(増補版)363E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1880年7月~1880年11月)

題:(増補版)363E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1880年7月~1880年11月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
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1880年8月5日、「海員掖済会(えきさいかい)」の設立。
  前島密ほか、明治政府の要人や海運界首脳の約50名が
 発起人となり「海員掖済会」が設立され、
  わが国海運の振興を図るためや、海員に対する福利厚
 生が目的とされた。
  掖済の「掖」は、「たすける、よい方へ導く」、「済」
 は、「たすける、救う」の意。
  1881年(明治14年)6月、東京府南品川の心海寺の一部
 を借り受け、「海員寄宿所」を開設。
  実質的な事業の開始となる。
  海員の寄宿と、乗船の斡旋事業を開始した。
  高等海員養成所を併設し、高等海員の養成も着手した。
  後に、横浜、大阪、神戸、長崎と、相次いで海員寄宿
 所を設け、主要な港に配置し終えた。
  1886年(明治20年)3月、有栖川宮威仁親王を本会総裁
 に迎え、会名を「日本海員掖済会」と改称した。
  1898年(明治31年)10月20日、民法施行法の規定によ
 り社団法人の認可を受け、法人登記第1号となった(10
 月27日説あり)
  掖済会は、民法施行前からの独立の財産を有する社団
 として、民法施行法の規定により第1号になった。
  後に、海員に対する宿泊、職業紹介や、海員の養成、
 表彰、援護、医療等、海員の福利厚生に関する事業を網
 羅的に行なった。
1880年8月7日、新潟の大火(約5500戸焼失)
  新潟大川前通りで大火。焼失6200戸。
1880年8月8日、柏崎で大火。焼失2700戸。
1880年8月18日、日清両代表が、琉球事件を商議(協議)
 する。
  日本は、「琉球は日本に属し、中国が主張する琉球と
 の朝貢関係は属国関係とは言えない」と説明した。
  また、「琉球が、元来日本に属している」ことを説明
 した。
  江戸時代に朝鮮通信使というものがあった。
  これは、正式名称を「朝鮮聘礼使」と言う。
  聘礼(へいれい)は、結納のような贈り物を意味する。
  「朝貢(ちょうこう)」も「外国の使者などが貢物を
 差し出すこと」の意味で、これを属国関係とは、到底、
 言えない。
  この件は、後に、不幸にして起きた日清戦争で、
  日本と清国は、その条約において、朝鮮は完全な独立
 自主の国であると確認され、
  そして、この朝鮮も含め、また、台湾(日本のものと
 なる)も含めて、すべてが完全決着した。
  そして、台湾の方々を、日本人と見なすことも確認さ
 れ、条約が調印された。
1880年8月24日、三條西季知(さんじょうにしすえとも、公
 卿)が没した(70歳)
  幕末に、尊王攘夷派として活躍し、8月18日の政変で、
 七卿落ちの一人として、三条実美らと長州へ西走した。
  明治天皇陛下の侍従となる。
1880年8月28日、バイオリンの初国産
  東京・深川の楽器職人・松永定次郎が、初の国産バイ
 オリンを制作した。
  お茶の水のニコライ堂の楽士・デミチリーが持つバイ
 オリンを研究した末の作。
  後に、提琴(ていきん)と呼ばれ、上流階級の子女が
 習い、広まった。
1880年8月31日、エジソンの白熱電燈に特許権
1880年8月、東京・京橋に専修学校(現=専修大学)が開校
 (9月16日説あり)
  簿記夜学講習校(京橋区南鍋町)の仮校舎で挙行され
 たこの日を、専修大学の創立記念日とした。
  「明治13年(1880年)9月に、京橋区木挽町にあった明
 治会堂において開学しました」との挨拶の言葉もある。
1880年9月12日、東京・神田に東京法学社(現=法政大学)
 が開校(4月説あり、また、1881年5月説あり)
  また、東京法学校(とうきょうほうがっこう)は、
 1881年(明治14年)5月、東京法学社を母体として、薩埵
 正邦らにより東京府に設立された私立法律学校。
  現在の法政大学の前身である」・・の、説明文もある。
1880年9月15日、最初の美術学校、京都府画学校創立(現在
 の京都市立芸術大学)
  以下の説明文がある・・、
  「美術学部は、1880年(明治13年)に創設の京都府の
