(増補版)330E1/3:気になった事柄を集めた年表(1875年3月~1875年6月)

題:(増補版)330E1/3:気になった事柄を集めた年表(1875年3月~1875年6月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
.
1875年3月13日(明治8年2月6日)森有礼が、初の契約結婚
 を行った。
 (西洋風のハイカラな結婚式)・・というが??
  森有礼は、論文「妻妾論」に・・、
 「男女が同等であること、夫には妻を扶養する義務と妻
 から扶助される権利があり、妻は夫から扶養される権利
 と夫を扶助する義務があり、夫婦が互いにそれを守るこ
 とが国の基ともなる」と記した。
  夫が妻を扶養し、妻から扶助されるのが基本としてい
 る。
  つまり、働きに出る夫と、家で扶助する妻の形しか森
 有礼の頭にはない。
  「働きに出る妻」は完全にない森の頭の中身だった。
1875年3月18日(2月11日)大阪會議が開催された(旧暦1月
 ~2月説あり)。
  征韓論きっかけにして、政治は混乱し、また、農民一
 揆や自由民権運動などで、世も混乱し、政府に対する不
 満は、全国で顕在化していた。
  この様な事態を憂慮し、対立していた面々が会談した。
  参議・伊藤博文と、在野の前大蔵大輔・井上馨の仲介
 によって、
  参議・大久保利通と在野の木戸孝允、板垣退助らが、
 大阪において秘密政治会談を行なった。
  会談に臨む大久保・木戸・板垣の思惑は・・、
 ☆大久保は、木戸を政府へ復帰させることにより、自ら
  の権力集中に対する批判を和らげる良い機会と考え、
  この会談に応じたが、板垣に対しては政権に復帰させ
  る必要性を感じていなかったため、当初、大久保・板
  垣両者は、面会にいたらなかった。
 ☆木戸は、三者協議において板垣と連合することにより
  大久保の専権を抑制し、自らの発言権を回復する意図
  があったことから、板垣とともに政府に復帰すること
  を強く望んでいた。
 ☆板垣は、この会議で木戸を利用して議会政治導入を大
  久保に約束させることを企図しており、議会制導入に
  積極的であった木戸に、議会早期開設の必要性を説き、
  木戸を通じて、大久保が立憲体制を政府方針とするこ
  とを画策した。
  この結果、将来国会を開く準備として元老院を設ける
 こと、裁判の基礎を強固にするため大審院を設けること、
 民意を疎通するため地方官会議を興すこと、および、内
 閣と各省、すなわち、参議と卿を分離することで、
  段階的に、立憲政体(三権分立体制)を構築して行く
 ことの合意をみた。
  そして、木戸と板垣は、再び、参議として政府に復帰
 することが決まった。
1875年3月20日(2月13日)苗字義務化(平民苗字必称義務
 令)
  平民も苗字が必要だと布告する。
  太政官布告「平民苗字必称義務令」公布。
  苗字を名乗ることが、義務付けられ、すべての国民が
 苗字を名乗るようになった。  
  太政官布告、平民苗字必称義務令が布告される。
  国民は、みな公的に苗字を持つことが義務づけられた。
1875年3月22日(2月15日)東京・羽根田灯台が点火した。
1875年3月27日(2月20日)明治新政府の新税法が制定され
 た。
1875年3月29日(2月22日)愛國社が結成された。
  高知県の立志社を母体に全国各地の民権政社を結集し
 て組織された政治結社。
  自由民権運動の中核となった。
  「各其自主の権利を伸張し、人間本分の義務を尽し、
 小にしては一身一家を保全し、大にしては天下国家を維
 持するの道より、終に以て天皇陛下の尊栄福祉を増し、
 我帝国をして欧米諸国と対峙屹立せしめんと欲す」とい
 う合議書を発表した。
1875年4月1日(2月25日)英仏横浜駐屯軍が徹す
  イギリス・フランス両国が、駐屯兵の撤退を伝えた。
  横浜の外兵を撤す(氷川清話)
  英仏横浜駐屯軍(えいふつよこはまちゅうとんぐん)
 とは、幕末から明治維新にかけて、攘夷派から横浜の居
 留地を防衛することを名目として横浜の山手に駐屯した
 イギリス・フランスの軍隊。
  1863年4月8日に、江戸幕府は、この駐留させることの
 通告を受けた。
  前年の1862年に、生麦事件が起きたりしていて、幕府
 は、日本の主権を侵されるが、これを受け入れざるを得
 なかった(現在も似たような状態だが・・?)。
  この時も、今現在と同様に「思いやり予算的に」江戸
