(増補版)340E1/3:気になった事柄を集めた年表(1877年1月~1877年1月)

題:(増補版)340E1/3:気になった事柄を集めた年表(1877年1月~1877年1月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
1877年(明治9年~明治10年)出来事:
・西南の役において、佐野常民(さのつねたみ、政治家、
 赤十字事業の創始者)が、博愛社を起こした。
  1887年(明治20年)5月に、博愛社は、日本赤十字社と
 改称した。
  万国赤十字社にも加入した。
  1887年9月29日に、ドイツで開催された万国赤十字社大
 会に、森鴎外が日本の代表として出席した。
  因みに、佐野常民は、日本人による最初の蒸気車・蒸
 気船の模型を作り走らせた。
  また、枢密顧問官・第一次松方内閣の農商務省を歴任
 し、また、龍池会(後の日本美術協会)を結成して、美
 術工芸の発展にも寄与している。
・上野彦馬(うえのひこま、写真家)が、長崎県の北島秀
 朝県令を通じ、新政府軍から戦場写真の撮影を依頼され
 た。
  門人2人を連れて、西南戦争に従軍した。
  21日間にわたり、暗箱を人夫8人に担がせ、転々として
 戦場を駆け巡り、4つ切り記録写真を69枚を残した。
  因みに、上野は、日本で初めて銀板写真法(ダゲレオ
 タイプ)を輸入し、島津斉興を撮影したと言われている。
・西南戦争が勃発し、記者の犬養毅が「郵便報知新聞」に
 従軍ルポ「戦地直報」を掲載し、また、
  福地源一郎(東京日日新聞)、犬養毅(郵便報知新聞)の
 従軍記事は人気を博した。
  1881年(明治14年)に、矢野龍渓は、大隈重信と共に
 報知社を買い、犬養毅・尾崎行雄らが入社し、立憲改進
 党の機関紙となった。
  記者だった原敬は、反発して退社した。
・東京警視本署が内務省へ移管した。
  東京警視本署が、内務省警視局に主幹事務が移され、
 内務省の一部局となった。
  設置(1874年)、再設置(1881年)
・急速に発展する日本、
  中国の文人で、外交官の黄遵憲(こうじゅんけん)が、
 駐日公使の随行員として東京に赴任して、巡査が鉛筆で
 手帳に何か書きためている事や、
  タバコ屋の店番をしている女の子が、新聞を読んでい
 るのを見て、こんな事は中国ではありえない、ハイカラ
 な事だと驚嘆した。
  明治も10年も経つと、西洋化が町の中に入って来てい
 る。
  ペリーの来航から維新までの変化が、非常に速やかで
 あったが、維新から西南戦争を経た15年位までの変化も
 急速だった。
  因みに、黄遵憲は、詩人でもあり、日本研究家でもあ
 った。
  また、黄遵憲は、アメリカ合衆国の中国人排斥が酷い
 ため、この解決に、サンフランシスコ総領事として奔走
 してもいる(1882年)。
  著作に、「日本国志」「日本雑事詩」「人境廬詩草(じ
 んきょうろしそう)」などがある。
1877年、データ:
・日本の総人口、35,870,000人
1877年、経済:
・紙幣乱発で、物価が高騰した。
  不換紙幣の乱発でインフレを招いた。
  米1石が5円を超えた、そして、1881年には、15円のそ
 の3倍を超えた。
  原因に、西南戦争の戦費の為だった。
  イギリスは、日本の外債募集案に喜んで貸すと言い、
 エジプトは外債の利子が払えずに、イギリスに、スエズ
 運河を取られていた。
  また、チュニジアは、金が返せず、国を獲られた(フ
 ランスに、これを理由に併合された)
  この様な危険な因子を含んだ外債だった。
  日本は、1882年に、お金の発券権を持っていた国立銀
 行から、日本銀行を設立して、発券銀行とした。
  そして、1885年に、銀兌換の日銀券を発行し、
  1886年から兌換開始し、銀本位制とした。
  インフレは収束して、政府財政も好転して行った。
・租税総額に占める地方税の割合…27.4%
1877年、物価:
・米価:1石=5円61銭
・国産ビール…16銭/本
・西洋料理…スープ8銭5厘、牛肉鳥類8銭5厘、
・ライスカレー12銭5厘、
・コーヒー2銭、
・パン2銭、
1877年、本:
・1877年3月10日、「頴才新誌(えいさいしんし)」 創刊。
  《団々(まるまる)珍聞》《芳譚雑誌》のように、投
 書を重視する雑誌が多かった明治初期に、
  小学校生徒の作文を中心にした青少年の本格的な投書
 専門誌として出発した。
  投書内容は、修身や立身出世を扱った教科書風の紋切
 型が多かったが、しだいに文学色を濃くして行った。
  尾崎紅葉、大町桂月、田山花袋らの明治の文学者の多
 くが、本誌の愛読者・投稿者であり、