 画学校が起源。
  6月に、太政大臣三条実美により「日本最初京都画学校」
 と命名され、
  7月に、京都御苑内の旧准后里御殿仮校舎で開校式が行
 われた」。
1880年9月1日、『信濃毎日新報(しなのまいにちしんぽう
 )』が創刊した。
  「信濃毎日新報は、1880年9月1日~1881年5月25日まで
 刊行されていた地方新聞で、信濃毎日新聞の前身の一つ
 である」との説明文がある。
1880年10月8日、小笠原諸島が、東京府に編入された。
  1880年(明治13年)10月8日、内務省から小笠原諸島を
 引継ぎ、
  同年・1880年10月28日に、出張所を設置した。
1880年10月22日、新聞・雑誌の処分
  政治的取締りのほか、風俗を壊乱(かいらん、秩序・
 風俗などを乱すこと)の新聞・雑誌も、発行禁止・停止
 の行政処分を行う事が決められた。
1880年10月25日、「君が代」が完成。
  「君が代」に曲がつけられる。
  司馬遼太郎の本「坂の上の雲(鎮海湾)」に・・、
  「三笠の乗組を構成しているなかで、軍楽隊というグ
 ループがある。(中略)
  航海中、軍楽隊としての日常的な任務が毎日二度あっ
 た。
  軍艦旗が午前八時にあげられ、日没時におろされる。
  そのつど軍楽隊は「君が代」を演奏するのである。
  あとは水兵と一緒に甲板をかけまわって訓練をうけた」
 ・・と。
  「君が代」は、英国人フェントンが、国歌の必要を説
 いた。
  そして、薩摩琵琶歌『蓬莱山』中から歌詞が採用され、
 作曲を試みたが、
  海軍から、相応しい楽曲でないとされた。
  そして、11月に至って、宮内省による曲が演奏された。
1880年11月3日、天長節御宴会において、海軍省から「君が
 代」作曲の委嘱をうけていた宮内省は、雅楽課の林広守
 の旋律を採用し、初演奏を行った。
  そして、この旋律は、ドイツ人音楽教師・エッケルト
 が和声を付し編曲して、海軍省軍楽稽古場で初めて試演
 されていた。
  1885年に制定され、「陸海軍喇叭(ラッパ)吹奏歌」
 の第一号に定められた。
  1888年には、吹奏楽譜が、海軍省から諸外国へ「大日
 本礼式」として送付した。
  1893年8月、文部省も、小学校の祝日大祭日唱歌の一つ
 として定めた。
  1890年代は、「君が代」を国歌と見なし、
  昭和の初期に至って、国歌となった。
  天長節前の10月30日に、宮内省雅楽課の林広守が編曲
 した「君が代」が採用されていた。
  君が代の歌詞が採用された『薩摩琵琶歌大全』には・・、
  めでたやな、君が恵みは久方の、光り長閑き春の日に、
 不老門を立出で、四方の景色を詠むれば、
 峰の小松に雛鶴(ひなづる)棲みて、谷の小川に亀遊ぶ、
  君が代は、千代に八千代にさざれ石の、巌となりて苔
 のむすまで、
 命長らへて、雨塊を破らず、風枝を鳴らさじと、いへば
 また、
  尭舜(ぎょうしゅん、徳をもって理想的な仁政を行な
 い、後世の帝王の模範とされた中国古代の伝説上の王)
 の御代も斯あらむ、
  かほと治まる御代なれば、千草萬木花咲き実のり、
 五穀は國にみちみちて上には金殿桜閣甍(いらか、家の
 上棟)をならべ、
  下には民の竈(かま、煮炊きをするところ)賑ひて賑
 ひて、仁義正しき御代の春、
  蓬莱山(ほうらいさん、中国、古代における想像上の
 神山、仙人が住み、不死の薬をつくっており、宮殿は金
 玉、白色の鳥獣がおり、玉の木が生えているという)と
 は是とかや、君が代の、千とせの松も常盤色、
  かはらぬ御代のためしには、天長地久(てんちょうち
 きゅう、天地が永久に不変であるように、物事がいつま
 でも変わらずに続くこと)と、
  国も豊に治まりて、弓は袋に、剣は箱に蔵め置く(戦
 争もまったくなく)、
  諌鼓苔深ふして(君主の善政により諌鼓を鳴らす必要
 がなくて苔が生えるほど、世の中がよく治まっているた
 とえ)、鳥もなかなか驚くやうぞ無かりける
1880年11月5日、「工場払下概則(こうじょうはらいさげ
 がいそく)」が制定される。
  官営工場払下概則:官営模範工場の払い下げ。
  この日に、布達された太政官(だじょうかん)布告(第
 48号)で、当時、政府が官営の鉱山、工場を民間に払い
 下げる契機となった法令。
  1870年代なかば以降、資本主義育成のための殖産興業
 政策が展開される過程で、
  財政節減と、民間産業奨励のため、政府は、それまで
 官営であった諸施設を、民間へ払い下げることを決定し
 た。
  しかし、営業資本の即時納入を前提とするなど、その