 幕府も、また、明治政府になっても、日本が費用負担し
 た。
  金儲けに日本に来ているイギリス人やフランス人を守
 る費用を日本が出費した。
  それ故、その兵舎などの設営・補修は、江戸幕府、お
 よび、明治政府の負担とされた。
  一時イギリス軍は1200名、フランス軍は300名に達した。
  駐留兵力は、東洋情勢の変化にともなって増減を繰り
 返し、
  駐留軍のプレゼンス(存在感)が、日本政府に圧力を
 加える他、
  アヘン戦争だけでなく、日本国内で行われた下関事件
 や薩英戦争等に派兵を行ったり、
  不足の兵力を補うために、停泊艦船から陸戦隊が上陸
 するなとの対応が行われた。
  明治政府成立後に、日本政府は法整備を進め、さらに
 イギリスやフランス、ドイツなどの協力を受けて近代軍
 隊や警察の整備を進め、攘夷派もその存在自体が無くな
 ったため、
  外国軍隊の駐屯は、日本の国家主権を侵すものとして
 撤退を要求し、
  明治4年(1871年)に、イギリス軍が駐屯軍の大幅削減
 に応じ、
  やがて、明治8年(1875年)3月2日に、両軍の全面撤退
 が完了した。
  そして、「日本の国は、日本が守る」の本路線を進ん
 だ。
1875年4月10日(3月5日)日本最初の国産軍艦「清輝(せい
 き)」が進水した。
  横須賀造船所で建造された。
  排水量:87トン。
  1873年(明治6年)11月20日、横須賀造船所にて起工
1875年4月15日(3月10日)奈良の東大寺をはじめ各寺院の
 実器は内務省管理下に永久保存法を設けた。
1875年4月25日(3月20日)津軽海峡に海底電信敷設
  津軽海峡に海底電信ケーブルを敷設した(東京~青森
 間、北海道間の電信開通する)
1875年5月(旧暦3月)行政規則公布される(警察)
1875年5月(旧暦3月)屯田憲兵が新設される。
  この年、屯田憲兵例規制定
  翌年・1876年、第1回屯田兵198戸965人琴似村に移住
 する。
  北海道の歩み・・、
  1205年、津軽の豪族・安東氏、蝦夷地代官となる。
  1514年、蠣崎氏(かきざき、後の松前氏)、安東氏か
    らえぞ島預かる。
  1854年、日露通商条約を締結し、両国の国境を択捉島・
    ウルップ島間と決定した。
    旧ソ連による不法占拠状態が続く。
  1869年7月、開拓使が設置
  1869年8月、蝦夷地が、北海道に改称
  1874年3月、樺太・千島交換条約を締結。
    スツレモーホフ・ロシア外務省アジア局長、アレ
    クサンドル・ゴルチャコフ、ロシア外相との交渉
    が進められ、樺太での日本の権益を放棄する代わ
    りに、得撫島以北の千島18島をロシアが日本に譲
    渡すること、および、両国資産の買取、漁業権承
    認などを取り決めた。
  1875年、屯田兵の入植が開始される。
    当初は、失業した士族の救済から、士族に限定さ
   れて、世襲制であった。
  1882年、開拓使が廃止、
  1883年、北海道が、札幌・函館・根室の3県に分割し、
    農商務省北海道事業管理局が設置された。
  1885年、効率向上のため、伊藤参議が、金子大書記官
    に、北海道の実状調査させた。
  1886年、前年の調査に基づき、3県1局が廃止され、北
    海道庁が新設された。
  1890年、兵制改革によって資格制限がはずされた。
    兵役義務年限20年と期間が限られた「平民屯田」
   へと変わった。
  現在:14支庁制となっている。
1875年5月(旧暦3月)ガス灯が、東京の京橋から北へ万世
 橋、浅草橋まで点火した。
1875年5月9日(4月4日)明治天皇陛下が、小梅村の徳川昭
 武邸へ行幸(徳川光國、斉昭らの遺業を嘉う)
1875年5月9日(4月4日)あんぱんを天皇陛下に献上
  東京・向島の水戸徳川屋敷で、花見に訪れた明治天皇
 陛下に、木村家の酒種あんぱんを献上。
  「あんぱん」に、奈良の吉野山から取り寄せた八重桜
 の塩漬けを真中に埋め込んだ「桜あんぱん」であった。
  天皇・皇后両陛下は気にいり、木村家は宮中御用商に
 加わった。  木村家創業(1869年)
  木村屋の「あんぱん」が、創業者・木村安兵衛の知り
 合いで、明治天皇陛下の侍従の山岡鉄舟の心をつかむ
  鉄舟が、安平衛に「陛下に召し上がっていただこう」
 と申しでる。
  後に、木村安兵衛・英三郎親子は、陛下のため、特別
 な「あんぱん」を召し上がってもらおうと試行錯誤をか