  文学愛好の青少年に、投稿を習慣づけることによって、
 明治文学の基盤づくりに寄与した。
・1877年8月、文部省編 「日本教育史略」
  日本の教育史学の発祥を象徴する書で、後に、府県師
 範学校の教科書となった。
  日本における最初の教育史。
・田口卯吉著 「日本開化小史(にほんかいかしょうし)」
  古代~江戸幕府終末までを、貨財の生産組織を基礎と
 する社会発展の過程を体系的に述べたもので、
  イギリスやフランスの文明史観を吸収して、独自の見
 解を示した。
  日本近代歴史学の記念すべき著作となっている。
・「馬爾去斯氏人口論要略」(著:マルサス/抄訳:大島貞益)
・「民約論」(著:ルソー/訳:服部徳)
1877年、美術:
•『鮭』(高橋由一)
1877年、流行・世相:
・東京で牛肉屋が激増した。
  1877年の東京における牛鍋屋は、550件を超えるほどあ
 ったという。
  また、朝野新聞・1877年11月8日の記事に、東京府内の
 牛肉屋の数488とある。
・大阪では紺木綿(こんもめん)が払底 → 西南戦争の
 兵士の紺足袋5万足、紺脚絆1万足を調製したため。
・熊本縣 → 西南戦争余波の農民騒動 31件。
  「この年、熊本はじめ諸県で農民騒動47件」の史料も
 ある。
  この騒動の原因は・・、
  政府の西南戦争の戦費は4100万円にのぼり、
  当時の税収4800万円のほとんどを使い果たすほど莫大
 になった。
  政府は、戦費調達のため不換紙幣を乱発し(→国立銀
 行)、インフレーションが発生した。
  このため、のちの大蔵卿・松方正義は、増税、官営企
 業の払い下げ、通貨整理を行って、兌換紙幣発行に漕ぎ
 付け、通貨の信用回復により、日本が欧米列強に並ぶ近
 代国家になる下地が作られた。
  しかし、この過程で、松方デフレが発生し、
  農民の小作化が進んで(小作農率の全国平均38%→47%)、
 大地主が発生した。
  また、小作を続けられないほど困窮した農民は、破産
 して、都市に流入した。
  そして、官営企業の払い下げで発生した財閥が経営す
 る工場で、低賃金労働者となった。
  都市部の貧困層が拡大した。
  また、財政難となった国は、「原則国有」としていた
 鉄道の建設が困難になり、
  代わって私有資本による鉄道建設が進んだ。
  西南戦争は、士族の特権確保という所期の目的を達成
 出来なかったばかりか、
  政府の財政危機を惹起させて、インフレ、そして、デ
 フレをもたらし、
  当時の国民の多くを占める農民をも没落させ、
  プロレタリアートを増加させた(農民の労働者化)。
  その一方で、一部の大地主や財閥が資本を蓄積し、そ
 の中から初期資本家が現れる契機となった。
  結果、資本集中により、民間の大規模投資が可能にな
 って日本の近代化を進めることになったが、貧富の格差
 は拡大した。
・東京で揚弓(ようきゅう)が大繁盛 → 風紀壊乱のた
 め取締を強化した。
  矢を拾う女性との風紀が乱れたため。
・西郷星(さいごうぼし)…人々の人心の動揺から起きた。
  150年ごとに地球に大接近する火星と重なった。
  西南の役で、全国の人心が動揺していたとき、火星が
 地球に近づいてきて、大接近の9月3日には距離5630万km、
 光度-2.5等あまりとなった。
  世間では、これを西郷星と呼び、その赤い光の中に陸
 軍大将の正装の西郷隆盛が見えると言って騒いだ。
1877年、衣:
・京都白川にモスリン加工工場できる。
  (注):モスリン:木綿や羊毛などの梳毛糸を平織り
    にした薄地の織物の総称。日本語では、主に、毛
    織物をモスリンと呼ぶ。
  (注):梳毛(そもう):羊毛繊維をくしけずって短
    いものを取り除き、長い繊維を平行にそろえるこ
    と。
  1875年のこと・・、毛織物の輸入が多くなりつつある
 日本は、このままでは大事な部分を外国に頼らざるを得
 なくなることを危惧した内務卿の大久保利通は、
  「毛織物は国産で興す」ことを決断した。
  そこで、大久保利通は、官が率先して模範を示そうと、
  1875年(明治8年)に、官営下総牧羊場設置と、
  そこで刈り取られた羊毛を使う官営千住製絨所の1879
 年(明治12年)設立開業を、太政官に具申し、実現した。
  大久保卿は、後に、同製絨所の初代所長となった井上
 省三をドイツに派遣し、
  機械設備を購入させて、
  同製絨所を紡毛機6台、整紡機6台、織機42台でスター
 トさせた。
  その後、後藤恕作(ひろさく)など、民間の手で毛織物
 工業に乗り出すものが現れ、
