な世の中にあっては、文明の物ごとを見聞き
 しないわけではないが、耳や目の見聞は心を動かすこと
 にならず、その古くさい慣習にしがみつくありさまは、
 百千年の昔とおなじである。
  現在の、文明日に日に新たな活劇の場に、教育を論じ
 れば儒教主義といい、学校で教えるべきは仁義礼智とい
 い、一から十まで外見の虚飾ばかりにこだわり、実際に
 おいては真理や原則をわきまえることがない。
  そればかりか、道徳さえ地を掃いたように消えはてて
 残酷破廉恥を極め、なお傲然として自省の念など持たな
 い者のようだ。
  筆者からこの二国をみれば、今の文明東進の情勢の中
 にあっては、とても独立を維持する道はない。
  幸い国の中に志士が現れ、国の開明進歩の手始めに、
 われらの明治維新のような政府の大改革を企て、政治を
 改めるとともに人心を一新するような活動があれば、そ
 れはまた別である。
  もしそうならない場合は、今より数年たたぬうちに亡
 国となり、その国土は世界の文明諸国に分割されること
 は、一点の疑いもない。
  なぜならば、麻疹と同じ文明開化の流行に遭いながら、
 支那・韓国の両国は伝染の自然法則に背き、無理にこれ
 を避けようとして室内に閉じこもり、空気の流通を遮断
 して、窒息しているからだ。
  「輔車唇歯」とは隣国が相互に援助しあう喩えである
 が、今の支那朝鮮はわが日本のために髪一本ほどの役に
 も立たない。
  のみならず、西洋文明人の眼から見れば、三国が地理
 的に近接しているため、時には三国を同一視し、支那・
 韓国の評価で、わが日本を判断するということもありえ
 るのだ。
  例えば、支那、朝鮮の政府が昔どおり専制で、法律は
 信頼できなければ、西洋の人は、日本もまた無法律の国
 かと疑うだろう。
  支那、朝鮮の人が迷信深く、科学の何かを知らなけれ
 ば、西洋の学者は日本もまた陰陽五行の国かと思うに違
 いない。
  支那人が卑屈で恥を知らなければ、日本人の義侠もそ
 の影に隠れ、朝鮮国に残酷な刑罰があれば、日本人もま
 た無情と推量されるのだ。
  事例をかぞえれば、枚挙にいとまがない。
  喩えるならば、軒を並べたある村や町内の者たちが、
 愚かで無法、しかも残忍で無情なときは、たまたまその
 町村内の、ある家の人が正当に振るまおうと注意しても、
 他人の悪行に隠れて埋没するようなものだ。
  その影響が現実にあらわれ、間接にわが外交上の障害
 となっていることは実に少なくなく、わが日本国の一大
 不幸というべきである。
  そうであるから、現在の戦略を考えるに、わが国は隣
 国の開明を待ち、共にアジアを発展させる猶予はないの
 である。
  むしろ、その仲間から脱出し、西洋の文明国と進退を
 ともにし、その支那、朝鮮に接する方法も、隣国だから
 と特別の配慮をすることなく、まさに西洋人がこれに接
 するように処置すべきである。
  悪友と親しく交わる者も、また悪名を免れない。
  筆者は心の中で、東アジアの悪友を謝絶するものであ
 る。
.
  (今日の言葉)
.
  題:キリスト教の大罪が、後々までも続いて行く事が
    悔しい。
.
2016年8月3日、リオ・オリンピック(ブラジルのリオデジ
 ャネイロ・オリンピック、~2016年8月21日)を見ている
 と、気になることがある。
  色々な方たちが頑張っている。
  日本の選手の方々も本当によく頑張った。
  選手の方々の一人一人に血のにじむ努力があり、ドラ
 マがあり・・、
  メダルをとれた人、残念だったがもう少しで手に届い
 た人、頑張ったが残念だった人などと・・、
  悔しくもある人、喜びの中にある人・・、
  そこにある色々な一人一人のドラマに涙した。
  色々な国々の若い選手たちが、頑張っている姿を見せ
 ている。
  色々な国々、色々な民族の方々、そのそれぞれに、美
 しいドラマが、やはり、あるのだろう。
  感動と涙があるのだろう。
  しかし、何か気になることがある。
  どうしても変だなと感じる事がある。
  あの民族の祭典と言われるオリンピックに、インディ
 オの方々が、また、インディアンの方々が・・、
  オリンピックという民族の祭典に・・、
  このインディオの方々や、インディアンの方々の姿が
 見かけられないのだ。
  スペイン・ポルトガル・イギリス・アメリカ合衆国・
 カナダ・オーストラリアに殺戮された民族・・、
  インディオの方々や、インディアンの方々などの民族
 の方々の姿が見られないのだ。
  イギリス・オーストラリアに殺戮されたアボリジニの
 方々の姿が見かけられないのだ。
  殺戮されなかったら、インディオの方々も、また、ア
 メリカ・インディアンの方々も、
  そして、アボリジニの方々も・・、
  このリオ・オリンピックに、他の民族の方々に交じっ
 て、感動のドラマを演じて居られただろう。
  そこにも感動のドラマや、感動の涙があったのだろう
 と思う。
  殺され、そして、少なくされた民族の、残された方々
 が・・、
  悔しさの中で、この民族の祭典・リオ・オリンピック
 を見ているのだろうと思う。
  キリスト教の教義に繰られ、洗脳され、マインド・コ
 ントロールされた「悪辣な者ども」によって、抹殺され
 た民族の、リオ・オリンピックに出場していただろう人々、
 出場していただろうなという影の姿・負の姿の民族の方々
 が、影の形で、負の形で見えて来る。
  また、残された民族の方々も、この様に見ているのだ
 ろうなという・・残され少数になってしまった民族の方々
 の姿も見えてくる。
  悔しさを噛みしめながら、無念の気持ちの中で、見て
 いる方々が居られる姿が見えて来る。
  今、残されて、少数になったインディオの方々や、イ
 ンディアンの方々などで・・、
  特に、若い方たちに、自殺が多い状態となっているこ
 とが悲しい。
  民族の行く末に、希望が持てなくなっているのだとい
 う。
  キリスト教の大罪が、後々までも続いて行く事が悔し
 い。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive
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by suba28 | 2016-08-29 04:48 | 皆様とともに 幸せになりたい


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