 さねる。
  4月4日に、明治天皇陛下が、東京・向島の水戸藩下屋
 敷をご訪問、
  お茶菓子として「あんぱん」が献上される段取りに、
  「あんぱん」を口にした明治天皇陛下は、お気に召し、
 ことのほか皇后陛下の口にあう。
  「引き続き納めるように」という両陛下のお言葉
  あんぱんの中心には、桜の塩漬けがのった。
1875年5月11日(4月6日)大鳥圭介が、シャムより帰朝す
 (4月7日説あり)。
1875年5月15日(4月10日)左院・右院を廃止して、元老院
 を設置した。
  元老院及び大審院を置く(氷川清話)
  元老院・地方官会議を設け、両院を模す。
  大審院が設立された(三権分位を計る)
1875年5月15日(4月10日)勲章及び従軍記章の制
  初めて定められ、勲等を分け八級となす。
  勲一等から八等までの賞牌(翌年、勲章と改称)を制
 定した。
1875年5月19日(4月14日)漸次立憲政體樹立之詔勅
  漸次立憲政体樹立の詔書
(左右両院を廃し元老院、大審院を置き、地方官会議を興
 し漸次に立憲政体を立つ)
1875年5月28日(4月23日)岩倉具視が、参内して辞意を奏
 上した(明治天皇陛下、認めず)
1875年5月28日(4月23日)上村津禰(つね、松園・しょうえ
 ん) が京都で生まれる。日本画家。
  初めての女性の文化勲章を受章。
  「序の舞」:重要文化財
1875年5月29日(4月24日)飛騨の高山の大火(約1300戸焼
 失)
1875年5月30日(4月25日)勝海舟(52歳)が、任議官即日
 辞表を捧ぐ(氷川清話)
1875年5月(明治8年4月)『平仮名絵入新聞』が創刊
  平仮名の絵入新聞が創刊された。
1875年5月(4月)過去の出版も届出なければ保護なし(出
 版条例)
1875年5月(4月)入獄中の者の写真をとり、人相書を廃止。
1875年5月(4月)国産マッチの製造が始まる。
1875年6月2日、東京曙新聞(とうきょうあけぼのしんぶん)
 が刊行した。
  自由民権派の新聞で、1871年創刊の『新聞雑誌』が、
  1875年1月に『あけぼの』と改題し、
  同年・1875年6月、さらに「東京曙新聞」と改題した。
  政府攻撃の論陣が有名だった。
1875年6月5日(5月2日)郵便貯金創業
  郵便貯金業務開始
  前島密が、東京府下17カ所と、横浜1カ所の郵便局で、
 郵便貯金をスタートさせた。
1875年6月10日(5月7日)千嶋・樺太交換條約
  ペテルスブルクで、ロシアと樺太・千島交換条約に調
 印した。
  ロシアと樺太・千島交換条約を調印 。
  ロシアが、樺太の領有を認めるように日本に求めたが、
 日本はこれを拒否した。
  この様に、樺太において、ロシアが、日本の根拠地に
 迫ってきた。
  このため、樺太を北上して漁場を拡張しつつあった日
 本人との間に紛争が絶えなかった。
  ロシアは、確実に要所を狙って植民地を建設していく
 のに対して、
  日本は、漁場の拡張に主眼を置いていたため、次第に
 圧迫されるようになった。
  この様な現状を打破するため、明治政府は、1874年(
 明治7年)に、榎本武揚を特命全権大使としてロシアに派
 遣し、
  翌1875年(明治8年)5月7日、ロシア全権ゴルチャコフ
 外相との間で「樺太千島交換条約」を締結した。
  この条約によって、「日魯通好条約」で、両国民混住
 の地とされた樺太全島はロシア領となり、
  その代りに、ロシア領であったクリル諸島(得撫島か
 ら占守島までの18島)が日本の領土となった。
1875年6月14日、初めて国際裁判に勝利(マリア・ルス号
 事件)
  ペルー船の支那奴隷解放事件。
  副島は、帝国の正義と国権を以て一歩も譲らず、人道
 上決して黙許すべきでないと主張。
  1875年(明治8年)ロシア皇帝の仲裁裁判判決。
  日本の主張が認めらた。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
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または
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by suba28 | 2016-04-11 05:06 | 皆様とともに 幸せになりたい


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