  1896年(明治29年)に、日本毛織が設立されるなど、日
 本の毛織物業界は黎明期を迎えた。
  最初期の日本の毛織物は・・、欽明天皇の御代(509年
 ~571年)に、下野国で、羚羊(カモシカ)の毛を織物とし
 て、これを計牟志呂、(けむしろ)と称したという古い記
 録がある。
  慶長年間(1596年~1615年)には、京都で兜羅(とろ)
 錦という棉と毛の交織物を織出しているが、これも一向
 にふるわなかった。
  明治初年には、西洋式の風俗が流行り出し、羅紗(ラシ
 ャ)服の需要に迫られて、
  1872年(明治5年)、明治新政府が、積極的に乗出して
 アメリカから綿羊数頭を輸入した。
  そして、東京雉子橋外の官邸で飼育を始めた。
  しかし、土地の関係もあり飼育場の、知識なり設備も
 甚だ不備であった為に、
  そのほとんどが失敗に終わった。
  しかし、一方、羅紗の需要は、益々増加し、年々輸入
 される量も大した額に上るので、
  政府は、1877年(明治10年)に、東京府下南千住に製絨
 所を設立し、
  また、京都の白川にはモスリンの加工場を設けて、
  毛織物の製造が、やっと、その端緒に入る事ができた。
  しかし、その原料たる綿羊の飼育が、ようやく奨励さ
 れ出したのは、昭和に入ってからだった。
  一方、稲畑勝太郎(いなばた・かつたろう、1862年~
 1949年)は、日本の染料業界をリードし、後に、関西経
 済界も指導した経済人だったが、
  また、フランスで発明された映画装置「シネマトグラ
 フ」を日本で初めて輸入し、映画興行を実現した人物で
 もあったが・・、
  繊維産業の発展にも寄与した人物だった。
  稲畑は、京都の和菓子屋に生まれ、京都師範学校(現
 :京都教育大学)在学中の1877年(明治10年)に、
  京都府政アドバイザーのレオン・ジュリー(フランス人)
  から推薦されて、京都府派遣勧業生(合計8人)の一人
 として、当時の繊維産業のメッカ、フランスのリヨンに
 留学した。
  フランスでフランス語を修得したうえで、工業学校に
 進み、
  卒業後は、マルナス染工場の工員(研修生)となって生
 産現場を体験し、
  さらに、リヨン科学工業技術学校(現:リヨン大学)
 で工芸化学を専攻し、
  1885年(明治18年)に帰国すると、明治政府から農商務
 技師への誘いがかかるが、これを断り、京都で洋式染色
 技術普及(京都府染工講習所の設立)に奔走した。
・鎮台所在地の一般人にもシャツの使用はじまる。
・山高帽子が、ナベボーシの名で地方でも着用される。
・西南の役によりメリヤス製造者が激増した。
・旧来のお白粉、人体に害ありと騒がれる。
・ジャカード織機の国産試作が行われた。
  (注):ジャカード織機は、1801年に、フランスの発
    明家ジョゼフ・マリー・ジャカールによって発明
    された自動織機。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(今日の言葉)
  アメリカ系の外資系企業が、精神攻撃的な悪どいテレ
 ビ・コマーシャルをしている。
  「あなたの食卓テーブルには菌がいる」「あなたの夫
 は、悪臭がする」・・などという、目に見えない「菌」
 や「臭い」の宣伝話題で宣伝している。
  普通では気づかないことを「神経過敏」にして、自社
 商品を売り込もうという算段。
  テレビという影響力の強い媒体を使って、繰り返し、
 繰り返し、悪どい繰り返し手法を使って、
  また、あらゆる種類の精神攻撃的コマーシャル放送を
 している。
  「あなたの車も臭い」「あなたの亭主の靴下も臭い」
 「あなたの布団も臭い」「あなたのまな板も菌だらけ」
 「貴方の洗濯物も臭い」などなどと際限なくやっている。
  節操なく。
  品の良くない精神攻撃的コマーシャルを、あらゆる手
 を使って長い期間、続けている。
  あなたが神経過敏症になって、そのアメリカ外資系企
 業の商品を買わざるを得ない状況に追い込んでいる。
  「日本系企業では絶対にしない節操ない行為をしてい
 る」。
  儲かれば、日本人が神経過敏症になろうが、構わない
 というような宣伝となっている。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive
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by suba28 | 2016-04-27 03:10 | 皆様とともに 幸せになりたい


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