 条件が厳しかったため、払受け希望者がきわめて少なか
 った。
  その結果、同法令は、4年後に廃止され、
  以後、官営事業の民間払下げは、個別の事例ごとに承
 認される形をとった。
  また、西南戦争の戦費がかさんだため、その戦費をま
 かなうため、余儀なくされた予備紙幣の繰替発行(2700万
 円)と、第十五国立銀行からの借入れ(1500万円)は、流通
 紙幣量を一挙に増加させた。
  そして、その為、インフレーションが促進させた。
  そのため政府は、1880年秋から、政府紙幣の整理に本
 格的に取り組み、
  増税や、一部経費の府県への振替えなどによって、歳
 出余剰の捻出に努めるとともに、
  別に「工場払下概則」を定め(11月5日)、「工業勧誘ノ
 為メ政府ニ於テ設置シタル工場」を、漸次、民間に払い
 下げることになった。
  これにともなって、1881年4月、農商管理事務の統一の
 ため農商務省が設置され、内務省所管の直営事業所をす
 べて引き継いだ。
1880年11月10日 東京馬車鉄道(とうきょうばしゃてつどう)
 の設立が認可された。
  東京馬車鉄道は、日本初の馬車鉄道であるとともに、
 日本初の私鉄でもある。
  1880年2月13日に、発起人:種田誠一他3人が、松田道
 之東京府知事に敷設願を提出し、そして、設立された。
  予定する馬180頭と、馬車30両を、収容可能な車庫兼厩
 舎を設備する土地を用立てるのが容易ではなかった。
  出願した路線は三路線で、
  (1)新橋停車場(後の汐留駅)~新橋、京橋、日本橋、
 昌平橋、御成り通り~上野公園(後の上野恩賜公園)、
 下谷広徳寺前を抜け、浅草広小路(現:雷門通り)へ達
 する甲路線と、
  (2)甲路線と並行区間(新橋停車場~本町三丁目)か
 ら分岐し大伝馬町通り、浅草橋を経て、御蔵前通りを右
 折、浅草橋に至り蔵前、浅草広小路の乙路線と、
  (3)新橋停車場~新橋、乙路線と並行区間から右折し
 京橋~炭屋橋を越え、日本橋東仲通り出て、江戸橋~伊
 勢町河岸通り~馬喰町通りを右折、浅草橋に至り乙路線
 と並行・合流する丙路線・・の三つの路線が開業路線だ
 った。
  営業開始は、1882年(明治15年)6月25日に、新橋と日
 本橋の間を結んで営業が開始された。
1880年11月10日 国会期成同盟・第ニ回大会開かれる。
  國會期成同盟 第2回大会が、東京の元愛国社支社で開
 かれた。
  2府22県から各地の政治結社を代表する64人が参加し、
 国会開設請願を求める約13万人の署名が集まった。
  この大会で、議長に河野広中が選ばれ、
  そして、
  (1)運動で弾圧を受けた者や、その家族を扶助する
 ことを規定した「遭変者扶助法」が定められた。
  (2)合議書が制定されて、国会期成同盟の名称を「大
 日本国会期成有志公会」と改称する事、
  (3)本部を東京西紺屋町に置く事、
  (4)次回大会までに、各々の政治結社が、憲法私案
 (私擬憲法)を作成して持ち寄る事、
  (5)国会開設が実現するまで会を解散しない事・・な
 どが決まった。
1880年11月28日、幌内鉄道・手宮~札幌間が開通した。
  北海道鉄道の始まり。
  北海道最初の鉄道開通(小樽手宮駅より起工し、札幌
 間までが開通した)
1880年11月、大阪商業講習所(現・大阪市立大学)が創設
 された。
  五代友厚らによって、大阪府に開設された商業教育機
 関で、
  この商業講習所の開設のきっかけとなったのは、福沢
 諭吉門下で、慶應義塾に学んだ加藤政之助による新聞論
 説であった。
  彼は、1879年8月、編集主幹を務める『大坂新報』紙上
 に社説を掲載し、
  全国の商業の中心として栄える大阪に、なぜ商法学校
 がないのか・・という問題提起を行った。
  同紙の経営者であり、大阪商法会議所(現・大阪商工
 会議所)の初代会頭でもあった五代友厚は、
  加藤の提起に応え、加藤および門田三郎兵衛(豪商)・
 桐原捨三(福沢門下のジャーナリスト)の3名を、仮創立
 事務委員とし、自らは創立員代表として、商業講習所の
 開設準備を進めていた。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive
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by suba28 | 2016-06-08 03:50 | 皆様とともに 幸せになりたい


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